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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
207/235

スカーレットの炎

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



死王ノクス。


レオニスは、建物の影からこちらを窺う仮面の存在を見つめていた。


(……冥王の配下の奴が、なぜ冥王であるスカーレットを襲わせている……?)


疑問は消えない。


だからこそ、もう一度スカーレットを見る。


彼女は街の人々を庇うように立っていた。


車椅子の子供。


逃げ遅れた老人。


恐怖に震える住人たち。


そのすべてを背にして、スカーレットは一人、甲冑の巨人と向き合っている。


(……やはり)


(スカーレットは、冥王と関係がないのか……)


「はあぁ!」


スカーレットが大剣を振り抜いた。


轟音。


巨大な刀身が、死王レヴェナントの身体を押し返す。


しかし――。


レヴェナントは退かなかった。


倒れることもない。


怯えることもない。


まるで恐怖という感情そのものを持たない狂戦士のように、再び踏み込んでくる。


「まだ来るか!」


スカーレットの眼光が鋭くなった。


その瞬間だった。


大剣の刀身を、炎が走る。


赤い光が刃を包み込む。


次の一撃を警戒したレオニスだったが――。


先に異変が起きた。


レヴェナントの黒いマント。


その端が、じわりと焦げた。


まだ、剣は届いていない。


ただ刀身から放たれた炎の熱だけで、布が焼けたのだ。


「次に、私の間合いに入った時点で――終わりです」


静かな声だった。


だが、その言葉と同時に炎が膨れ上がる。


「降伏しなさい!」


鋭い最後通告。


それでも。


レヴェナントは止まらなかった。


巨大な斧槍を振り上げる。


そして――。


スカーレットではなく、街の人々へ向けて投げ放った。


「卑劣な!」


スカーレットが舌打ちする。


次の瞬間には、もう動いていた。


人々を守るために、レヴェナントへ背を向ける。


その判断は正しい。


しかし同時に、戦士としては致命的な隙を生む。


レヴェナントが、その一瞬を逃さない。


「――貴方は、あいつを!」


イシュリアンの声が響いた。


聖杖から放たれた魔力が、飛来した斧槍を弾き飛ばす。


巨大な武器が軌道を逸らし、街の建物の向こうへ消えていく。


「助力を感謝します」


スカーレットは短く礼を告げた。


そして再び、レヴェナントへ向き直る。


大剣を大きく振りかぶった。


レヴェナントとの距離は、まだ遠い。


普通ならば、斬撃は届かない。


それでも――。


「――喰らい尽くしなさい」


スカーレットが、剣を振り下ろす。


その瞬間。


刀身から、巨大な炎が噴き出した。


炎はただ燃え広がるだけではない。


空中で渦を巻き、絡み合い、形を変えていく。


まるで意思を持った獣のように。


赤い炎が、死王へ向かってその姿を定め始めた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



炎の鳥が、空を覆った。


巨大な翼。


鋭く伸びた爪甲。


嘴から吐き出される炎は、まるで生き物そのものだった。


炎の塊でありながら、そこには明確な意思がある。


紅蓮の鳥は、一直線にレヴェナントへと迫った。


「――紅蓮の鳥!?」


レオニスが声を上げる。


炎の鳥がレヴェナントへ喰らいついた。


次の瞬間。


巨大な火柱が、大地から天へと突き抜けた。


「!?」


轟音。


熱風。


視界を埋め尽くすほどの劫火。


「やったのか?」


レオニスの口から、思わず言葉が漏れた。


だが。


火柱の中で、人影が揺れた。


苦しむように身体を震わせながら、それでも倒れない。


スカーレットが剣を構える。


その時だった。


「レヴェナント、そこまでです」


涼し気な声が、どこからともなく響いた。


「冥王様の力、拝見させていただきました」


声と同時に、レヴェナントを包んでいた炎が消える。


あとに残ったのは、焼け焦げた大地。


そして。


無残なほど装甲を溶かされた、漆黒の死王だった。


普通の人間ならば、とうに焼け死んでいる。


それでもレヴェナントは立ち上がった。


「何者です!姿を見せなさい!」


スカーレットが叫ぶ。


「ご無礼をお許しください、冥王様」


謎の声は、静かに答えた。


「少々、遠い場所にいるものでして。まだ、お側に参上することはできません」


「……何を言っているのです!」


スカーレットの声が響く。


しかし、その時にはすでに異変が起きていた。


レヴェナントの姿がない。


そして。


先ほどまで建物の影に潜んでいた死王ノクスも、消えていた。


「こちらの準備が終われば、お迎えにあがります」


声だけが、周囲に残る。


「その時を楽しみにお待ちください、冥王様」


そこに敵意はなかった。


むしろ。


聞く者がそう感じるほどの、敬愛が込められていた。


「では、また参上します」


「待て!質問に答えろ!」


スカーレットが叫ぶ。


だが、返事はない。


声は、それきり途絶えた。


「……」


静寂が戻る。


スカーレットの声だけが、空しく街へと響いていった。


「――何故だ……」


レオニスは呟いた。


胸の奥に、何かが刺さっている。


棘のような感覚だった。


先ほどの声。


変質した声だった。


男とも女とも判別できない。


それなのに。


なぜか、知っている。


レオニスは、もう一度周囲を見渡した。


「……私は……」


あの声を。


以前にも、聞いたことがある。


そんな気がしてならなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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