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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の動乱編
198/235

麗王の力

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



巡礼の地を目指し、アウレリアたちは森の中を進んでいた。


木々の隙間から差し込む陽光が、細長い影を地面へ落としている。


その道の半ばだった。


先頭を歩いていたレイラが、唐突に足を止めた。


「……」


その瞬間だった。


アウレリア、グラーディス、イシュリアンの三人が、一斉に身構える。


手が、それぞれの武器へ伸びた。


周囲を見渡す。


何かいる。


だが、姿は見えない。


気配だけが、森の奥に潜んでいた。


(……敵か?)


レオニスも緊張を覚えた。


しかし、彼は戦うためではなく、いつものようにフィデリアの側へ移動する。


そして森の奥へ向けて、静かに声を投げた。


「気配を消すつもりもないのなら、素直に出てくればよいのでは?」


返事はない。


「我々は、そちらが何もしないのなら抗戦の意思はありません」


その言葉に続くように、レイラが口を開いた。


「――警告します」


静かな声だった。


それでも、森全体に響く。


「私はロウガに依頼され、この者たちを案内しています。あなた方に敵対する意思はありません」


レイラだけは、まだ武器へ手を伸ばしていない。


黒いバイザーの向こうから、森の奥を見据えている。


「知らずに魔王国の有力者を傷つけられても、ロウガにとっては迷惑でしょう。ですから、ここは互いに争わずに済ませることを提案します」


アウレリアが警告するよりも、レイラの言葉の方が効果的だった。


彼女は人狼族の長。


そして、この魔王国の内情にも詳しい。


だからこそ、相手も無用な衝突を避ける可能性がある。


――そのはずだった。


やがて、森の奥から獣人たちが姿を現した。


その先頭に立っていたのは、巨大な虎頭の獣人だった。


手には一本の槍。


「……麗王レイラとお見受けする」


「そうですが」


「私は斑王ベイガーと申します」


「……存じ上げない名前ですね。こちらの無知を謝罪します」


「ははっ。新進気鋭の売り出し中、といったところですよ」


ベイガーは喉の奥で笑った。


「これからですよ。私の名を知るのは」


そして、槍の石突きを地面へ置く。


「ここは冥王様の支配領域。それは、当然ご存じでしょう?」


「勿論、存じています」


レイラは淡々と答えた。


「私は彼らの依頼を受け、とある町まで案内している最中です。冥王と敵対するつもりはありません」


「おや?」


ベイガーが目を細める。


「人狼族の本来の長である牙王ロウガは、覇王の元で冥王様と戦っていると聞いていますが?」


「……」


レイラは答えなかった。


それを見て、ベイガーは口元を歪める。


「……ふむ。困ったな」


そして、何でもないことのように続けた。


「古い連中は、牙王ロウガには手を出すなと言っておりましたが――所詮は伝統だけの話ですな」


その言葉に、レイラの周囲だけが静かになった。


「血統を誇る古い魔王。だが、覇王に下った。それが何よりの証拠でしょう」


「……何ですって」


声を上げたのはレイラだった。


レオニスは、その瞬間に気づいた。


先ほどまで自分たちが向けていた警戒が、いつの間にか変わっている。


アウレリアも。


グラーディスも。


イシュリアンも。


視線の先にいるのは、ベイガーではない。


――レイラだった。


「……もう一度、言ってごらんなさいな」


レイラが微笑む。


だが、その声には温度がなかった。


ベイガーは、その変化に気づかない。


「勿論ですとも」


虎頭の獣人は笑った。


「牙王と名乗っているが、牙など存在しない。伝統だけの、古い名前だけの魔王だ」


その瞬間。


森の空気が、変わった。


ベイガーはまだ知らない。


自分が今――何者の逆鱗に触れたのかを。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……そうです」


レイラは、口元に妖艶な笑みを浮かべた。


そして、顔だけをアウレリアたちへ向ける。


「……アウレリア。これは魔王国の問題です。私がすべて解決するので、手出し無用です」


「……そ、そうね」


アウレリアが、珍しく引きつった表情を見せた。


そして素直に一歩、下がる。


(いや、絶対に魔王国の問題じゃなく、個人の感情全振りだ)


レオニスは、そう思った。


だが、それ以上に気になるものがあった。


レイラから感じる、妙な気配。


殺気とは違う。


威圧感とも違う。


ただ、そこにいるだけで意識を引き寄せられるような――。


「さて、ベイガー」


レイラが再び、虎頭の獣人へ向き直った。


「貴方に興味を持ちました。もう少し会話をしましょうか?」


「……それは光栄ですな」


「では、ベイガー。お前から見て、冥王はどのような人物ですか?」


「……冥王?」


ベイガーは、少しだけ首を傾げた。


「特に存じませんよ。会ったこともありません」


「冥王に会ったこともないのに、冥王の配下を名乗るのですか?」


「ええ」


ベイガーは悪びれもせず答えた。


「冥王配下の死王ノクスと名乗る道化が言ったのですよ。今の魔王国に不満があるのであれば、変えればいい。最初は冥王の名を使っても、いずれ力をつけて取って代わればいい――と」


そして、胸を張る。


「それこそが、魔王国の道理でしょう」


「なるほど」


レイラは小さく頷いた。


「ベイガー。お前は野心のある、才能ある男だということですね」


「お褒めいただき、光栄ですよ」


ベイガーは笑った。


「〝麗王レイラ様〟。そのように自負しておりますのでね」


「そうですか」


レイラも微笑む。


その会話を聞きながら、レオニスは眉を寄せた。


(……麗王レイラ様?)


なぜだろう。


その呼び方が、妙に引っかかった。


何かがおかしい。


ベイガーは、先ほどまでレイラを侮っていた。


それなのに今は、まるで――。


(どうして……)


考える。


考えようとする。


だが。


考えれば考えるほど、違和感が薄れていく。


何が気になっていたのかさえ、曖昧になっていく。


(こっちを見てくれないんだろう……)


そんな考えが浮かんだ。


(視線が欲しいのに……)


――あれ?


なんだ、これ。


レオニスの思考が、ゆっくりと別の方向へ流れていく。


「……ぎゃっ!?」


突然、腕に走った痛みに、レオニスは小さな悲鳴を上げた。


意識が、一気に現実へ引き戻される。


「……い、痛っ……」


見れば、イシュリアンが頬を膨らませていた。


細い指が、レオニスの腕をしっかりと抓っている。


「レオニス。抵抗魔法をかけます」


「……あの、いったい何が?」


「……麗王レイラ」


イシュリアンは、レイラを睨むように見つめていた。


「あの方も忘れそうですが、魔王だと言うことです」


「……!」


レオニスの目が見開かれる。


そうだ。


目の前にいるのは、ただのレイラではない。


魔王。


魔王国を支配する存在の一角だ。


その事実を、なぜか忘れかけていた。


レオニスは、ベイガーたちへ視線を戻す。


彼らは、もう戦おうとしていなかった。


むしろ――。


レイラに、もっと話を聞いてほしそうにしている。


その姿は、酒に酔い、誰かに話を聞いてもらいたがっている者たちにも見えた。


だが、本人たちは気づいていない。


自分たちが、いつからこうなったのかすら。


これこそが。


麗王レイラという魔王の、片鱗だった。


そしてベイガーたちは、その異常さに気づくことすらできていなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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