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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
201/235

冥王の街

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



街が見えてきた。


緩やかな丘を越えた先。


そこには、周囲の町よりも一回り大きな街並みが広がっていた。


「……ここが、アウレリアの行きたかった場所の近くですね」


先頭を進んでいたレイラが、街の方角を指し示す。


「あれかぁ。結構大きな街みたいだね」


アウレリアが目を細めた。


街を囲む外壁。


その向こうに見える、いくつもの建物。


遠目からでも、かなり多くの人が暮らしていることが分かる。


そして。


「あっちにあるのは海だね」


アウレリアが、街の向こう側へ視線を向けた。


「久しぶりに見たよ」


「……海か」


グラーディスが足を止めるようにして、水平線を見つめる。


「……あれが、海ですか」


イシュリアンも同じだった。


王国は比較的内陸に位置している。


海は決して珍しいものではない。


だが、王国で暮らす二人にとって、これほど広大な海を間近に見る機会は多くなかった。


潮風が運んでくる、独特の匂い。


その先に広がる、どこまでも続く青。


二人はしばらく、その光景に目を奪われていた。


そんな中。


レオニスだけは、街を見つめたまま動かなかった。


(……冥王がいるかもしれない街)


胸の奥に、わずかな緊張が走る。


レオンハルトの記憶。


そこで見た冥王。


人の命を、まるで当然のように奪っていった異形。


そして。


最後に残した言葉。


(再び蘇る、と……)


あれは、本当に現在の冥王なのだろうか。


それとも。


同じ名を持つだけの、まったく別の存在なのか。


答えは、まだない。


街の外側を見ても、変わったところは何もない。


兵士の姿もある。


人々の姿も見える。


遠目では、平穏な街にしか見えなかった。


「……とりあえず、あの街に立ち寄るので良いよね?」


アウレリアの声が聞こえた。


振り返ると、彼女は仲間たちを見回している。


「異論はないな」


グラーディスが答える。


「そうですね。物品の補充も必要でしょう」


イシュリアンも頷いた。


「じゃあ、決まり!」


アウレリアが軽く笑う。


その隣では、フィデリアだけがまだ海を見ていた。


「海、気になるの?」


アウレリアが声をかける。


「……そうですね。はじめて見るもので」


フィデリアは、水平線から目を離さない。


「後で一緒に近くに行ってみる?」


「……そうですね。後で行きましょう」


「了!」


アウレリアが嬉しそうに答えた。


その穏やかな会話を聞きながらも。


レオニスの胸にある疑念だけは、消えなかった。


(……セレグナスの例もある)


レオンハルトの記憶で見た。


人間だった者が、冥王へと変わる瞬間を。


(すでに、この街の誰かの中にいるのか?)


それとも。


ただの考えすぎなのか。


街は何も知らないように、静かに彼らを迎えようとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「到着!」


アウレリアの声が響いた。


一行は、ついに街の中へと足を踏み入れた。


しかし――。


「……普通だな」


グラーディスが、思わず呟いた。


街は、いたって普通だった。


いや。


これまで魔王国内で立ち寄った街と比べても、むしろ発展している。


道は綺麗に整備されている。


市場と居住区も整理され、道端にゴミが散らばっているようなこともない。


左手には市場。


右手には住宅街。


街路には獣人や亜人たちが行き交い、誰もが武器を抜くことなく、それぞれの日常を過ごしていた。


子供たちは元気に走り回っている。


店先からは商人たちの呼び声が聞こえる。


荷馬車が、ゆっくりと街路を進んでいく。


屋台には色とりどりの商品が並び、食べ物の香りまで漂っていた。


「特に普通に入れたな」


グラーディスが、少し拍子抜けしたように言う。


「ええ。特に通行税もありませんでした。今まで通った関所の方が高いくらいです」


イシュリアンも周囲を見回す。


事前に聞いていた情報。


ここは、冥王の支配領域。


そのため、一行は当然のように警戒していた。


だが。


何も起きない。


検問もない。


兵士が取り囲んでくることもない。


魔法による監視すら感じられない。


「私も初めて来ましたが……」


レイラまでが、街並みを見渡した。


「ここまで発展した街は、魔王国内でもなかなかありませんね」


冥王の配下。


そう聞いていた。


外では覇王と戦っているはずなのに、街の中には戦争の気配すらない。


軍隊が行き交うこともない。


怯えて暮らしている人々も、少なくとも目に入らない。


そこにあるのは。


当たり前のような、平穏な日常だった。


(……これが、冥王の街……なのか?)


レオニスは、困惑していた。


もっと異様な光景を想像していた。


もっと分かりやすい恐怖があると思っていた。


だが、目の前にあるのは普通の街だ。


「いい果物だね」


アウレリアが、露店の商品を覗き込んでいる。


「そうだろ、お嬢ちゃん」


店番をしていた初老の獣人が、嬉しそうに笑った。


「こっちのも甘いぞ」


「本当? じゃあ――」


「アウレリア。買い食いはほどほどにしてください」


「まだ買ってないでしょ!」


そんなやり取りまで聞こえてくる。


あまりにも、いつも通りだった。


「特に、こちらを探知している魔法などもありません」


イシュリアンが改めて確認する。


「……そうですか」


レオニスは短く答えた。


何もない。


警戒していた自分が、むしろ浮いているようにさえ感じる。


その時だった。


――ドン!


「わっ!」


小さな身体がグラーディスにぶつかった。


両手に荷物を抱えた子供が、勢いのまま尻餅をつきそうになる。


「ご、ごめんなさい!?」


「いや、大丈夫だ。怪我はないか?」


グラーディスが、すぐに身体を支える。


子供は何度か瞬きをすると、慌てて荷物を抱え直した。


「はい。怪我なんてないです」


「急いでいたのですか?」


イシュリアンが尋ねる。


「うん!」


子供は元気よく頷いた。


「冥王様にお届け物があったので、急いでたから」


「…………」


一瞬。


空気が止まった。


「冥王だって!?」


グラーディスが声を上げる。


平穏な街。


普通の暮らし。


その中心にいるように語られた、ひとつの名。


冥王。


勇者一行は、思いもよらない形で――その存在と接触する機会を得た。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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