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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
193/235

旅の記録(終)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……アウレリア……」


レオンハルトの前に、ひとりの少女が立っていた。


アウレリア。


かつて彼を救った少女だ。


だが、その隣にはもう一人いる。


レオンハルトの知らない男だった。


(……ヴァルド!?)


レオニスは、その男の名を知っていた。


帝國最強の男。


アウレリアが師と仰ぐ人物。


なぜ、その二人がここにいるのか。


レオニスには理解できなかった。


ただ、ヴァルドは静かにレオンハルトを見つめていた。


「……選定者ではない者が、選定の力を僅かながらに与えられたのか」


その言葉が、何を意味するのか。


レオニスには分からない。


ヴァルドは続けた。


「……貴公にとって望んだ結果とはいえ、これはきっかけにすぎない」


「……この呪いを吸い、浄化し、大地に再び清浄を戻す役目を、自分自身で誓約してしまったことになる」


大地に広がる黒い呪い。


それを黄金の聖剣から生まれた樹が、少しずつ吸い上げている。


「これから、いつ終わるとも知れない長い旅を始め、世界にそれだけのために存在し続ける」


「自らの意思では、もう降りることのできない果てを目指す苦行と表現してもよい」


ヴァルドの声に、感情はほとんどなかった。


だからこそ、その言葉は重かった。


「それは、人にとって耐えきれるものではない……」


そう言って、ヴァルドは剣を抜いた。


漆黒の聖剣。


「これは慈悲ではない」


静かに、ヴァルドは告げる。


「……最終選択だ」


黒い切っ先が、レオンハルトへ向けられた。


「もし、僅かでも後悔があるならば、私が貴公を消そう」


「脆弱な覚悟の者に、世界の方向を決めさせるわけにはいかんのでな」


レオンハルトは、黙ってその剣を見つめた。


「お前たちが誰で、何者かということを問うつもりはない」


そして――アウレリアを見る。


「アウレリア、すまぬ……」


「……」


「君に今までの“心”と“記憶”を渡す」


レオンハルトは、わずかに俯いた。


「もしシャルバートに会うことがあれば、伝えてくれ」


ほんの一瞬。


声が揺れた。


「――『ありがとう』と」


それが、最後だった。


「これで俺は人を捨てる」


レオンハルトは、静かに告げる。


「そして……俺は、果てしない旅を始めるよ」


レオニスは、その姿を見つめていた。


今までのように、場面が切り替わることはなかった。


ただ、レオンハルトだけが遠ざかっていく。


立っている場所は同じはずなのに。


まるで世界そのものが、彼を遠ざけているようだった。


やがて、その姿は小さくなっていく。


声も。


気配も。


そして――記憶さえも。


レオニスの前から、急速に消えていった。


原初の勇者。


レオンハルト。


その人間としての旅は、ここで終わった。


そして彼は、自ら選んだ新たな旅へと進んでいった。


いつ終わるとも知れない、永き旅へ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



静寂が戻っていた。


巨大な樹王の前に、ヴァルドが一人で立っている。


アウレリアたちは、まだ目を覚ましていない。


フィデリアも同じだった。


そして、レオニスも。


彼はいまだ、レオンハルトの記憶の中にいる。


その時だった。


――キィン。


唐突に、甲高い音が響いた。


何かが弾けたような。


あるいは、遠くで鐘を鳴らしたような音だった。


直後。


樹王の根元に広がる湖へ、波紋が走った。


ひとつ。


ふたつ。


やがて幾重もの波が、水面を揺らしていく。


そして――湖の底から、何かが浮かび上がった。


水面を割る。


濡れた装甲が、月明かりを受けて鈍く輝いた。


騎士だった。


全身を鎧で覆っている。


その姿をレオニスが見ていたなら、言葉を失っていただろう。


なぜなら。


それは、レオンハルトが冥王との最終決戦で身につけていたものと、同じ装束だったからだ。


騎士は何も語らない。


湖面を歩く。


一歩。


また一歩。


ヴァルドの前まで来ると、そのまま横を通り過ぎていく。


ヴァルドは止めなかった。


ただ、静かにその背中を見送っている。


そして騎士は――足を止めた。


視線の先にいたのは、フィデリアだった。


「彼女に手を出すことは許さん」


ヴァルドの声が響く。


「同時に、彼らに手を出すこともだ」


騎士は答えなかった。


ただ一度だけ、フィデリアへ視線を向ける。


それから、再び歩き出した。


水面を渡り。


禁奈備の外へ。


その姿は、闇の向こうへ消えていった。


ヴァルドは追わない。


引き止めることもしない。


――その直後だった。


「……ん……」


フィデリアが目を開けた。


まるで、今この瞬間を待っていたかのように。


「ヴァルド?」


身体を起こしたフィデリアは、ただ一人立っているヴァルドを見る。


ヴァルドは振り返った。


「……フィデリアよ」


淡々とした声だった。


「試しの時は近い」


「……?」


突然の言葉に、フィデリアは目を瞬かせる。


だが、ヴァルドは構わず続けた。


「“第二の巡礼の地”の位置を教える」


「そこに、選んだ者たちを導きたまえ」


「それが君の役割だ」


告げられた言葉には、迷いがなかった。


相談でもない。


提案でもない。


まるで、既に定められた事実を伝えているようだった。


フィデリアは黙ってヴァルドを見つめる。


やがて、彼女の前に次なる巡礼の地が示された。


そこに何が待っているのか。


フィデリアは、まだ知らない。


そして――。


次の巡礼が、何を試すものなのかも。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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