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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
レックス立志編
20/52

ヴァルディア男爵領の死闘(後編)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



息が出来ない。


胸が潰れたように苦しい。


肺が焼ける。


視界が赤い。


レックスは瓦礫の床に倒れていた。


身体が動かない。


指一本、まともに力が入らない。


敗北だった。


身体強化。


極限の集中。


持てるすべてを使い切った。


それでも――勝てなかった。


意識が暗闇に沈みかける。


その時。


脳裏に声がよみがえった。


―― 実戦において、生きている限り負けではない。


オルグラードの声だ。


それはレックスに向けられた言葉ではない。


倒れていたガロードへ向けた言葉だった。


―― 折れ絶望したものだけが、死という負けを認めたことになる。


―― 折れず立ち上がるなら、まだ勝負は決まらない。


あの時。


ガロードは血まみれで立ち上がった。


―― まだだ! 師匠!そう叫び、また挑んだ。


そしてまた敗れた。


だがオルグラードは笑った。


―― そうだ。


―― 『わずかに希望が見えるなら』それに賭けるのも悪くない。


……わずかな希望。


そんなものが


―― あるのか?


レックスはゆっくりと目を開いた。


視界の先。


黒鉄の騎士。


シグマが立っている。


長いマントが血の翼のように揺れる。


魔剣を肩に担ぎ、こちらを見下ろしていた。


「終わりか」


優雅な声だった。


「よく愉しませてくれたわ」


虫の息の少年を見下ろしながら、彼女は微笑む。


「このまま苦しみながら死ぬといい」


そう言って背を向ける。


だが。


シグマは足を止めた。


「……やはり立つか」


振り返る。


レックスは――


立っていた。


膝は震え、息は荒い。


それでも棍棒を握っている。


シグマは愉快そうに笑った。


「愛い奴よ」


「童に殺される方を望むか」


雷が床を走る。


石が赤く焼け、蒸気が噴き上がる。


レックスの周囲が、溶けていく。


逃げ場はない。


立てる場所は、ここだけだった。


そして。


シグマは跳んだ。


壁。


天井。


柱。


それらを蹴り、弾丸のように加速する。


壁が砕ける。


瓦礫が落ちる。


落ちた石は雷で溶ける。


雷光が残像を描く。


その時。


レックスが叫んだ。


「かかったな、シグマ!!」


シグマの瞳が細くなる。


「僕はお前を罠にかけた!」


「だから全力で来い!」


「でないと、僕が勝つ!」


その言葉に。


シグマは楽しそうに笑った。


「吠えるか」


「良かろう」


「如何な罠で童を止めるか見せてみよ」


彼女はさらに加速する。


空気が裂ける。


雷が爆ぜる。


そして――


ドウッ!!


弾丸となったシグマが突っ込んできた。


レックスは動かない。


逃げない。


ただ、立っている。


これは賭けだ。


あの瞬間。


レックスは見ていた。


シグマの着地。


加速は凄まじい。


だが――


止まる時、ほんのわずかな隙がある。


シグマは速い。


だが。


急制動は出来ない。


最後の身体強化。


胸の刻印が光る。


だがレックスは構えない。


棍棒を下げる。


脱力する。


防御してはいけない。


防御すれば、押し潰される。


ならば――


攻撃する。


その瞬間。


世界が沈んだ。


時間が遅くなる。


空気の流れ。


雷の軌跡。


瓦礫の落下。


全てが見える。


一秒が永遠のように長い。


レックスは踏み込む。


全身のバネを使う。


棍棒を突き出す。


最速の突き。


次の瞬間。


衝突した。


轟音。


衝撃。


足が砕けそうだ。


全身が悲鳴を上げる。


それでも。


レックスは押し込む。


シグマは笑った。


「面白い」


「なら童の剣で斬り倒してあげるわ!」


魔剣が唸る。


雷が走る。


剣が振り下ろされる。


レックスの棍棒とぶつかる。


火花が散る。


押し込まれる。


床が砕ける。


「まだ……」


レックスの足が滑る。


「まだだ……」


シグマの剣が迫る。


「まだ、僕には……!」


頭に浮かぶ。


オルグラードの言葉。


ガロードの背中。


エルディナの笑顔。


守りたい。


その想いが力になる。


ビシリッ。


何かが鳴った。


シグマが笑う。


「壊れる音って素敵よねぇ」


だが。


レックスは叫ぶ。


「なにより僕は今――!!」


「貴方に勝ちたい!!」


その瞬間。


シグマの魔剣に。


無数の亀裂が走った。


シグマの目が見開かれる。


「……馬鹿な」


「……童の剣を……?」


次の瞬間。


魔剣は砕けた。


粉々に。


そして。


シグマは止まれない。


彼女自身の速度。


レックスの突き。


二つの力が重なる。


回避は不可能。


棍棒が鎧を砕く。


黒鉄の装甲が裂ける。


血が舞う。


シグマの身体が宙を舞う。


床に叩きつけられる。


静寂。


そして。


勝敗は――


決した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



すべての力を使い切ったレックスは、床に大の字で倒れ込んだ。


胸が上下する。


呼吸が、痛い。


身体強化の刻印は消えていた。


治癒の刻印も、もう残っていない。


棍棒を握る力すら、指に残っていなかった。


限界だった。


今まで蓄積した疲労とダメージが、一気に押し寄せる。


だが――


確かに、あの一撃は入った。


シグマに致命傷を与えたはずだ。


これで、終わ……そう思った瞬間だった。


ずしり、と。


何かがレックスの身体に圧し掛かった。


「……っ!」


激痛が走る。


レックスは目を見開いた。


視界の中。


自分の上に馬乗りになっている影。


シグマだった。


黒鉄の鎧は砕けている。


全身が血に染まっていた。


それでも。


彼女は、笑っていた。


「……くく」


「くはは……」


壊れたような笑い声。


シグマはゆっくりと手を伸ばした。


その指が、レックスの頬に触れる。


血に濡れた指先が、少年の輪郭をなぞる。


「童を殺す存在がいるとすれば……」


「王国の勇者を僭称する忌むべき怪物だけだと考えていたのだがな」


彼女は静かに笑う。


「……このような憂い者に敗れるか」


咳き込む。


口から血がこぼれた。


シグマの赤い瞳が、真っ直ぐにレックスを見つめる。


「名を……言え」


その瞬間。


レックスは気づいた。


そこにいるのは、狂気の戦闘狂ではない。


一人の戦士だった。


恐怖はある。


それでも。


答えなければならない気がした。


レックスは痛みに耐えながら、口を開く。


「……レックス」


シグマは、満足そうに目を細めた。


彼女の胸。


帝國紋章が、赤くかすかに点滅している。


「覚えておきなさい、レックス」


シグマは静かに言う。


「帝國の戦闘種族は兵器」


「敗北は死」


「そして周囲を巻き込む自滅を行うコードが埋め込まれている」


その声は、どこか誇らしかった。


「帝國の戦闘種族は……そういうもの」


「覚えておくが良い」


シグマはゆっくりと立ち上がった。


足元はふらついている。


それでも彼女は歩いた。


礼拝堂の外へ。


そして――


天へ向けて、信号弾を撃ち上げた。


赤い光が空に咲く。


それは帝國軍への合図だった。


撤退命令。


レックスには意味が分からなかった。


だがシグマは、満足そうに空を見上げる。


「……童が敗れただけ」


「帝國には童より遥かに強い者もいる」


「戦闘種族は……負けてはいない」


ゆっくりと視線が戻る。


レックスを見る。


「……レックス」


彼女は小さく笑った。


「覚えておくわ」


「妾を殺した男の名としてね」


その笑みは。


狂気の笑いではなかった。


ただの―人間の微笑みだった。


次の瞬間。


シグマの身体から力が抜けた。


ゆっくりと倒れる。


瞳が閉じる。


その唇が、わずかに動いた。


「申し訳ありません……」


かすかな声。


帝國か。


主君か。


それとも。


戦士としての自分自身にか。


沈黙が落ちる。


戦闘狂の女騎士は――


その生涯を終えた。


その時だった。


レックスの脳裏に、警鐘のような直感が走る。


シグマの胸。


帝國紋章の光が、急激に強くなる。


自爆コード。


世界が、一瞬だけ静止した。


次の瞬間。


光がすべてを飲み込んだ。


礼拝堂が白く染まる。


爆風が大気を引き裂いた。


そして世界は――


閃光の中に沈んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


空に、赤い信号弾が弧を描いた。


撤退の合図だった。


その数秒後。


礼拝堂の方向から、遅れて巨大な爆発が起きる。


轟音。


黒煙。


崩れ落ちる瓦礫。


帝國兵の隊列が、ぴたりと止まった。


誰も動かない。


ただ、燃え上がる街の音だけが聞こえる。


やがて。


一人の兵が、ゆっくりと剣を下ろした。


―― 撤退だ。


その意思が伝染する。


帝國軍の列が、静かに動き出した。


叫び声もない。


混乱もない。


整然とした隊列。


敗軍とは思えぬほど堂々とした撤退だった。


それを、城門前のヴァルディア軍が見守っている。


剣を構えたまま。


盾を下ろさぬまま。


緊張は、まだ解けない。


「深追いはしなくていい」


ルシアン・ヴァルツァーが低く言った。


黒煙の向こうへ去っていく帝國軍を見つめながら。


「向こうも体勢を整えて撤退しています」


「下手に追えば、こちらの被害が増えるだけでしょう」


冷静な判断だった。


城壁は崩れ、街のあちこちから煙が上がっている。


瓦礫。


倒れた屋台。


半ば焼け落ちた家屋。


ヴァルディアの城下は、すでに戦場の傷跡だらけだった。


これ以上の戦闘は、街を殺す。


「街内に潜伏する残党の掃討のみを行え」


ミレーネが命じる。


「追撃は不要」


「民の保護を優先です」


騎士たちが短く返事をした。


帝國軍は、やがて街の外へと消えていく。


エルディナ・ヴァルディアは、その背を見つめていた。


凛とした姿勢。


青い瞳は、まっすぐ前を向いている。


だが。


握りしめた拳は――


小さく震えていた。


(レックス……)


心の奥で、名前を呼ぶ。


一人。


帝國の戦闘種族を足止めするため、残った少年。


そして。


礼拝堂の大爆発。


胸が締めつけられる。


無事でいてほしい。


ただ、それだけを願っていた。


誰もすぐには歓声を上げなかった。


兵たちは剣を握ったまま、帝國軍の背を見送っている。


やがて。


誰かが、小さく呟いた。


「……勝ったのか?」


「帝國軍、完全に撤退しました」


ミレーネの声が響く。


その瞬間。


エルディナは一歩前に出た。


深く息を吸い。


そして――声を張る。


「皆、よく戦いました!」


少女の声が、城下に広がる。


「我々は、帝國を退けたのです!」


騎士たちが剣を掲げた。


歓声が爆発する。


民衆の叫び。


兵士たちの雄叫び。


勝利の声は、波のように街へ広がっていった。


だが。


その歓喜の中へ、兵士が駆け込んでくる。


「報告します! 礼拝堂付近にて、アルベリオ様とアルドリック・ヴァルハイト侯爵の無事を確認!」


「グレイヴァス様、レオナルト様も重傷ですが命に別状なし!」


エルディナは息を吐いた。


だが。


次々と上がる被害報告。


負傷兵。


死亡者。


焼け落ちた建物。


勝利の現実は、決して軽くない。


そして。


一人の兵士が、戸惑うように言った。


「報告します」


「内城壁上の爆発現場付近にて、獣人の少年を発見……重傷です」


ルシアンの眉が動く。


「ガロード君か」


そしてすぐ叫んだ。


「重傷ということは生きている! 急いで救助しろ!」


兵士が走る。


「彼がいなければ、この街は落ちていた」


ルシアンの声は真剣だった。


だが――


レックスの報告がない。


その事実に、エルディナの顔色が変わる。


「礼拝堂内部の報告は?」


ミレーネが兵士へ問いかけた。


兵士は顔をしかめる。


「内部は高温です……」


「それに爆発の影響で建物がかなり脆く……」


「近づくのは危険かと……」


その言葉を聞いた瞬間。


エルディナの中で、何かが切れた。


「レックス君……!」


気づけば。


彼女は馬へ飛び乗っていた。


令嬢としての立場も。


勝利の余韻も。


すべて忘れて。


馬が石畳を蹴る。


礼拝堂へ。


レックスの元へ。


だが――


黒煙の向こう。


礼拝堂の尖塔が、ゆっくり傾いていた。


崩落が、始まっている。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



―― 周囲が騒がしい。


いや。


騒がしいどころじゃない。


うるさい。


(……こっちは体も動かせねえんだ)


(ほっといて寝かせろっての)


ガロードは心の中で悪態をついた。


焦げた匂い。


そして血の匂い。


それが混ざり合った生臭い空気が、鼻を刺す。


獣の嗅覚が、ゆっくりと戻ってくる。


視界はぼやけている。


まぶたを開く。


それだけで、信じられないほど体力を使った。


(……ああ、そうだ)


思い出す。


さっきまで。


デルタと戦っていた。


帝國の戦闘種族。


思い出した瞬間。


全身に痛みが走った。


骨が軋む。


いや、軋むどころじゃない。


(……これ、全部イッてんじゃねえか)


体を動かそうとする。


ミリ単位でも激痛が走る。


皹の入っていない骨など、一つもない気がした。


デルタの最後の一撃。


あれで、全身を砕かれた。


視界の上に、影が落ちる。


覗き込む顔。


黒髪の騎士だった。


「ガロード君!」


ルシアン・ヴァルツァー。


珍しく声を荒げている。


どうやら、目を覚ましたことが予想外だったらしい。


ガロードはゆっくり息を吐いた。


「……俺、気絶してたのか」


声がかすれる。


喉が焼けたように痛い。


だが。


ルシアンがここにいる。


それだけで状況は分かった。


(……ああ)


(終わったんだな)


「勝ったのかい」


ガロードは短く聞いた。


ルシアンは小さく頷く。


「ああ」


「君のおかげです」


騎士らしい、まっすぐな言葉だった。


ガロードは小さく鼻を鳴らす。


「……デルタは?」


あの化け物。


自分と最後まで殴り合った相手。


ルシアンはわずかに目を細めた。


「帝國の戦闘種族は……おそらく死んだ」


「遺体は?」


「何もありません」


瓦礫の上を風が吹き抜けた。


しばらく沈黙が続く。


「……そうか」


ガロードはそれだけ言った。


思うことは、特にない。


恨みもない。


あいつは敵だった。


それだけだ。


互いに全力で殺し合った。


それで終わりだ。


ガロードは、ゆっくり空を見上げた。


煙に覆われた空。


城壁の上は、まだ焦げ臭い。


そして。


ふと思い出す。


「……レックスの奴は」


弟分の顔が浮かぶ。


結局。


助けに行けなかった。


ルシアンは少し間を置いて答えた。


「今、エルディナ様が向かっています」


ガロードは目を閉じる。


「……そうか」


短く息を吐いた。


(あいつ)


(そんなに丈夫じゃねえんだよな)


胸の奥に、わずかな不安がよぎる。


だが。


あの令嬢が向かったのなら。


たぶん大丈夫だろう。


ガロードは小さく呟いた。


―― エルディナ様、頼んだ。


そして再び、意識は暗闇へ沈んでいった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「レックス!」


エルディナは叫びながら、礼拝堂へ飛び込んだ。


その瞬間、息が止まった。


礼拝堂は――


破壊されていた。


壁には巨大な亀裂。


天井は雷に撃ち抜かれたように抉れ、クレーターのような穴が開いている。


瓦礫が降り積もり、今にも崩れそうだった。


床は溶けていた。


石造りの床が黒く熔解し、赤く鈍く光っている。


まだ熱い。


靴底がじり、と音を立てる。


焦げた匂い。


煙。


倒れた長椅子。


砕け散った聖像。


焼け焦げた祭壇。


まるで戦場だった。


いや――


戦場よりも酷い。


雷撃で抉れた柱。


石壁には棍棒で叩き砕いたような凹み。


床には深く刻まれた裂痕。


何度も、何度も。


ここで激突したのだとわかる。


「レックス!」


エルディナは叫ぶ。


声が、虚しく反響する。


返事はない。


胸が冷たくなった。


「……レックス」


喉が震える。


最悪の想像が、脳裏に浮かんだ。


視界が滲む。


涙だった。


「レックス!」


再び叫びながら進む。


床を見ながら、一歩ずつ。


踏める場所を選ぶ。


溶けた石。


亀裂。


まだ赤く熱を帯びる部分。


靴底が焦げる。


それでも進む。


その時――


視界の奥に、影があった。


人影。


「……!」


エルディナの心臓が跳ねた。


走り出しかけて――


止まる。


そして。


次の瞬間、声を失った。


そこに倒れていたのは――


レックスだった。


身体は血に染まっている。


右腕は異様な角度で曲がり、青黒く腫れ上がっていた。


胸元のプレートは砕け、シャツは赤く染まっている。


口から血が流れていた。


そして――


胸が。


動いているのか。


わからない。


まるで。


躯のようだった。


「……」


思考が止まる。


理解を拒む。


だが。


次の瞬間。


エルディナは走っていた。


もう床など見ていない。


熱が足裏を刺す。


靴底が焼ける。


それでも。


止まれなかった。


「レックス!」


ついに彼の傍に辿り着く。


すぐ近くに、黒い棍棒が転がっていた。


その表面には、無数の衝突跡。


床には深い亀裂。


壁には雷撃の焼け跡。


ここで――


最後まで戦った。


誰の目にも、それがわかった。


「ああ……」


エルディナは膝をついた。


「……レックス」


触れる。


肌が冷たい。


「……なんて酷い」


声が震えた。


「……レックス……」


呼吸は――


わからない。


「……ああ……」


視界が涙で歪む。


「お願い……」


手を握る。


「お願い……」


祈るように。


「間に合って……」


―― 音が遠い。


と、レックスは思った。


―― 世界が水の中みたいにぼやけている。


意識が沈んでいく。


―― 寒い。


酷く寒い。


体の感覚が消えていく。


―― ああ。


終わりかな。


そんなことを、ぼんやり考える。


その時。


胸に、温もりを感じた。


微かな鼓動。


レックスの胸が、かすかに上下する。


―― 誰だ。


遠くから声がする。


「…レッ…!」


途切れた声。


「…ク…!」


必死な声。


「…ス…!」


震えている。


「…レック…!」


―― 声が聞こえる。


レックスはゆっくり目を開いた。


右目だけ。


左は血で塞がれていた。


視界が滲む。


でも。


わかった。


金色の髪。


青い瞳。


「エルディナ……」


かすれた声だった。


「……僕は……」


息が続かない。


言葉が途切れる。


それでも。


伝えなければいけない。


「……僕は……」


意識が遠のく。


「……貴方の味方です……」


声はほとんど消えていた。


それでも、レックスは聞いた。


「……ちゃんと……やれましたか……」


エルディナの瞳から涙が溢れた。


だが、その声ははっきりしていた。


「……はい」


彼女は言った。


「とても立派で、勇敢でした」


レックスの手を握る。


強く。


「あなたは……」


涙を拭う。


そして言った。


「わたしを守りました」


その瞳に、決意が宿る。


「まるで――」


一瞬、息を吸う。


「わたしの騎士のように」


その瞬間。


レックスの手の中で光が灯った。


回復の刻印。


淡い光が、二人の手を包む。


その光景を見て。


少し離れた場所で、ミレーネ・クラウディアが小さく笑った。


「レックス君」


呆れ半分。


感心半分。


「本当に無茶をしますね」


肩をすくめる。


「脱帽ですよ」


後ろでは侍女たちが抱き合っていた。


「生きてる!」


「レックス様が!」


飛び跳ねて喜ぶ。


崩れかけた礼拝堂に。


ようやく――


希望の空気が戻っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



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