どうかしましたか
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく考えたあと、アウレリアは結論を出した。
「今日のところは、まだ日は高いから自由行動にして、明日巡礼の地に出発する」
それが、アウレリアの出した指針だった。
「フィデリアも観光に行きたいでしょ? もちろん、あたしが行きたい」
「……自由行動か」
レオニスは小さく呟いた。
いかにもアウレリアらしい決定だった。
まだ見たことのない景色を見る。
知らない街を歩く。
せっかくここまで来たのだから、少しくらい観光したい。
それは彼女にとって、我儘というより自然なことなのだろう。
勇者一行も、そんな彼女の決定に異論はなかった。
「それであれば、私は別行動をします」
そう言ったのはレイラだった。
「一緒に観光しないの?」
「はい。ロウガとも連絡をとりたいので」
「そっか」
アウレリアが頷く。
するとグラーディスが続いた。
「私はアウレリアたちと行くよ」
「わかった。じゃあ観光に――」
アウレリアが歩き出そうとした、その時だった。
「申し訳ありませんが、私はレオニスと冥王の調査を行いたいです」
イシュリアンが静かに告げた。
「え?」
アウレリアが振り返る。
イシュリアンの紫の瞳は、まっすぐレオニスへ向けられていた。
そこには、言葉にしなくても分かる意思があった。
――調べてみたいのでしょう?
そう問われているようだった。
「うん。そうしたい」
レオニスも頷く。
スカーレットと冥王。
その二つが、どうしても頭から離れなかった。
「皆で行きたいのにな」
アウレリアが、少しだけ不満そうに頬を膨らませる。
「ごめんね、アウレリア」
「ま、仕方ないわね」
渋々ながらも、アウレリアは納得した。
「では、これを」
イシュリアンが懐から魔法道具を取り出し、アウレリアへ渡す。
「これがあれば、お互いの位置が分かるので、集合しやすいかと」
「あ、そんなのあるんだ。便利だね」
「それでは、時間もありませんので」
「え?」
次の瞬間。
イシュリアンはレオニスの腕を取った。
「ちょ、えっと?」
「行きますよ」
そのまま、さっさと歩き出してしまう。
「え、あの……!」
レオニスは戸惑いながらも、彼女に引かれていった。
あとに残されたアウレリアは、しばらく二人の背中を見つめていた。
「…………」
その隣で、グラーディスもまた二人を見送る。
(……なるほど)
グラーディスは静かに目を細めた。
本人に、その自覚があるのかは分からない。
だが。
イシュリアンの行動力には、妙に作為的なものすら感じられた。
(無意識なのだろうが……これはこれで、なかなか面白いな)
グラーディスは、そんなことを考えながら、遠ざかっていく二人の姿を眺めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――何だろう。
レオニスは、妙な感覚を覚えていた。
改めて今の状況を考えてみる。
隣にはイシュリアンがいる。
しかも、妙に距離が近い。
二人だけで、街を歩いている。
「どうかしましたか、レオニス?」
イシュリアンが、不思議そうにレオニスを見上げた。
「……っ」
レオニスの胸が跳ねる。
――うわ!?
声には出さなかった。
だが、心の中では盛大な叫び声を上げていた。
レオニスは下級とはいえ、貴族の生まれだ。
王国の社交界にも出ている。
貴族令嬢と会話をした経験も、それなりにある。
縁談の話だって、なかったわけではない。
もっとも、士爵家という家柄ゆえに持ち込まれる話は、家名を残すためのものという意味合いが強かった。
当時のレオニスも、有力な貴族と縁を結ぶことは必要なのだろう。
そんな程度に考えていた。
それに、女性との距離感そのものに慣れていないわけではない。
以前、宿代を節約するため、アウレリアがレオニスの屋敷に滞在していた時期もあった。
最初こそ、姫騎士を思わせる可憐な少女が屋敷に来たことで、使用人たちは大いに浮き立ったものだ。
「アウレリアさんを手放してはいけません」
「そうです。今度こそ真剣に考えましょう」
だが――。
アウレリアの本性。
そして、裏表のないエキセントリックな行動力。
それを知った後も、使用人たちからの人気が落ちることはなかった。
むしろ、以前より気に入られていたほどだ。
詰め寄ってくる使用人たちに、レオニスは苦笑するしかなかった。
だからこそ。
女性と話すこと自体は、決して初めてではない。
なのに。
今は妙に緊張していた。
その理由は――。
「……」
レオニスは、隣を歩くイシュリアンを見る。
今はいつもの魔導士服だ。
それでも、改めて見ると――。
綺麗な人だった。
もしドレスを着て、化粧をしたなら。
どれほど印象が変わるのだろう。
社交界で華と呼ばれている令嬢たちにも、決して引けを取らない。
そんなことを考えてしまっていた。
「どうしました?」
「いや……とても綺麗だと――」
「……」
言ってから、レオニスは固まった。
「……!?」
しまった。
口に出してしまった。
慌てて自分の口を手で塞ぐ。
しかし、もう遅い。
「それは、私のことでしょうか?」
イシュリアンは、真面目な顔で尋ねてきた。
「えっと……はい」
失態だった。
だが、嘘でもなかった。
だからこそ、レオニスは小さく頷いた。
「そうですか」
イシュリアンは少しだけ目を細める。
「褒められると、嬉しいものですね」
そう言って。
彼女は、小さく笑った。
「……」
レオニスは言葉を失った。
それは、あまりにも不意打ちだった。
思わず目を逸らしてしまうほどに。
自分の頬が熱くなっていくのを、レオニスは自覚していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




