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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
206/235

死王の影

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



そして、レオニスとイシュリアンによる冥王の聞き込みが始まった。


まずは、街の住人たちに話を聞いていく。


「えっ?冥王様のことかい?」


すると――。


情報は、驚くほど簡単に集まった。


冥王。


この街で知らない者はいない。


それほどまでに有名な存在だった。


「とても働き者だよ」


「頑張ってくれているよ」


「とっても優しい方だね」


住人たちの口から出てくるのは、そんな言葉ばかりだった。


悪い評判は、まるでない。


スカーレットは街のために働き、人々から感謝されている。


そこだけを見れば、何もおかしくはない。


――ただし。


調べれば調べるほど、妙なことが分かってきた。


「何で冥王様かって?さて、何でだろうね。呼び慣れちまって、わからないねぇ」


「冥王様は、冥王様だろ?」


「冥王様って、冥王様じゃないの?何でそんなこと聞くの?」


「誰が冥王様って呼び始めたって?そんなの些末なことだよ」


誰も答えない。


いや。


答えられない。


何故、スカーレットが冥王と呼ばれているのか。


その理由だけが、綺麗に抜け落ちていた。


それなのに住人たちは、スカーレットへ感謝している。


そして――冥王へ祈る。


「……これは、流石に」


「はい。不自然です」


レオニスの呟きに、イシュリアンも同意した。


まるで街全体が口裏を合わせている。


何かを隠すために、同じ芝居を演じている。


そうとしか思えない。


「……ですが、何を理由に、そのようなことをしているのか見当がつきません」


「……そう、なんですよね」


そこが最大の疑問だった。


住人たちは、冥王の存在を隠していない。


むしろ堂々と語っている。


もし、冥王を守るために本拠地を隠しているのなら話は分かる。


たとえば敵対勢力から、


『この街に冥王など存在しない』


そう言って、冥王を秘密裏に守っている。


そのほうが、まだ理解できる。


「……仮説を立てるとしたら、スカーレットは冥王の影武者、という線でしょうか」


「それも、なくはないですね」


イシュリアンの考えに、レオニスも頷いた。


だが。


粗末な教会。


そこで雑巾を手に、黙々と掃除をしていた少女。


あの姿を見て、敵が彼女を冥王だと思うだろうか。


「……奇策でも、あまりに突拍子もなくて、逆に誰も信じないでしょうね」


「……奇策」


レオニスは呟いた。


「……影武者……」


頭の中で、いくつもの言葉を反芻する。


そのときだった。


「……スカーレット・ヴァーミリオン」


イシュリアンの声がした。


レオニスが顔を上げる。


ちょうど二人の前を。


今、話題にしていた渦中の人物が歩いてきた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



スカーレットは、角の生えた獣人の子供が乗った車椅子を押しながら、街の往来を歩いていた。


「こんにちは、冥王様」


「今日もご苦労様です」


すれ違う人々が、自然に声をかけていく。


スカーレットも、その一人一人に笑顔で応じていた。


「こんにちは」


「ありがとうございます」


やがて人が集まり始める。


誰かがスカーレットへ声をかければ、別の誰かも足を止める。


気がつけば、彼女は自然と人々の中心にいた。


そこに敵意はない。


恐怖もない。


ただ、穏やかな日常だけがある。


レオニスは、その光景を静かに見つめていた。


(……これを疑う意味が、あるのかな)


先ほどまで抱いていた違和感が、少しずつ薄れていく。


レオニスは、レオンハルトの記憶を見た。


勇者と冥王。


何度も繰り返される因縁。


人を嘲笑うような、あの冥王の姿。


だからこそ。


目の前の「冥王」という言葉に、必要以上に反応していたのではないか。


(……これは、もう終わってもいいのかもしれない)


レオニスがそう結論づけようとした、その時だった。


――ガキィンッ!


唐突に、金属と金属が激突する音が響いた。


「……何者だ!」


スカーレットが叫ぶ。


その手には、いつの間にか巨大な大剣が握られていた。


刃が受け止めていたのは、重々しい戦斧。


その向こう側には――街にはあまりにも不似合いな、甲冑の巨人が立っていた。


いつ現れたのか。


誰にも分からない。


「……皆、下がって」


スカーレットが静かに告げる。


周囲の人々を庇うように、一歩前へ出た。


「……どこから出て来た。名乗れ!」


問いかけに、甲冑の巨人は答えない。


ただ、大戦斧を振り下ろす。


周囲に人がいようと構わない。


そんな意思すら感じさせる、容赦のない一撃だった。


「……私が相手だ!」


スカーレットが踏み込む。


大剣が唸った。


斧と剣が何度もぶつかり合う。


重い。


それでも、スカーレットは退かない。


小柄な身体からは想像もつかない力で、巨人の攻撃を受け止め、押し返していく。


(……すごい)


レオニスは、思わず息を呑んだ。


これほど戦えるとは思っていなかった。


――ヴァーミリオンの騎士。


レイラから聞かされた、その名。


単なる伝承ではない。


目の前のスカーレットには、本当にそれだけの力がある。


「……加勢します」


イシュリアンが聖杖を構えた。


その瞬間だった。


(……あいつは!?)


レオニスの視線が、建物の影へ向く。


そこにいた。


スカーレットを窺うように、静かに佇む仮面の存在。


(……死王ノクス)


レオンハルトの記憶。


そこで見た、あの死王。


なぜ。


どうして。


その答えを考えるより先に、レオニスは理解した。


自分たちは今。


冥王の街で――冥王に従う死王と遭遇したのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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