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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
レックス立志編
21/54

欲しいもの

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


シグマとの死闘から、一週間ほどが過ぎていた。


レックスはまだ、ベッドの上だった。


白い天井を見上げながら、小さく息を吐く。


エルディナに助けられたあと、また気を失ったらしい。


気がついた時には、すでにこの部屋に運ばれていた。


回復刻印魔法。


それは万能ではない。


生命力を活性化するだけの力だ。


失われた血は戻らないし、折れた骨も時間をかけて治る。


それでも。


レックスが生きているのは奇跡に近かった。


シグマ。


帝国の女騎士。


戦闘種族。


もし、あの女が剣を使わず雷撃だけで攻めてきていたら。


もし、戦った場所が礼拝堂という閉鎖空間でなかったら。


―― 僕は、絶対に勝てなかったと思う。


レックスはそう思っていた。


百回戦っても、百回負ける相手。


それほどの怪物だった。


それでも生き残り、五体満足で残っている。


それだけで十分すぎる奇跡だ。


ただし。


ベッドから立ち上がれるまで、あと一週間はかかるらしい。


「しかし、理不尽なこともあるよね」


レックスは苦笑した。


ガロードは五日で立てるようになった。


しかも翌日から、もう訓練を始めている。


獣人の生命力だと聞いたが。


「普段から鍛えているからな」


と、本人は笑っていた。


それだけでは説明がつかない頑丈さだ。


「兄貴、どういう体してるんだろ……」


レックスは小さく呟いた。


ベッドの横に、黒い棍棒が立てかけられている。


シグマの雷撃を受けても、傷一つない。


あの死闘の間、ずっと握っていた相棒。


「こいつにも、随分助けられたな」


レックスは目を細めた。


「手が元に戻ったら、ちゃんと磨かないとな」


思えば。


色々ありすぎた。


つい二週間前まで、レックスはただの鍛冶屋見習いだった。


鉄すら満足に打てない少年。


それが今では。


帝国の戦闘種族と戦った。


まるで――


物語の主人公になったような気分だった。


「騎士、か」


昔、そんな夢を見たことがある。


お姫様を守る騎士。


そして。


その姫と恋に落ちる物語。


レックスは苦笑する。


「……まさか、本当にお姫様を助けることになるなんて」


エルディナ。


彼女は本当に姫のようだった。


いや。


もう、ただの『よう』ではない。


ミレーネから聞いた話では。


エルディナ・ヴァルディアは正式に子爵令嬢となった。


ほとんど小国のお姫様だ。


それも――


熱狂的な支持で。


その人気は、父アルベリオすら上回ると言われているらしい。


ミレーネは肩をすくめながら言っていた。


「仕方ないですよ」


「あれは絵になります」


戦場に立つ姫騎士。


凛とした姿。


誰よりも前に立つ覚悟。


「戦場にいた人間からすれば、あれは勇気そのものですよ」


そう言っていた。


レックスにも想像できた。


きっと。


とても綺麗な光景だったのだろう。


「そりゃ、人気も出るよね」


レックスは静かに呟いた。


もともと遠い人だった。


貴族の令嬢。


それだけでも十分遠い。


それが今では。


さらに遠い存在になった気がした。


「……まあ」


小さく息を吐く。


「当然、だよね」


胸が、少しだけ痛んだ。


本来なら。


セルディアの使者と共に帰る予定だった。


だが、レックスとガロードは重傷。


帰還は延期された。


その後、セルディアから新たな召集命令が届き。


使者は先に帰還してしまった。


つまり。


身体が治れば。


レックスもセルディアへ帰る。


ヴァルディアを離れる。


「……もうすぐ、帰るんだな」


レックスは天井を見つめた。


この町で起きた出来事は。


まるで夢のようだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



午後の柔らかな光が、応接室の窓から差し込んでいた。


白いティーカップから、かすかに湯気が立つ。


しかし、その香りを楽しんでいるのは一人だけだった。


「ふぅ……」


エルディナは、また小さくため息をついた。


向かいに座るミレーネは、静かに紅茶を口に運ぶ。


その様子は実に優雅だった。


対照的に、エルディナの前には大量の封筒が積み上がっている。


肘の高さを軽く越える山が、二つ。


すべて――


縁談だった。


ヴァルディア家が子爵家となったことで、状況は一変した。


父アルベリオは正式に子爵となり、領地は拡張。


王国から与えられた直轄地も増えた。


それに伴い、家の格も、権力も上がった。


同時に、ヴァルディア家を巡る政治の整理も進んだ。


叔父グレイヴァスは、自派閥の暴走と息子アルヴィンの罪を謝罪。


すべての権限を放棄し、裁きを待つ姿勢を取った。


しかし彼は軍事の要である。


アルベリオ派からも擁護の声は多かった。


結果として、アルヴィンの罪がすべてを背負う形になった。


帝国との私的な通謀。


そして取り巻きたちの協力。


その罪を一罰百戒として処断。


グレイヴァスとその派閥は処罰を受けたが、完全排除はされなかった。


現職での功績による償い――


という沙汰で落ち着いた。


そしてもう一つの変化。


弟レオナルトだった。


彼は片腕を失った。


武人の道は断念し、父の後を継ぐ外交の道へ進むことになった。


領主となったアルベリオは外遊が難しい。


だからこそ、次の外交役は必要だった。


それがレオナルトになる可能性は高い。


「……そして私は」


エルディナは、手紙の山を見た。


そして、またため息。


「これです」


ミレーネが淡々と言った。


「全部、縁談ですね」


「分かっています!」


思わず声が強くなる。


エルディナは、どちらかと言えば貴族社会では異端だった。


剣を振るう。


馬を乗り回す。


セルディアへ留学する。


典型的な深窓の令嬢とは正反対。


縁談など、たまに来る程度だった。


だが――。


あの戦闘。


そして子爵令嬢という立場。


評価は一気に変わった。


今まで敬遠していた貴族たちが、一斉に手のひらを返したのだ。


侍女たちは、添えられた肖像画を覗き込んでいた。


「この異様に太った不健全な方は……」


「アルベリオ様より年上では……」


「この方、二人目の妻を探しているそうです」


「こちらは……まだ幼児ですね……」


「却下です」


エルディナは即答した。


ミレーネは肩をすくめる。


「まあ、そうなるでしょうね」


エルディナは机に頬をつけた。


「レックスと懇意にしているって言ったのに……」


ぼそりと呟く。


「全然だめじゃない」


レックスを連れて帰った。


否定もしていない。


普通なら――


そういう関係だと理解されるはずだった。


「いやいや」


ミレーネが笑う。


「レックス君、今やヴァルディアで有名人ですよ」


「な、何で!?」


エルディナは顔を上げた。


―― どうしてそこでレックスの名前が出るのよ。


ミレーネは指を一本立てた。


「セルディア領主、オルグラート卿の弟子」


二本目。


「夜会でアルドリック・ヴァルハイト侯爵の命を救った功績」


三本目。


「侯爵の孫、ギルベルト・ヴァルハイトを剣で打ち負かした実績」


四本目。


「帝国の戦闘種族を単独で撃破」


ミレーネは肩をすくめた。


「注目されない方が不思議でしょう」


「う……」


エルディナは言葉を失う。


「しかも彼は王国人です」


ミレーネは続ける。


「純粋な戦力ならガロード君が上でしょうけど、彼は魔王国の獣人」


「王国の士官は難しい」


つまり。


レックスは――


貴族社会にとって扱いやすい才能だった。


ミレーネは何気なく言った。


「ちなみに私の家では、レックス君を養子に――」


空気が凍った。


エルディナの目が据わる。


「……ミレーネ?」


「い、いえ」


「もし養子になれば家名持ちの貴族ですし、エルディナ様とも釣り合――」


「駄目です!」


エルディナは机を叩いた。


「絶対に駄目です!」


ミレーネは苦笑する。


「似たことを考える家は増えますよ」


紅茶を一口。


「奪われる前に、手を打つべきかと」


内心でミレーネは思う。


―― まあ、今は全部遮断してますけどね。


レックスへの接触は徹底的に防いでいる。


だが問題はそれだけではない。


―― 私も親族から言われてるんですよね。


レックスと縁を繋げ、と。


エルディナは固まった。


しばらく沈黙。


そして。


小さく拳を握る。


「……よし」


逃げてばかりではいられない。


クラリッサが微笑んだ。


「頑張ってください」


ミレイユも続く。


「エルディナ様なら絶対大丈夫です」


エルディナは空を見た。


心の中で呟く。



――レックス……


――どうすればいいのよ


――これ以上、何をすればいいのよ



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



窓の外では、春の風が庭の木々を揺らしていた。


陽の光が白い石造りの床に差し込む。


その光の中で、レックスはゆっくりと足を下ろした。


床に触れる足の裏。


久しぶりの感触だった。


「……うん」


小さく息を吐く。


まだ足は震える。


だが立てる。


「やっと起きれるようになったな」


ガロードが腕を組み、壁にもたれながら言った。


レックスは苦笑する。


「本当に助かった。


いろんな意味で」


心からそう思う。


……いや、本当に。


本当に。


この一週間、レックスにとって戦闘より過酷な時間が存在した。


エルディナの侍女たちによる看病である。


体を拭かれ。


服を着替えさせられ。


食事を食べさせられ。


そして――


下の世話まで。


最初は必死に断った。


「ぼ、僕は大丈夫です! 自分でできます!」


だが侍女たちは微笑んだ。


「ではエルディナ様にお願いしましょうか?」


レックスは泣く泣く受け入れた。


思い出すだけで顔が熱くなる。


……もう二度とあんな目には遭いたくない。


心の底からそう思った。


「立てるにはなったけど、完全に動けるのは時間がかかるかな」


ゆっくり体重をかける。


足はまだ頼りない。


「もうしばらくすりゃ歩けるだろ」


ガロードが言う。


「だとしたら……あと一週間くらいかな」


レックスは頷いた。


「そしたら、ヴァルディアの人達にお礼をしないと」


本気でそう思っていた。


これだけ世話になったのだ。


当然のことだ。


だが。


ガロードの表情が変わる。


「……は?」


まるで理解できないと言わんばかりの顔だった。


「え、何か僕変なこと言った?」


レックスは首をかしげる。


ガロードは大きくため息をついた。


……こいつ、マジで分かってねえのか。


「馬鹿だなレックス」


腕を組み直す。


「ここの連中はな。


お前に何かしたいでいっぱいで、返してほしいなんて思ってねえんだよ」


「そうなの?」


「そうだぞ」


ガロードは呆れた顔で言う。


「レックスは思い当たるだろ」


「何かしたっけ?」


本気で考えている顔だった。


レックスの記憶の中では、シグマとの戦い瀕死の重傷、そして寝たきりそれしかない。


「お前はな」


ガロードが言う。


「このヴァルディア男爵――いや、子爵領を救った英雄扱いなんだよ」


「……英雄?」


レックスの顔が固まる。


「そんな馬鹿なことないだろ?」


本気で慌てている。


ガロードは額を押さえた。


正直、俺の方も大変だった。


裏庭で訓練していると、必ず誰かが来る。


そして聞かれる。


―― レックス様はどんな方ですか?


最初は適当に答えていた。


だが次から次へと人が来る。


家族構成。


セルディアでの立場。


好きな食べ物。


趣味。


興味のあること。


そして。


女性の好み。


何人目だったか覚えていない。


もう途中から諦めた。


「じょ、女性の好み?」


レックスが目を丸くする。


「ああ」


ガロードは平然と答える。


「エルディナ様みたいなのが好みじゃねえかなって言っといた」


「なっ!?」


レックスの声が止まる。


―― エルディナ・ヴァルディア。


子爵令嬢。


美しく、気品があり。


優しくて。


……いや違う。


そうじゃなくて。


そんな人が好みだなんて。


子爵領の人間に言ったのか。


兄貴は。


「いや」


ガロードが言う。


「エルディナ様、レックスと懇意にしてるって言ってただろ」


「え」


「レックス、いつの間にそんな親密になったんだ?」


さらに続ける。


「夜会で腕組んで歩いてただろ」


レックスは頭を抱えた。


ガロードは。


エルディナの社交辞令を。


一ミリも疑わず信じていた。


「い、いったい誰に言ったの?」


レックスは詰め寄る。


ガロードは首をかしげる。


「え?」


そして。


あっさり答えた。


「だいたいの人間に言ったぞ」


「……」


レックスの顔が真っ青になる。


「ひ、他人事だと思って……」


部屋の外。


廊下では。


侍女たちがひそひそと話していた。


「やっぱり……」


「エルディナ様と……」


「将来は……」


噂は。


すでに領内を駆け巡っていた。


レックスだけを置き去りにして。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



さらに一週間が経過した。


レックスの体は、完全に回復していた。


庭を走ることもできる。


棍棒を振るうこともできる。


胸の奥に残っていた鈍い痛みも、もうほとんどない。


セルディアへ帰ることも可能だった。


レックスは中庭で軽く棍棒を振るう。


空気を切る音。


重さも、感触も問題ない。


「よし」


拳をぐっと握った。


そのあと。


レックスは城館の廊下に立っていた。


目の前には侍女。


「あの……エルディナ様に取り次いでもらえないでしょうか」


侍女は一礼する。


「確認してまいります」


「少々お待ちください」


静かな足音で去っていった。


レックスはその場に残される。


「はぁ……」


思わずため息が漏れた。


もし断られたら。


それで終わりだ。


全部。


噂の件も。


エルディナとの関係も。


全部きっぱり諦める。


そう決めていた。


時間がやけに長く感じる。


廊下の窓から差し込む光が、ゆっくり動く。


やがて。


侍女が戻ってきた。


「お会いになるそうです」


「は、はい」


自分から言い出したくせに。


声が震えた。


侍女に案内され、廊下を歩く。


いつもより長く感じる。


一歩。


また一歩。


足がぎこちない。


右手と右足が同時に出そうになる。


やがて扉の前に到着した。


エルディナの私室。


侍女が扉を叩く。


「エルディナ様」


「レックス様をお連れしました」


「通してください」


扉が開く。


レックスは一度深く息を吸う。


「し、失礼します」


部屋の中に入った。


そこにいたのはエルディナだった。


初めて会った時と同じ。


姫騎士のような装い。


装飾の少ない軍服。


腰にはレイピア。


金色の髪が肩で揺れている。


凛とした姿だった。


レックスはすぐに頭を下げる。


「あの、エルディナ様」


「今日は会っていただいてありがとうございます」


顔を上げられない。


視線が床に落ちる。


「は、はい」


エルディナの声も、どこかぎこちない。


レックスは決意する。


そして――


一気に頭を下げた。


床に額がつくほど深く。


「すいません!」


そのまま土下座になった。


「僕の好みがエルディナ様だなんて噂が出て、すごい不愉快な思いをさせてしまって、本当にすいませんでした!」


突然の行動に、エルディナが固まる。


完全に予想外だった。


しばらく沈黙。


それから、ぽつりと言った。


「そう……嘘なんだ」


どこか残念そうな声。


レックスは慌てる。


「い、いや!」


「エルディナ様が好みというのは、嘘じゃなくて!」


今度はエルディナが固まった。


「へっ!?」


思わず声が出る。


レックスは続けてしまう。


止められない。


「最初に見た時に……」


「なんて綺麗な人なんだろうって、思って……」


「つい見惚れてしまって……すごくドキドキしたのは、本当です」


言い終えた瞬間。


部屋の空気が変わった。


エルディナの耳まで赤くなる。


こんな風に真正面から褒められたことはない。


「で、でも」


レックスは続ける。


「外見だけで判断するなんて失礼だと思って」


「まだ出会って一ヶ月も経っていないのに」


言葉が小さくなる。


エルディナは聞いた。


「……そう」


少し間を置く。


「今はどう思っているの?」


心臓の鼓動が早い。


落ち着け、と自分に言い聞かせる。


レックスが顔を上げようとする。


「あ、まだ顔を上げちゃダメです!」


慌てて止めた。


「ど、どう思っている?」


レックスは再び土下座の姿勢に戻る。


エルディナは必死に呼吸を整える。


「わ、わたしのことを、どう思っているかです!」


それは。


とても重要な質問だった。


レックスは黙る。


すぐには言葉が出ない。


エルディナにとっては。


永遠のように長い時間だった。


やがて。


小さく言う。


「……僕は」


「エルディナのことを」


「ちゃんと知りたいです」


少し間を置いて続ける。


「エルディナと、ちゃんと向かい合うために」


言った瞬間。


自分でも驚いた。


何を言っているんだ、と頭が真っ白になる。


エルディナは静かに言った。


「……そうですか」


その表情は柔らかい。


貴族の令嬢ではなく。


ただの少女の顔だった。


「頭を上げてください」


「レックス」


許可が出る。


レックスは恐る恐る顔を上げた。


視線が合う。


エルディナは微笑んでいた。


「わたしも」


ゆっくり言う。


「レックスのことを、ちゃんと知りたいです」


その笑顔は。


少年の心を揺らすには、十分すぎるほどだった。


二人の距離は。


ほんの少しだけ。


近づいた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



石畳の訓練場に、乾いた風が流れていた。


その中央で、二人の少年少女が向かい合う。


赤褐色の髪の少年。


淡い金糸色の髪の少女。


互いの手には、刃を潰した訓練用の剣。


妙な光景だった。


けれど、どこか自然でもある。


「やっぱりレックスと語り合うなら、これしかないでしょ」


エルディナはそう言って、軽く剣を振った。


銀の軌跡が空気を裂く。


「ちょっとは手加減してね、英雄さん」


からかうような声音。


レックスは困ったように笑う。


「僕は英雄ではありませんよ」


受け取った剣を、軽く握り直す。


この場を提案したのはエルディナだった。


お茶を飲みながら話すより。


剣を交えながらの方が、きっと自分たちらしい。


そう言われてしまえば、断る理由はない。


……正直。


普通に向かい合って会話する方が、よほど緊張する。


カン、と軽い音が鳴る。


二人の剣が触れた。


それが合図だった。


ゆるやかな打ち合いが始まる。


真剣勝負ではない。


けれど遊びでもない。


剣を合わせ、離し、また触れる。


その合間に言葉を交わす。


それがこの奇妙な会話だった。


刃が触れる。


その瞬間。


世界が、少しだけ遅くなる。


レックスの視界の中で、時間が伸びる。


剣の軌道。


体重移動。


呼吸。


すべてが鮮明になる。


エルディナの剣が舞う。


流れるような動きだった。


足運びは軽く、姿勢は美しい。


淡い金糸色の髪が、ふわりと揺れる。


青い瞳がこちらを見ていた。


口元が、わずかに笑っている。


その一瞬が、妙に長く感じられる。


「ねえ、レックス」


剣を合わせたまま、エルディナが言う。


「なぜ剣の稽古をしているの?」


ずっと気になっていた疑問。


レックスは軽く受け流し、答える。


「僕の棍棒が」


踏み込み。


軽く打ち返す。


「いつか剣の形になった時」


剣を滑らせる。


「自分で使えるように、です」


エルディナの剣が、わずかに止まる。


「……へえ」


背負っている黒い棍棒。


レックスが毎日磨いている、不思議な武器。


「自分で使うつもりだったのね」


「はい」


レックスは少し照れたように笑う。


「僕が磨いているものですから」


剣を軽く振る。


「やっぱり、ちゃんと使ってみたいんです」


まだ遠い未来の話だ。


いつ剣の形になるのかもわからない。


それでも。


武器が完成する時。


自分も、それに相応しい力を持っていたい。


武器も。


自分も。


同じ時間をかけて完成する。


それが、レックスの夢だった。


エルディナは目を細める。


剣を軽く打ち合わせた。


「意外」


「そうですか?」


「レックスなら」


剣が触れる。


「人に使ってもらって満足すると思っていた」


レックスの剣が止まる。


少しだけ。


ほんの少しだけ、強い声で言う。


「そんなことはありません」


一歩踏み込む。


「僕にだって」


剣が触れる。


「自分で使いたいから磨く夢くらいあります」


エルディナは一瞬、目を丸くした。


そして、小さく笑う。


「そう」


また剣が交わる。


軽い音。


風が抜ける。


レックスがふと口を開く。


「エルディナは」


剣を受け流す。


「欲しいものとか、夢とかないんですか?」


エルディナの動きが止まる。


剣先が、わずかに下がる。


「わたしは――」


言葉を選ぶ間。


静かな呼吸。


「わたしだけの剣が欲しい」


レックスは瞬きをする。


「剣ですか?」


意外だった。


「ええ」


エルディナはまっすぐ見つめる。


「それを持っているだけで」


一歩踏み出す。


「勇気が出て」


青い瞳が揺れる。


「堂々としていられる剣」


レックスは、その意味に気づく。


それは武器ではない。


二人の剣が離れた。


風が吹く。


エルディナはまっすぐ立っていた。


逃げない姿勢で。


「レックス」


名前を呼ぶ。


その声は静かだった。


けれど強かった。


「わたしの」


少しだけ息を吸う。


青い瞳が、まっすぐ向けられる。


「――わたしだけの騎士になりなさい」


風が庭を通り抜けた。


木々が揺れる。


世界の色が、ほんの少し変わった気がした。


その感覚が。


静かに、確かに。


レックスという少年の心を満たしていく。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



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