ヴァーミリオン
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「少し気になったのは、教会と彼女の身に着けていた装備です」
レイラが、そう前置きをした。
「……装備?」
レオニスは、先ほど出会ったスカーレットの姿を思い返す。
修道服。
そして、その上に身に着けた青い軽装鎧。
腰には巨大な剣。
修道女というには、明らかに物々しい姿だった。
だが、冥王を名乗る者とは思えないほど穏やかな彼女の印象が強すぎた。
その違和感さえ、いつの間にか意識から外れていた。
「魔王国は、各地の魔王が治めているのが現状の姿です」
レイラは、勇者一行を見回した。
「しかし、魔王同士が勝敗を決める場合に、避けては通れない問題がありました」
「問題?」
「それは、勝敗の結果をどうするか、ということです」
レイラの説明によれば、かつて魔王同士の戦いが決着しても、敗北した魔王に従っていた民の一部が戦争を止めない時代があったという。
魔王が敗れれば終わる。
本来なら、それで余計な血を流さずに済む。
だが、現実はそうならなかった。
敗者の民が勝者を恨み、戦いを続ける。
その結果、魔王同士で決着をつけるという伝統そのものが、機能しなくなった。
「それを嘆いた、魔王国の今で言う“穏健派”が話し合い、一つの制度をつくりました」
レイラは、そこで一度言葉を切った。
「魔王同士の決闘の立ち合い、見守りを行う中立の存在」
そして。
「それが、“ヴァーミリオンの騎士”です」
レオニスは、静かに聞いていた。
ヴァーミリオンの騎士。
それは、どの魔王の配下にも属さない組織だった。
魔王同士の決着を見届ける。
約束を反故にして戦いを続けようとする者から、敗者側の民や、決着をつけた者たちを守る。
そのために、一定の介入権まで認められている。
(……魔王国が作り出した、監視機関のようなものか……)
そう考えたレオニスだったが。
レイラの次の言葉が、その印象を覆した。
「“毒をもって魔を払う”という意味からきているとか」
「“毒”?」
思わず聞き返す。
レイラは、小さく息を吐いた。
「結局は魔王国です。粛正された矛先が、彼らに向く」
その言葉には、僅かな苦味があった。
「勝利した魔王を守るためにつくられた、正義ではないのです」
レイラは淡々と続ける。
「本質は、怨嗟の矛先を変えるために造られた、都合のいい敵」
その存在に向けられる憎しみを。
その存在が引き受ける。
「憎しみを受け止めるために、矢面に立たされたのが……理解している者たちから見た、彼らの本質なのです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レイラの話は続いた。
「しかし、“ヴァーミリオンの騎士”の制度は廃止されました」
「廃止?」
レオニスが聞き返す。
「ええ。理由は公表されていません。ただ、制度を維持できなくなったのだと言われています」
レイラは、もう一度、小さくため息をついた。
「ロウガは、“ヴァーミリオンの騎士”という制度を嫌っていました。当然、私も嫌いです」
それだけを告げると、レイラは口を閉じた。
話は終わったらしい。
「……」
レオニスは、先ほど出会った少女の姿を思い出す。
スカーレット・ヴァーミリオン。
そして、ヴァーミリオンの騎士。
(……すでに失われた制度)
(都合のいい敵)
聞いた話を、頭の中で何度も繰り返す。
けれど。
(……やはり、駄目だな)
実際に会ったスカーレットの印象と、レイラから聞いたヴァーミリオンの騎士という存在が、どうしても結びつかなかった。
修道女として教会を掃除していた少女。
困っている者に手を差し伸べる、穏やかな少女。
あの姿からは、憎しみを受け止めるために作られた存在という印象など、まるで感じられない。
「たしかに、私も何かわかりませんが、気になりました」
静かな声がした。
イシュリアンだった。
「私も、レオニスの情報収集の意見に賛成です」
そう言って、彼女はレオニスの隣へ移動する。
「……」
一歩。
また一歩。
気づけば、かなり近い。
(……ま、また近い……)
レオニスは、隣に立つイシュリアンとの距離に戸惑った。
しかし。
「私は、巡礼の地へ急ぐべきだと思います」
反対の意見が出た。
フィデリアだった。
「冥王とやらが気になることは理解できます。ですが、私たちの目的ではないはずです」
「……」
レオニスは、言葉を失う。
そして、すぐに認めざるを得なかった。
(……確かに、もっともな意見だ)
今の勇者一行の目的は、冥王を討伐することではない。
王国を出た当初こそ、魔王討伐の指令はあった。
だが、魔王国を旅し、そこで暮らす者たちの現実を知った。
敵と決めつけていた相手にも、それぞれの事情がある。
いつしか当初の命令も、優先すべきものではなくなりつつあった。
そして何より。
フィデリアは、勇者一行を導く姫巫女である。
彼女が巡礼を優先すべきだと言うのなら、その意見は重い。
「どうする、アウレリア?」
グラーディスが尋ねた。
視線の先にいるのは、一行の実質的な指針となっている少女。
「そうねぇ」
アウレリアは、少しだけ考える。
そして――。
その答えを出そうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少しでも続きが気になる思ったらブックマークと、今後の励みになるので、下の【☆☆☆☆☆】から評価をお願いします。




