麗王レイラと牙王ロウガ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
麗王レイラは、ベイガーたちへ極上の笑みを向けていた。
「……ありがとう、ベイガー」
「は、はい。お褒めいただき、光栄です、麗王レイラ様」
先ほどまで冥王の名を借りて力を得ようとしていた男とは思えない。
ベイガーは、もはやレイラの靴さえ舐めかねないほどに平伏していた。
そこには、絶対的な主従関係が成立している。
「ところで、ベイガー……私は冥王のことも知りたいわ。とても興味があるの」
その言葉に、ベイガーが顔を上げる。
だが、レイラが自分を見てくれないことが不服なのか、その表情には僅かな寂しさが浮かんでいた。
「……私に会いたいのでしょう?」
「……はい」
「私の知りたいことを知っている人。私は、そういう人にとても関心があるわ」
その瞬間。
ベイガーの顔が、ぱっと明るくなった。
「分かりました。このベイガー、あなたのために動きます!」
それだけを告げると、ベイガーたちはレイラの前から去っていった。
その背中を見送りながら、レオニスは息を呑む。
(……恐ろしい。とんでもない能力だ)
自分自身も、一時とはいえその影響を受けた。
だからこそ分かる。
これは、単純な精神操作などではない。
「三下のくせに、ロウガを侮辱するなど……殺すことすら生ぬるい」
レイラが、ぽつりと呟く。
「でも、この方がロウガの役に立つ。ロウガのためになる……」
その独り言に。
その場にいた勇者一行は、揃って戦慄した。
「……ちょっと、あれ何? 精神支配みたいなもの?」
アウレリアが、あまりにも素直にレイラへ尋ねる。
(……いくら何でも、怖いもの知らずすぎるだろ)
レオニスは、アウレリアの行動力にも別の意味で戦慄した。
今の状況なら、レオニスはレイラから逃げたいと思う。
決して、近づきたいとは思わない。
だというのに。
「……愛」
レイラは静かに答えた。
「……私が支配するのは、愛の情動」
その声には、妙な重みがあった。
「私の愛に落ちた存在は……なかなか逃げられないものよ」
妖艶な笑みが浮かぶ。
(……そんな能力、反則すぎるだろ)
レオニスは、ようやく理解した。
麗王レイラという魔王の恐ろしさを。
それは、単純な腕力ではない。
戦闘能力だけでもない。
その存在そのものが、人の感情を変えてしまう。
敵意や警戒が、愛情・好意・関心へとすり替わってしまう。
しかも本人は、その変化そのものを異常だと認識できない。
計り知れない可能性。
「……そんな能力があるなら、ロウガも簡単に落とせるんじゃないの?」
そんな中。
アウレリアが、素朴な疑問を口にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
麗王レイラが生まれた時。
その力に気づいた一族は、歓喜した。
魔王国を再び統一する。
それさえ可能にするほどの、途方もない可能性を秘めた力だった。
レイラ自身も、その力を疑わなかった。
思うがままに振る舞った。
何をしても許される。
何を望んでも手に入る。
なにせ、自分にはその力があるのだから。
しかも、それだけではない。
レイラには誰もが認める美貌があり、戦士としての才能もあった。
いつしか人々は、彼女をこう呼ぶようになった。
――麗王。
だが。
そんな振る舞いを続ければ、人が離れていくのは当然だった。
誰も、レイラに近づこうとはしない。
逆らうこともできない。
だからこそ、誰も本当の意味で彼女の隣にはいなかった。
この世の春を謳歌していたレイラは、いつしか完全な孤独へと落ちていた。
そして、その孤独に耐えられなくなった彼女は、半ば自棄になっていた。
そんなレイラの前に、一人の男が現れた。
「あんたが、レイラか?」
後に知ることになる。
男の名は、ロウガ。
レイラの存在を危険視した一族から、討伐を依頼された男だった。
当然、レイラは最初からロウガを支配するつもりだった。
今まで、誰も抗えなかった。
この男も同じだ。
そう思っていた。
――なのに。
できなかった。
人など簡単に操れた。
それなのに。
ロウガだけは、レイラの思い通りにならなかった。
(……何故?)
レイラには、それが理解できなかった。
そんな彼女を見て、ロウガは不思議そうに首を傾げる。
「……お前、もうちょっと自分の身なりに気を使ったほうがいいぞ」
「……え?」
「そんなに汚れてたら、誰も見てくれん」
その言葉で、レイラは初めて気づいた。
孤独に沈んだまま、自分がどんな姿になっているのか。
髪は乱れ、衣服は汚れている。
かつて麗王と呼ばれた美貌さえ、自分自身で投げ捨てていた。
ロウガは何気なく、自分の持っていた布を濡らした。
そして、レイラの顔を拭う。
「……ほら」
汚れが落ちる。
「磨けば綺麗になりそうなのに、もったいないな」
何気ない言葉だった。
だからこそ。
そんな言葉を掛けられると思っていなかったレイラは、唇を震わせた。
次の瞬間。
ぽろり、と。
大粒の涙が頬を伝った。
「……っ」
レイラは、ロウガに縋るように泣いた。
これまで誰にも見せなかった弱さを。
誰にも渡さなかった心を。
ロウガの前では、隠すことができなかった。
「……大丈夫だ」
ロウガは、そんな彼女を責めなかった。
「まだ、やり直せる」
その言葉に、レイラは何度も頷いた。
「お前は、帰ってこられる」
(……私は)
涙で濡れた顔を上げる。
レイラは、ロウガを見つめた。
(……この人に、一生ついていく)
その時。
愛と情動を支配する麗王レイラは。
初めて、自分自身が誰かに心を奪われた。
――牙王ロウガに、落ちた瞬間だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




