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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
202/235

冥王との出会い

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「こっちです!」


子供は元気よく声を上げながら、勇者一行の前を走っていく。


その背中を追いながら、レオニスは改めて考えていた。


――冥王。


現在の魔王国において、最大勢力を誇る存在。


これまで聞かされてきた情報だけなら、巨大な軍勢を従え、強大な力によって周囲を支配している魔王を想像する。


(……と、聞いていたんだけど)


レオニスは、前を走る子供へ視線を向けた。


その子供が運んでいるのは、冥王への届け物。


つまり、この子供は冥王から何らかのお使いを頼まれている。


それは、これまで聞いてきた冥王の印象とは、あまりにもかけ離れていた。


権力。


支配。


強者と弱者。


そのどれとも結びつかない。


「こっちですよ!」


子供がさらに先へ進む。


その先に、ひとつの建物が見えてきた。


(まさか……あそこに向かっているのか?)


レオニスの胸に、嫌な予感とも期待ともつかない感覚が走った。


だが。


「ここです!」


子供が足を止め、建物を指差した。


「教会?」


アウレリアが、思わず声を漏らす。


そこにあったのは、教会だった。


しかし、豪華な装飾が施された大聖堂ではない。


街の中に普通に建っている、小さな教会。


壁の一部には剥がれた跡があり、その周囲は新しい材木や石を使って補修されている。


誰かが少しずつ手を入れながら、大切に使い続けている。


そんな建物だった。


「……ここが?」


グラーディスが、珍しく言葉を失う。


イシュリアンも、静かに教会を見つめていた。


レイラでさえ、わずかに眉を動かす。


魔王国における魔王とは、王。


あるいは豪族。


強者が弱者を守り、その代わりに弱者が強者へ奉仕する。


それが、極端な封建社会ともいえる魔王国の在り方だった。


ならば。


その頂点に立つ冥王の居場所が、なぜこのような教会なのか。


誰も、すぐには答えを出せなかった。


そんな中。


フィデリアだけが、じっと教会を見つめていた。


「フィデリア、どうしたの?」


アウレリアが尋ねる。


「……いえ」


フィデリアは小さく首を振った。


「少し、魔力が強い場所だと思っただけです」


「魔力が?」


「はい」


それ以上は語らない。


アウレリアも深く追及せず、教会へ視線を戻した。


「なら、行こうか」


そう言って、アウレリアが先頭に立つ。


教会の表門。


古びた木製の扉へ手を伸ばす。


そして――。


「たのもー!」


勢いよく、扉を開いた。


その瞬間。


(……本当に、冥王がいるのか?)


レオニスの疑問は、頂点に達していた。


原初の勇者レオンハルトが戦った冥王。


何度でも蘇ると語った存在。


その名を冠する者が、今、この教会の中にいるという。


だが。


目の前にあるのは、あまりにも普通の街。


そして、あまりにも普通の教会だった。


(……それとも)


レオニスは、静かに息を呑む。


(今の冥王は、あの冥王とは別人なのか?)


開かれた扉の向こう。


その先にいる存在へ向けて。


勇者一行は、ついに足を踏み入れようとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



教会の中も、外から見た印象と変わらなかった。


質素だった。


派手な装飾もない。


高価そうな調度品もない。


ただ、長く使われてきた場所らしい温かみがあった。


「どちら様でしょうか?」


奥から、一人の修道女が姿を現した。


年若い女性だった。


小柄で細身。


長い髪を背中へ流し、黒を基調とした修道服の上から、青い軽装鎧を身につけている。


清楚な顔立ちに、青い瞳。


その表情は穏やかで、真面目だった。


腰には巨大な両手持ちの剣を携えている。


それだけを見れば、聖騎士と呼ぶほうが相応しい。


だが――。


彼女の手に握られていたのは、剣ではなかった。


バケツと雑巾だった。


「えっと……冥王……様っていう人?」


アウレリアが、確認するように修道女を見る。


修道女は、手にした雑巾を止めた。


「冥王?」


そして、小さく溜息をついた。


「私は冥王という名前ではなく、スカーレットと申します」


「冥王様!」


その瞬間だった。


先ほどの子供が、スカーレットのもとへ駆け寄ってくる。


「はい、冥王様!父さんが、包帯だから使ってって!」


「まあ」


スカーレットは受け取った荷物を確認し、穏やかに微笑んだ。


「ありがとう。ダンカンさんに、お礼を言っておいてください」


「うん!じゃあね、冥王様!」


子供は元気よく答える。


そして、そのままアウレリアたちの横を駆け抜けていった。


「…………」


「…………」


勇者一行の視線が、スカーレットへ集まる。


「あの……?」


アウレリアが困ったように首を傾げた。


「えーと……あれ?」


何をどう尋ねればいいのか分からない。


そんな様子を見て、スカーレットは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すいません。混乱させましたね」


「あの、どういうこと?」


「何故か、この街の皆さんが、私のことを『冥王』とおっしゃるのですよ」


スカーレットは困ったように眉を下げた。


「私も何度か違うと説明しているのですが……どうにも、分かっていただけなくて」


「……そうなんだ」


アウレリアも、困ったような顔になる。


「街の人たちが言うのを止めてくれないので、私も半ば受け入れていた状況なんです」


「なるほど……」


あまりにも普通の返答だった。


目の前にいるのは、魔王国最大勢力の頂点に立つ者には見えない。


むしろ、街の人々から頼られながら教会の掃除をしている、ただの修道女だった。


「では、この街で冥王と呼ばれているのは、スカーレットさん以外にいるのでしょうか?」


イシュリアンが尋ねる。


「いえ。そんなことはないような……。少なくとも、私は知りません」


スカーレットは丁寧に答えた。


そこに威圧感はない。


支配者らしい傲慢もない。


ただ、困惑している一人の女性がいるだけだった。


勇者一行が出会った冥王。


それは――。


魔王という言葉から想像される姿とは、あまりにもかけ離れていた。


普通の修道女。


それが、彼らの前にいる「冥王」だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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