スカーレットの炎
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
死王ノクス。
レオニスは、建物の影からこちらを窺う仮面の存在を見つめていた。
(……冥王の配下の奴が、なぜ冥王であるスカーレットを襲わせている……?)
疑問は消えない。
だからこそ、もう一度スカーレットを見る。
彼女は街の人々を庇うように立っていた。
車椅子の子供。
逃げ遅れた老人。
恐怖に震える住人たち。
そのすべてを背にして、スカーレットは一人、甲冑の巨人と向き合っている。
(……やはり)
(スカーレットは、冥王と関係がないのか……)
「はあぁ!」
スカーレットが大剣を振り抜いた。
轟音。
巨大な刀身が、死王レヴェナントの身体を押し返す。
しかし――。
レヴェナントは退かなかった。
倒れることもない。
怯えることもない。
まるで恐怖という感情そのものを持たない狂戦士のように、再び踏み込んでくる。
「まだ来るか!」
スカーレットの眼光が鋭くなった。
その瞬間だった。
大剣の刀身を、炎が走る。
赤い光が刃を包み込む。
次の一撃を警戒したレオニスだったが――。
先に異変が起きた。
レヴェナントの黒いマント。
その端が、じわりと焦げた。
まだ、剣は届いていない。
ただ刀身から放たれた炎の熱だけで、布が焼けたのだ。
「次に、私の間合いに入った時点で――終わりです」
静かな声だった。
だが、その言葉と同時に炎が膨れ上がる。
「降伏しなさい!」
鋭い最後通告。
それでも。
レヴェナントは止まらなかった。
巨大な斧槍を振り上げる。
そして――。
スカーレットではなく、街の人々へ向けて投げ放った。
「卑劣な!」
スカーレットが舌打ちする。
次の瞬間には、もう動いていた。
人々を守るために、レヴェナントへ背を向ける。
その判断は正しい。
しかし同時に、戦士としては致命的な隙を生む。
レヴェナントが、その一瞬を逃さない。
「――貴方は、あいつを!」
イシュリアンの声が響いた。
聖杖から放たれた魔力が、飛来した斧槍を弾き飛ばす。
巨大な武器が軌道を逸らし、街の建物の向こうへ消えていく。
「助力を感謝します」
スカーレットは短く礼を告げた。
そして再び、レヴェナントへ向き直る。
大剣を大きく振りかぶった。
レヴェナントとの距離は、まだ遠い。
普通ならば、斬撃は届かない。
それでも――。
「――喰らい尽くしなさい」
スカーレットが、剣を振り下ろす。
その瞬間。
刀身から、巨大な炎が噴き出した。
炎はただ燃え広がるだけではない。
空中で渦を巻き、絡み合い、形を変えていく。
まるで意思を持った獣のように。
赤い炎が、死王へ向かってその姿を定め始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
炎の鳥が、空を覆った。
巨大な翼。
鋭く伸びた爪甲。
嘴から吐き出される炎は、まるで生き物そのものだった。
炎の塊でありながら、そこには明確な意思がある。
紅蓮の鳥は、一直線にレヴェナントへと迫った。
「――紅蓮の鳥!?」
レオニスが声を上げる。
炎の鳥がレヴェナントへ喰らいついた。
次の瞬間。
巨大な火柱が、大地から天へと突き抜けた。
「!?」
轟音。
熱風。
視界を埋め尽くすほどの劫火。
「やったのか?」
レオニスの口から、思わず言葉が漏れた。
だが。
火柱の中で、人影が揺れた。
苦しむように身体を震わせながら、それでも倒れない。
スカーレットが剣を構える。
その時だった。
「レヴェナント、そこまでです」
涼し気な声が、どこからともなく響いた。
「冥王様の力、拝見させていただきました」
声と同時に、レヴェナントを包んでいた炎が消える。
あとに残ったのは、焼け焦げた大地。
そして。
無残なほど装甲を溶かされた、漆黒の死王だった。
普通の人間ならば、とうに焼け死んでいる。
それでもレヴェナントは立ち上がった。
「何者です!姿を見せなさい!」
スカーレットが叫ぶ。
「ご無礼をお許しください、冥王様」
謎の声は、静かに答えた。
「少々、遠い場所にいるものでして。まだ、お側に参上することはできません」
「……何を言っているのです!」
スカーレットの声が響く。
しかし、その時にはすでに異変が起きていた。
レヴェナントの姿がない。
そして。
先ほどまで建物の影に潜んでいた死王ノクスも、消えていた。
「こちらの準備が終われば、お迎えにあがります」
声だけが、周囲に残る。
「その時を楽しみにお待ちください、冥王様」
そこに敵意はなかった。
むしろ。
聞く者がそう感じるほどの、敬愛が込められていた。
「では、また参上します」
「待て!質問に答えろ!」
スカーレットが叫ぶ。
だが、返事はない。
声は、それきり途絶えた。
「……」
静寂が戻る。
スカーレットの声だけが、空しく街へと響いていった。
「――何故だ……」
レオニスは呟いた。
胸の奥に、何かが刺さっている。
棘のような感覚だった。
先ほどの声。
変質した声だった。
男とも女とも判別できない。
それなのに。
なぜか、知っている。
レオニスは、もう一度周囲を見渡した。
「……私は……」
あの声を。
以前にも、聞いたことがある。
そんな気がしてならなかった。
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