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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
203/235

スカーレット

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「そうなのですか。随分と遠くから来られたのですね。道中、大変だったでしょう」


スカーレットの反応は、いたって普通だった。


穏やかな口調。


相手を気遣う表情。


そこには、魔王らしい威圧感など微塵もない。


もし、レオニスが何も知らないまま彼女について尋ねられたなら。


――そんなことがあるはずがない。


そう答えていただろう。


だが、レオニスは知っている。


原初の時代。


レオンハルトと戦った、冥王の姿を。


その力と、その行いを。


だからこそ、目の前にいる少女との落差はあまりにも大きかった。


ならば、本当に別人なのか。


それを確かめるため、レオニスは一つの質問を投げかけた。


「スカーレットさんは、“ノクス”という人をご存じですか?」


「……“ノクス”様という方ですか?」


スカーレットは少しだけ考え込んだ。


レオニスは、その仕草を見逃さない。


視線。


表情。


声の変化。


わずかな不自然ささえあれば、そこから何かを読み取るつもりだった。


しかし。


「申し訳ありません。知らない名前ですね」


スカーレットは、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


そこに、小細工をしている様子はない。


「変な質問でしたね。気にしないでください」


「……こちらこそ、すみません」


レオニスも謝罪を返した。


――やはり、別人なのか。


それが、この場で導き出せる妥当な答えだった。


覇王ディアボロスと戦争をしている冥王。


それとは別に、目の前には冥王と呼ばれている少女がいる。


そう考えれば、すべてが納得できる。


「ねぇ、スカーレットは教会で働いているの?」


唐突に、アウレリアが尋ねた。


「働いているというより、運営しているような立場ですね。見ての通り、厳しい状況ですが」


スカーレットは、教会内を見渡した。


「街の人たちがよくしてくれているので、何とか続けていられる状況です」


そう言って、先ほど子供が持ってきた包帯を見る。


「先程の子が持ってきてくれたのも、善意の医薬品です」


その表情には、純粋な感謝が浮かんでいた。


「とても、助かっている状況です」


その言葉を聞き、勇者一行の誰もが思い始めていた。


――やはり、勘違いなのだろう。


その時だった。


「……ヴァーミリオン」


レイラが、唐突に呟いた。


小さな声だった。


だが、スカーレットはそれを聞き逃さなかった。


「はい。私はスカーレット・ヴァーミリオンですが?」


「……申し訳ありません。ただの独り言です」


レイラは、それだけを告げて口を閉じた。


レオニスは、彼女の言葉を聞きながら眉を寄せる。


――ヴァーミリオン。


なぜだろう。


その単語だけが、妙に引っ掛かった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



教会を後にした一行は、街の通りを歩いていた。


「スカーレットさん、結構いい人だったね」


アウレリアが、あっさりと言った。


「あれで悪人なら、王宮に出入りしている幾つかの貴族共の方が、よほど大悪人だろう」


グラーディスが苦笑する。


王族として、常に権力争いの渦中にいる彼から見ても、スカーレットに警戒すべきものは感じられなかった。


「そうですね。あれほどの奉仕の精神を感じる方は、稀有なものでしょうね」


王国の教会にも関わりの深いイシュリアンも、同意する。


そんな三人に対して。


「……そうでしょうか」


フィデリアが、ぽつりと言った。


「……? 何か気になるの?」


アウレリアが振り返る。


「うまくは言えないのですが……」


フィデリアは、少しだけ考え込むように視線を落とした。


「そのような、完全な善の人など……存在するのでしょうか?」


「え!?」


アウレリアが目を丸くする。


「人は悪を知っているからこそ、善も知ることができると考えていたのですが……」


「うーん……」


フィデリアの言葉は、まるで禅問答だった。


「あたしも、聖人みたいな人が本当にいるとは思わないけど……スカーレットさんは、そんな感じじゃないと思うな」


アウレリアは、素直な感覚から答えを返す。


「そうですね。私も、そう思います」


イシュリアンも頷いた。


だが。


レオニスだけは、フィデリアの言葉の奥にあるものを感じ取っていた。


――きれいすぎる。


それは、善良という言葉だけでは説明できない。


まるで何かによって、最初からそうなるように作られた人物。


そんな印象だった。


もちろん、まだ第一印象に過ぎない。


スカーレットという少女には、染み一つない白のような印象がある。


だが、それはよく考えれば、人間に対して抱く印象なのだろうか。


しかも。


原初の時代に見た冥王。


そして、現在この街で冥王と呼ばれているスカーレット。


その落差は、あまりにも大きい。


「あの……もう少し、冥王について調べてみたいのですが」


「え?」


アウレリアたちが、レオニスを見る。


「その……どうして街の人々が、スカーレットさんを冥王と呼ぶのか。それを調べてみたいのです」


レオニスは、そう提案した。


何もなければ、それでいい。


自分たちの考えすぎだったのなら、それに越したことはない。


そう考えたところで。


「そういえば、レイラ様?」


レオニスは、ふと思い出した。


「先ほどの“ヴァーミリオン”とは、何のことですか?」


スカーレットの名にも含まれていた、聞き慣れない言葉。


魔王国の住人であるレイラが反応した以上、それも知っておく必要がある。


レオニスは、そう考えていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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