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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
200/235

動き始めていた

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……なので、ロウガは他の有象無象の輩と比較できません」


レイラは、そこで一度言葉を切った。


まるで――ここが一番大事なところだ、と言わんばかりに。


なぜか、目元を覆うバイザー越しでも、その表情が分かるような気がした。


「私の身体は、毛筋一本、爪の先までロウガに捧げるもの」


「私のすべては、ロウガのために使う」


「私の愛は、ロウガだけに向ければよいのです」


レオニスは、先ほどまでとは別の意味で背筋が寒くなった。


(……苛烈、と表現していいんだろうか……)


何より恐ろしいのは。


レイラ本人が、それを何の迷いもなく語っていることだった。


(……牙王ロウガ。本当に尊敬します)


事情を完全には理解していないフィデリアを除き。


勇者一行の全員が、ほぼ同じことを考えていた。


レイラは、ロウガの命を脅かす者に対しては、一切の容赦をしないだろう。


愛ゆえの冷酷さ。


それを発揮することは、容易に想像できた。


だが。


ロウガという存在がいる限り、レイラという魔王が大きく道を踏み外すこともないのだろう。


それほどまでに。


レイラは「愛」という情動によって、自分自身を律している。


「……レオニス」


「な、何でしょう、イシュリアン様?」


唐突に名前を呼ばれた。


振り向くと、イシュリアンがじっとこちらを見つめている。


「危険です」


「……はい?」


「レオニスには、こういうことがないように、後で強力な護符を作ります」


「は、はい。ありがとうございます」


レオニス自身、今回の経験で痛感していた。


魔法に対する備えが、自分には足りない。


あれほど容易く精神へ干渉される可能性があるのなら、何らかの対策は必要だった。


「えっと……何か?」


「……」


それでも。


イシュリアンは、なおもレオニスを見つめている。


その視線に、レオニスは戸惑った。


「それと、レオニスには魔法抵抗の訓練もしてもらいます」


「え? 何で?」


「今後、幻惑などの罠にかからないような基礎訓練は必要です!」


いつも以上に力のこもった声だった。


その表情も、どこか不満そうだ。


まるで――それでは困る、とでも言いたげだった。


やがて、イシュリアンはふいに視線を外した。


そして。


指先で、レオニスの袖をそっとつまむ。


「……特に、魅了などという類のものは……駄目です」


「は、はい」


何故そこまで念を押されるのか。


レオニスには、よく分からなかった。


ただ。


その言葉に反論する理由もなく。


レオニスは、素直に頷くしかなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



荒野。


人の気配は、どこにもない。


街道からも遠く離れた、獣すら滅多に足を踏み入れない場所だった。


そこに残されていたのは、激しい戦いの跡。


大地には無数の傷が刻まれ、その中心には二つの氷像が立っている。


牙王ロウガの《凍結牙》によって、氷漬けにされた死王ノクスと、死王レヴェナントだった。


それは、ただの氷ではない。


二人の身体を完全に封じ込め、身動き一つ許さない。


そんな荒野へ。


一人の人物が、静かに姿を現した。


全身を黒いローブで包み、長いマントを引きずっている。


顔も、姿も、よく見えない。


ただ、その人物が歩みを止めた瞬間。


足元から、黒い影が広がった。


地面を這うように伸びた影は、氷像となったノクスとレヴェナントを飲み込んでいく。


そして――。


影の中から、二つの影がせり上がった。


氷は消えている。


ノクスとレヴェナントは、黒ローブの人物の前に立っていた。


だが、その姿勢は戦闘時とはまるで違う。


二人とも、主人の前に控える従者のように身を低くしている。


「……冥王様から離れられない私に、足を運ばせるとは」


黒ローブの人物の声は、淡々としていた。


「失態だな」


レヴェナントは何も答えない。


そもそも、彼には言葉がない。


ただ、ノクスだけが仮面の奥で僅かに身体を動かした。


「ああ、困っていたんだ……助か――」


その瞬間。


――ズンッ!


黒い影から、何かが伸びた。


鋭い鏃だった。


一瞬だった。


ノクスとレヴェナントの身体が、同時に貫かれる。


「ギヤァァァァァッ!!!」


ノクスの絶叫が、誰もいない荒野に響き渡った。


声の出せないレヴェナントは、ただ痛みから逃れたいように暴れ続ける。


これまで痛みなど感じなかった。


だからこそ、その苦痛は二人にとって未知だった。


黒ローブの人物は、何も変わらない。


表情も。


声も。


そこに込められた感情も。


「……罰として、痛みを与える」


淡々と告げる。


「しばしの間、存分に苦しめ」


やがて、鏃が消えた。


二人の身体が地面へと崩れ落ちる。


黒ローブの人物は、それを見下ろしていた。


「……すべては、冥王様のために」


ノクスは苦痛に震えながらも、顔を上げる。


レヴェナントもまた、ゆっくりと身体を起こした。


「……お前たちの役目は、それ以上、それ以下でもない」


声に温度はない。


「いや」


一拍。


「それだけが、許されている」


「……はい。そのとおりです」


ノクスが答えた。


レヴェナントも、静かに頭を垂れる。


二人は再び、主人に仕える者としての姿勢を取った。


そして。


黒ローブの人物もまた、同じように頭を垂れる。


「……すべては、冥王様のために」


「……すべては、冥王様のために」


「……………………………………」


声が、荒野に重なった。


勇者一行だけではない。


覇王だけでもない。


それぞれが、それぞれの理由で動き始めている。


そして――。


冥王もまた、動き始めていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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