スカーレット
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうなのですか。随分と遠くから来られたのですね。道中、大変だったでしょう」
スカーレットの反応は、いたって普通だった。
穏やかな口調。
相手を気遣う表情。
そこには、魔王らしい威圧感など微塵もない。
もし、レオニスが何も知らないまま彼女について尋ねられたなら。
――そんなことがあるはずがない。
そう答えていただろう。
だが、レオニスは知っている。
原初の時代。
レオンハルトと戦った、冥王の姿を。
その力と、その行いを。
だからこそ、目の前にいる少女との落差はあまりにも大きかった。
ならば、本当に別人なのか。
それを確かめるため、レオニスは一つの質問を投げかけた。
「スカーレットさんは、“ノクス”という人をご存じですか?」
「……“ノクス”様という方ですか?」
スカーレットは少しだけ考え込んだ。
レオニスは、その仕草を見逃さない。
視線。
表情。
声の変化。
わずかな不自然ささえあれば、そこから何かを読み取るつもりだった。
しかし。
「申し訳ありません。知らない名前ですね」
スカーレットは、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
そこに、小細工をしている様子はない。
「変な質問でしたね。気にしないでください」
「……こちらこそ、すみません」
レオニスも謝罪を返した。
――やはり、別人なのか。
それが、この場で導き出せる妥当な答えだった。
覇王ディアボロスと戦争をしている冥王。
それとは別に、目の前には冥王と呼ばれている少女がいる。
そう考えれば、すべてが納得できる。
「ねぇ、スカーレットは教会で働いているの?」
唐突に、アウレリアが尋ねた。
「働いているというより、運営しているような立場ですね。見ての通り、厳しい状況ですが」
スカーレットは、教会内を見渡した。
「街の人たちがよくしてくれているので、何とか続けていられる状況です」
そう言って、先ほど子供が持ってきた包帯を見る。
「先程の子が持ってきてくれたのも、善意の医薬品です」
その表情には、純粋な感謝が浮かんでいた。
「とても、助かっている状況です」
その言葉を聞き、勇者一行の誰もが思い始めていた。
――やはり、勘違いなのだろう。
その時だった。
「……ヴァーミリオン」
レイラが、唐突に呟いた。
小さな声だった。
だが、スカーレットはそれを聞き逃さなかった。
「はい。私はスカーレット・ヴァーミリオンですが?」
「……申し訳ありません。ただの独り言です」
レイラは、それだけを告げて口を閉じた。
レオニスは、彼女の言葉を聞きながら眉を寄せる。
――ヴァーミリオン。
なぜだろう。
その単語だけが、妙に引っ掛かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教会を後にした一行は、街の通りを歩いていた。
「スカーレットさん、結構いい人だったね」
アウレリアが、あっさりと言った。
「あれで悪人なら、王宮に出入りしている幾つかの貴族共の方が、よほど大悪人だろう」
グラーディスが苦笑する。
王族として、常に権力争いの渦中にいる彼から見ても、スカーレットに警戒すべきものは感じられなかった。
「そうですね。あれほどの奉仕の精神を感じる方は、稀有なものでしょうね」
王国の教会にも関わりの深いイシュリアンも、同意する。
そんな三人に対して。
「……そうでしょうか」
フィデリアが、ぽつりと言った。
「……? 何か気になるの?」
アウレリアが振り返る。
「うまくは言えないのですが……」
フィデリアは、少しだけ考え込むように視線を落とした。
「そのような、完全な善の人など……存在するのでしょうか?」
「え!?」
アウレリアが目を丸くする。
「人は悪を知っているからこそ、善も知ることができると考えていたのですが……」
「うーん……」
フィデリアの言葉は、まるで禅問答だった。
「あたしも、聖人みたいな人が本当にいるとは思わないけど……スカーレットさんは、そんな感じじゃないと思うな」
アウレリアは、素直な感覚から答えを返す。
「そうですね。私も、そう思います」
イシュリアンも頷いた。
だが。
レオニスだけは、フィデリアの言葉の奥にあるものを感じ取っていた。
――きれいすぎる。
それは、善良という言葉だけでは説明できない。
まるで何かによって、最初からそうなるように作られた人物。
そんな印象だった。
もちろん、まだ第一印象に過ぎない。
スカーレットという少女には、染み一つない白のような印象がある。
だが、それはよく考えれば、人間に対して抱く印象なのだろうか。
しかも。
原初の時代に見た冥王。
そして、現在この街で冥王と呼ばれているスカーレット。
その落差は、あまりにも大きい。
「あの……もう少し、冥王について調べてみたいのですが」
「え?」
アウレリアたちが、レオニスを見る。
「その……どうして街の人々が、スカーレットさんを冥王と呼ぶのか。それを調べてみたいのです」
レオニスは、そう提案した。
何もなければ、それでいい。
自分たちの考えすぎだったのなら、それに越したことはない。
そう考えたところで。
「そういえば、レイラ様?」
レオニスは、ふと思い出した。
「先ほどの“ヴァーミリオン”とは、何のことですか?」
スカーレットの名にも含まれていた、聞き慣れない言葉。
魔王国の住人であるレイラが反応した以上、それも知っておく必要がある。
レオニスは、そう考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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