死王の影
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、レオニスとイシュリアンによる冥王の聞き込みが始まった。
まずは、街の住人たちに話を聞いていく。
「えっ?冥王様のことかい?」
すると――。
情報は、驚くほど簡単に集まった。
冥王。
この街で知らない者はいない。
それほどまでに有名な存在だった。
「とても働き者だよ」
「頑張ってくれているよ」
「とっても優しい方だね」
住人たちの口から出てくるのは、そんな言葉ばかりだった。
悪い評判は、まるでない。
スカーレットは街のために働き、人々から感謝されている。
そこだけを見れば、何もおかしくはない。
――ただし。
調べれば調べるほど、妙なことが分かってきた。
「何で冥王様かって?さて、何でだろうね。呼び慣れちまって、わからないねぇ」
「冥王様は、冥王様だろ?」
「冥王様って、冥王様じゃないの?何でそんなこと聞くの?」
「誰が冥王様って呼び始めたって?そんなの些末なことだよ」
誰も答えない。
いや。
答えられない。
何故、スカーレットが冥王と呼ばれているのか。
その理由だけが、綺麗に抜け落ちていた。
それなのに住人たちは、スカーレットへ感謝している。
そして――冥王へ祈る。
「……これは、流石に」
「はい。不自然です」
レオニスの呟きに、イシュリアンも同意した。
まるで街全体が口裏を合わせている。
何かを隠すために、同じ芝居を演じている。
そうとしか思えない。
「……ですが、何を理由に、そのようなことをしているのか見当がつきません」
「……そう、なんですよね」
そこが最大の疑問だった。
住人たちは、冥王の存在を隠していない。
むしろ堂々と語っている。
もし、冥王を守るために本拠地を隠しているのなら話は分かる。
たとえば敵対勢力から、
『この街に冥王など存在しない』
そう言って、冥王を秘密裏に守っている。
そのほうが、まだ理解できる。
「……仮説を立てるとしたら、スカーレットは冥王の影武者、という線でしょうか」
「それも、なくはないですね」
イシュリアンの考えに、レオニスも頷いた。
だが。
粗末な教会。
そこで雑巾を手に、黙々と掃除をしていた少女。
あの姿を見て、敵が彼女を冥王だと思うだろうか。
「……奇策でも、あまりに突拍子もなくて、逆に誰も信じないでしょうね」
「……奇策」
レオニスは呟いた。
「……影武者……」
頭の中で、いくつもの言葉を反芻する。
そのときだった。
「……スカーレット・ヴァーミリオン」
イシュリアンの声がした。
レオニスが顔を上げる。
ちょうど二人の前を。
今、話題にしていた渦中の人物が歩いてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スカーレットは、角の生えた獣人の子供が乗った車椅子を押しながら、街の往来を歩いていた。
「こんにちは、冥王様」
「今日もご苦労様です」
すれ違う人々が、自然に声をかけていく。
スカーレットも、その一人一人に笑顔で応じていた。
「こんにちは」
「ありがとうございます」
やがて人が集まり始める。
誰かがスカーレットへ声をかければ、別の誰かも足を止める。
気がつけば、彼女は自然と人々の中心にいた。
そこに敵意はない。
恐怖もない。
ただ、穏やかな日常だけがある。
レオニスは、その光景を静かに見つめていた。
(……これを疑う意味が、あるのかな)
先ほどまで抱いていた違和感が、少しずつ薄れていく。
レオニスは、レオンハルトの記憶を見た。
勇者と冥王。
何度も繰り返される因縁。
人を嘲笑うような、あの冥王の姿。
だからこそ。
目の前の「冥王」という言葉に、必要以上に反応していたのではないか。
(……これは、もう終わってもいいのかもしれない)
レオニスがそう結論づけようとした、その時だった。
――ガキィンッ!
唐突に、金属と金属が激突する音が響いた。
「……何者だ!」
スカーレットが叫ぶ。
その手には、いつの間にか巨大な大剣が握られていた。
刃が受け止めていたのは、重々しい戦斧。
その向こう側には――街にはあまりにも不似合いな、甲冑の巨人が立っていた。
いつ現れたのか。
誰にも分からない。
「……皆、下がって」
スカーレットが静かに告げる。
周囲の人々を庇うように、一歩前へ出た。
「……どこから出て来た。名乗れ!」
問いかけに、甲冑の巨人は答えない。
ただ、大戦斧を振り下ろす。
周囲に人がいようと構わない。
そんな意思すら感じさせる、容赦のない一撃だった。
「……私が相手だ!」
スカーレットが踏み込む。
大剣が唸った。
斧と剣が何度もぶつかり合う。
重い。
それでも、スカーレットは退かない。
小柄な身体からは想像もつかない力で、巨人の攻撃を受け止め、押し返していく。
(……すごい)
レオニスは、思わず息を呑んだ。
これほど戦えるとは思っていなかった。
――ヴァーミリオンの騎士。
レイラから聞かされた、その名。
単なる伝承ではない。
目の前のスカーレットには、本当にそれだけの力がある。
「……加勢します」
イシュリアンが聖杖を構えた。
その瞬間だった。
(……あいつは!?)
レオニスの視線が、建物の影へ向く。
そこにいた。
スカーレットを窺うように、静かに佇む仮面の存在。
(……死王ノクス)
レオンハルトの記憶。
そこで見た、あの死王。
なぜ。
どうして。
その答えを考えるより先に、レオニスは理解した。
自分たちは今。
冥王の街で――冥王に従う死王と遭遇したのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




