勇者一行の変化する日常
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……こんな感じでしょうか?」
「……そうですね。かなり正確に捉えています」
レオニスは地図を広げ、その上に幾つかの印を書き込んでいく。
レイラから聞いた情報を整理し、次の目的地までの経路と周辺の勢力を書き加えていた。
「なかなか、よく要点がまとめられています」
「……あ、ありがとうございます」
レイラが地図を覗き込む。
その距離が、妙に近い。
長い赤紫色の髪が肩から流れ、レオニスの鼻先へ微かな香りが届くほどだった。
「……はい。レオニスは、とても頑張っています」
「ありがとうございます……?」
そこへ――。
なぜか反対側から、イシュリアンが身を乗り出してきた。
「私も確認しておきましょう」
「……あの、イシュリアン様?」
「はい。何でしょう?」
「ちょっと、近すぎて……その……」
レオニスの頬が、わずかに引きつる。
レイラも十分に近い。
だが、イシュリアンはそれ以上だった。
肩が触れそうなほどの距離。
その体温まで伝わってくる。
「……問題がありますか?」
「いえ。問題というほどでは……」
「そうですか」
イシュリアンは何事もなかったように地図を見つめている。
その様子を、レイラは横から眺めていた。
口元には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。
完全に面白がっている。
「……」
そんな三人を、アウレリアは少し離れた場所から眺めていた。
普段ならば、もっと気軽に声をかけていただろう。
けれど――。
「……今更ながらに気が付いたけど」
アウレリアは、ぽつりと呟いた。
「この一行、女子率が多いわね」
「本当に今更だね、アウレリア」
隣に立っていたグラーディスが、面白そうに笑った。
アウレリアは少しだけ頬を膨らませる。
「……あれ、何なんだろうね?」
「あれは、レイラ女史がリアンを煽って楽しんでいるだけだろう」
「ふーん」
アウレリアは再び三人へ目を向ける。
レオニスは困ったように笑いながら、それでも真面目に地図の説明を続けていた。
「気になるのかね?」
「うーん……別にかな」
そう答えたものの。
アウレリアの表情は、いつもの明るさとは少し違っていた。
どこか、晴れない。
グラーディスはそれを見逃さなかった。
「アウレリアは、レオニスをどう考えているんだい?」
「ん?どういうこと?」
「気になるじゃないか」
グラーディスは穏やかに続ける。
「こうして一緒に旅をしているんだ。自分が相手から、どう思われているのか」
「……」
アウレリアは黙った。
そんなことを考えたことはなかったという表情をしていた。
「それに――」
グラーディスは、今度は自分自身を指した。
「アウレリアが私のことを、どう考えているのかも気になるところだ」
「あたしが、グラディのことを?」
「ああ」
グラーディスは笑った。
アウレリアは首を傾げる。
「……どうって言われても」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうね。グラディのことは好きよ」
アウレリアは、当たり前のことを答えるような口調だった。
「……っ」
むしろ、グラーディスの方が面食らった。
思わず自分の本心を口にしてしまいそうになる。
だが、その前にアウレリアが続けた。
「リアンも、レオニスも、フィデリアも、もちろんゼルも。皆好きよ」
「……そうか」
グラーディスは、何とか平静を保った。
アウレリアは、そんな彼の様子には気づかず、ふっと遠くを見る。
「あたしは、旅人だから」
その言葉には、どこか懐かしむような響きがあった。
「旅先で出会った人たちとワイワイするのも楽しいし、まだ見たことのない景色を見るとワクワクする」
アウレリアは、これまで歩いてきた道を思い返す。
「そこで羽を休めて、また違う場所へ向かって旅立つ」
それが、アウレリアにとって一番楽しいことだった。
知らない土地。
知らない人。
知らない景色。
そして、そこからまた新しい場所へ。
旅を続けることそのものが、アウレリアにとっての喜びだった。
「……そう思ってた」
アウレリアは空を見上げる。
「けど、今の皆と一緒にする旅は、また別のものをあたしにくれている」
「別のもの?」
「うん」
アウレリアは少し考えてから、言葉を選ぶ。
「今まで一番だと思っていたものとは、別の一番なんだと思う」
その答えに、グラーディスは黙って耳を傾けた。
「だから、一緒に行動しているグラディたちは、皆好きよ」
そして――。
「たぶん、この旅が終わったとしてもね」
アウレリアは、にっと笑った。
いつもの、屈託のない笑顔だった。
(惜しいことだ)
グラーディスは胸の内で苦笑する。
(だが……今は、この笑顔が自分に向いている。それだけでも満足するか)
彼の本音は、そんな単純なものではない。
それでも、これは良い機会だった。
「ところで――」
グラーディスは、もう一歩だけ踏み込む。
「アウレリアにとって、一番気になる人物は誰だ?」
「そうねぇ……」
アウレリアは少しだけ考えた。
「ヴァルド師かな?」
「な!?」
あまりにも迷いのない答えだった。
グラーディスは、質問の内容を間違えたのではないかと思った。
「強いだけじゃなくて、いろんなことを教えてくれるし、弱い立場の人も守る。すごく頼りになる人だし」
アウレリアは笑う。
「一番尊敬しているかもしれない」
「そ、そうか……」
グラーディスは言葉に詰まった。
だが、その言葉が嘘ではないことだけは分かる。
(……こいつは、想像していたより遥かに道のりが険しいな)
心の中で、深く溜息をついた。
少なくとも今のアウレリアの中で、評価の天秤に乗っているのはヴァルドだ。
王族としての身分でもない。
金品でもない。
豪華な肩書でもない。
分かっていたことではある。
アウレリアが人を見るときに重視するのは――。
(人間としての器、か)
グラーディスは静かに笑った。
(……そして、目指すものとしては、やりがいがあるな)
その視線の先には、地図を囲むレオニスの姿があった。
(君も、そう思うだろう? レオニス)
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