過去と現在が繋がる時
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……はっ!?」
レオニスは目を覚ました。
最初に感じたのは、地面の感触だった。
「……地面……」
ゆっくりと手を伸ばす。
指先に土の感触が伝わってくる。
風が頬を撫でた。
空気の冷たさも分かる。
レオンハルトの記憶を見ている間は、ただ見ることしかできなかった。
そこには触れられなかった。
なのに今は違う。
「……帰ってきたのか……」
呟いた声が、自分の耳に返ってくる。
レオニスは、途方もなく長い夢を見ていたような気分だった。
けれど――。
(……いや。夢じゃない)
激しく首を振る。
(あれは……レオンハルトの記憶は、現実にあったことだ)
その瞬間、レオニスは慌てて周囲を見渡した。
聞かなければならない。
確かめなければならないことが、いくつもある。
「……ヴァルド様?」
しかし。
そこにヴァルドの姿はなかった。
「……いない……?」
周囲を見渡しても、立っているのはフィデリアだけ。
アウレリアも。
イシュリアンも。
グラーディスの勇者一行も。
皆、地面に横たわったまま、まだ目を覚ましていない。
(……ヴァルドは、“命が対価”だと言っていたのに……なぜ?)
疑問が消えない。
その時だった。
「……レオニス……?」
フィデリアが、レオニスの目覚めに気づいた。
こてん、と。
小さく首を傾げる。
「……あの、フィデリア様。ヴァルド様は?」
「……去りました」
あまりにも簡潔な答えだった。
(……去った!?)
レオニスは心の中で叫ぶ。
(いなくなったってことか!?)
現れる時も、去る時も前触れがない。
それは今に始まったことではない。
だが――。
(丸投げは……酷すぎる)
そう思いながらも、レオニスの意識は目の前の少女へ向いていた。
フィデリア。
その姿が、どうしても重なる。
レオンハルトの記憶で見た、あの少女と。
聖剣を消し去った少女。
そして――勇者だったセシルさえも消した少女。
(……もし)
喉が鳴る。
(もし、フィデリア様が……あの少女と同じ存在だったら?)
アウレリアは、どうなる。
彼女もまた、消されてしまうのか。
そんな想像が頭から離れない。
「……あの、フィデリア様。貴方は……」
「……?」
フィデリアが、静かにレオニスを見る。
その先を、レオニスは言えなかった。
(……否定ならいい)
(だけど……もし肯定されたら)
その時、自分はどうする。
問いかけることさえ怖かった。
けれど。
目の前のフィデリアからは、あの少女が持っていたような冷たい気配が感じられない。
彼女の視線は、今も倒れているアウレリアたちへ向けられていた。
心配そうに。
ただ、仲間を案じるように。
「……いえ。すいません、何でもありません」
「そうですか」
フィデリアは、それ以上追及しなかった。
そして。
いつもと変わらない、儚げな微笑みをレオニスへ向けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、ほどなくして。
アウレリア、グラーディス、イシュリアンも目を覚ました。
最初に声を上げたのは、アウレリアだった。
彼女は身体を起こすと、周囲を見渡す。
そして、不思議そうに眉を寄せた。
「樹王は、どうなったの?」
それが最初の疑問だった。
自分たちがどうして助かったのか。
その答えを知らない顔だった。
「ヴァルドが助けてくれたようです」
「!?」
フィデリアの答えに、レオニスは目を見開いた。
(……違う)
違う。
樹王を退けたのは、フィデリアだ。
あの圧倒的な力を振るっていたのは、間違いなく彼女だった。
その直後にヴァルドが現れ、戦いを止めた。
それが、レオニスの見た事実だった。
(覚えていないのか……?)
それとも。
(……故意に、誤魔化したのか?)
だが、その疑問を口にする前に。
「そっか。ヴァルド師に助けられたのか」
アウレリアが納得したように呟いた。
グラーディスも、イシュリアンも同じだった。
誰もフィデリアの言葉を疑わない。
無理もなかった。
ヴァルドなら、それができても不思議ではない。
帝國最強。
アウレリアの師。
彼の力を知る者ほど、疑問を抱かなかった。
たとえレオニスが真実を語ったところで、状況は変わらない。
戦う力を持たないはずのフィデリアが、樹王を圧倒した。
そんな話をしても。
当の本人が、その事実を認識していない。
証明する手段がなかった。
レオニスは、アウレリアへ近づいた。
「あの、アウレリア。聞いていいかな?」
「?何?」
「アウレリアは、レオンハルトって人を知ってる?」
「レオンハルト?」
アウレリアは腕を組み、首を傾げた。
「人の名前よね」
「うん」
「うーん……記憶力はいい方だけど、知らないわね。誰のこと?」
「いや。知らなければいいんだ」
「そう?」
アウレリアは、それ以上気にしなかった。
いつもと変わらない。
嘘をついているようにも見えない。
何かを隠している素振りもない。
(……レオンハルトの記憶で見たアウレリアは、やはり別人なのか?)
そう考えるしかなかった。
あまりにも自然だった。
だからこそ。
今まで見てきたものすべてが、長い夢だったのではないか。
そんな錯覚さえ覚える。
(……あっ!)
その瞬間。
レオニスの脳裏に、一人の少女の姿が浮かんだ。
もう一人。
確認しなければならない人物がいる。
「イシュリアン様。お聞きしてよいですか?」
「?何でしょうか?」
聖導師イシュリアンが振り返る。
「イシュリアン様は、テレサという名前の人に心当たりはありませんか?」
「テレサ?」
イシュリアンは、珍しく答えに詰まった。
(……これも、駄目なのか……)
レオニスがそう思いかけた、その時だった。
「かつて法国にいらっしゃったという、聖教皇テレサ様ですか?」
レオニスの息が止まる。
それは。
過去と現在が、初めて明確に繋がった瞬間だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオニスは、言葉を失っていた。
(……いる)
いや。
(……いたのか。テレサが……)
過去と現在が、確かに繋がった。
レオンハルトの記憶で見た少女。
その名は、現代の歴史にも残っている。
そして彼女は、勇者の儀を王国へ伝えた人物だった。
「聖教皇テレサ様というのは、その勇者の儀に関わっている方ですか?」
「はい」
イシュリアンは記憶を辿るように答えた。
「文献には、勇者の儀を王国にもたらした方だとありますね」
「……!」
レオニスの胸が大きく鳴った。
「邪悪な存在が現れれば、王国は勇者に聖剣を与えよ――そのような後世を残しています」
(……やはり、テレサだ)
確信した。
あの時。
レオンハルトの記憶の中で、テレサは言っていた。
――何度蘇っても、私は勇者をその度に送り込む。
(……彼女に間違いない)
夢ではなかった。
レオンハルトの過去は、確かに存在した。
そう思った、その時だった。
「その方が、気になるのですか?」
「え?」
イシュリアンが、いつの間にかレオニスの近くに立っていた。
「その女性が、気になるのですか?」
「えっと……」
「どう気になるのですか?」
「あの……それは、どういう意味で?」
「急にテレサという人物が気になると言われたのです」
イシュリアンは淡々と告げる。
「気になるのは、当然でしょう?」
「いや、その……」
「怒りません。正直に言ってください」
(……なんか、圧がある?)
レオニスは困惑した。
どうして、ここまで問い詰められているのか。
自分はただ、歴史上の人物について確認しただけなのだ。
「えっと……」
「どのようなところが気になるのですか?」
「ですから、それは……」
イシュリアンが、さらに一歩近づく。
レオニスは一歩下がった。
その二人の間に。
「二人とも」
グラーディスが、いつの間にか立っていた。
「フィデリア様がお話があるらしいぞ」
「は、はい」
「……はい」
レオニスは、心の底から助かったと思った。
一方。
イシュリアンは、わずかに不満そうだった。
そんな二人を見比べて、グラーディスは小さく息を吐く。
「後で機嫌をとっておくんだな、レオニス?」
「え?」
「これは命令だ」
「あ、えっ!?」
何のことなのか。
まるで分からない。
困惑するレオニスを見て、グラーディスは口角を上げた。
どこか楽しそうな笑みだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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