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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
190/235

旅の記録(22)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……裁定は、下されました……」


独り言のような、小さな声だった。


それなのに。


その場にいた全員の耳へ、囁きかけられたようにはっきりと届いた。


次の瞬間。


セシルの聖剣から、光が消えた。


「……な……!?」


セシルは理解できなかった。


慌てて聖剣を天へ掲げる。


「“聖剣”――召雷《しょうらい》!」


何も起こらない。


雷鳴もない。


光すら生まれない。


「馬鹿な……!」


目の前には、死に体となった冥王がいる。


まだ生きている。


まだ滅んではいない。


「こんな……こんな馬鹿なことがあるか!」


セシルの声が震えた。


「あと一歩で……僕は……!」


慟哭が戦場に木霊する。


その声を聞きながら、レオニスもまた言葉を失っていた。


何が起きたのか。


いや。


考えるべきは、その直前の言葉だ。


――裁定。


そして、あの少女。


「……選定者よ」


少女が静かに口を開く。


「貴方には、その資格がありませんでした」


「……なに?」


「資格に辿り着くことができない者に、選定の道具は不要です」


「……な、何を言っている?」


セシルの顔に困惑が浮かぶ。


少女は答えない。


ただ、小さな手を広げた。


すると――


セシルの手にあった聖剣が、まるで最初からそこに存在していなかったかのように宙へ浮かび上がった。


「……!?」


抵抗する間もない。


聖剣は少女の前へ引き寄せられる。


そして少女は、その刀身へ指先を触れた。


キン――。


甲高い音が響いた。


それだけだった。


次の瞬間。


聖剣が、消えた。


「……馬鹿な!?」


レオニスは目を見開く。


いや。


驚いているのは彼だけではなかった。


テレサも。


レオンハルトも。


その場にいる全員が、何が起きたのか理解できない。


「……セシル!?」


テレサが叫んだ。


その声に応じるように、セシルの身体が揺らぐ。


「……え?」


腕が。


身体が。


少しずつ薄れていく。


「な、何だ……?」


セシルは自分の手を見つめた。


「どうしたんだ、僕は……?」


そして、テレサへ手を伸ばす。


「……僕は間違っていない」


必死に言葉を繋ぐ。


「勇者として……魔王を倒して……」


「世界を平和に……」


指先が、届かない。


「……そして、未来を君と……」


テレサも手を伸ばした。


「セシル……!」


二人の指が触れようとする。


だが。


届かない。


その距離は、ほんの僅かだった。


それでも。


二人の手は、最後まで重ならなかった。


レオニスは、ただ見ていた。


何を見せられているのか。


理解することすらできなかった。


やがて――


勇者セシルの姿が、消えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……物我一体とは、こういうことか」


レオンハルトは、消えた聖剣を見つめて呟いた。


セシルという少年のことを、彼は知らない。


どんな過去があったのかも。


なぜ勇者になったのかも。


ただ一つだけ、理解できた。


聖剣を失えば、選定された者もまた消える。


剣と人。


それは、別々のものではなかった。


だが。


レオンハルトには、立ち止まっている余裕などなかった。


すぐ近くでは、テレサが崩れ落ちている。


愛する者を失った少女の慟哭。


それを耳にしても、レオンハルトは足を止めなかった。


「……だからと言って」


焼け焦げた身体を、ゆっくりと起こす。


「俺の進む道は、すでに決まっている!」


膝に力を込める。


立つ。


それだけの動作で、身体中に激痛が走った。


それでも、立ち上がった。


セシルが戦っていた時間。


その僅かな時間が、レオンハルトに回復する隙を与えていた。


十分ではない。


身体はまだ壊れかけている。


だが、それでも動ける。


そして何より――。


冥王もまた、傷ついていた。


セシルが与えた雷撃。


それすらも、冥王は徐々に克服しようとしている。


時間を与えれば、再び元へ戻る。


だからこそ。


「……あと一回……」


レオンハルトは、小さく呟いた。


これまでに聖剣を振るった回数は六度。


シャルバートが推測した限界が正しければ、残された機会は一度だけ。


最後の一撃。


それで仕留めなければならない。


レオンハルトは、ふと顔を上げた。


そして、シャルバートを見る。


彼女がここにいる。


ならば――。


もう一人も、近くにいるはずだった。


「……アウレリア!」


レオンハルトの声が戦場に響く。


「俺に、聖剣を!」


返事はなかった。


その代わり。


空を切り裂くように、一条の光が飛来した。


聖弓から放たれた光の矢。


それは冥王の身体に突き刺さったままの聖剣を正確に捉え――


大きく抉り取った。


聖剣が宙を舞う。


「……助力を感謝する」


レオンハルトは、それだけを告げた。


回転しながら落下してくる聖剣。


その軌道を見極める。


そして。


伸ばした手が、柄を掴んだ。


「……俺は、聖剣を持っても」


手の中に戻った力を確かめる。


「勇者には程遠い」


自嘲するような声だった。


「復讐の鬼だ」


それでも。


その目に迷いはない。


「……俺たちの決着の時だ、冥王」


レオンハルトは聖剣を握り直した。


そして。


大地へ突き立てる。


次の瞬間――。


――ズンッ!


世界そのものが沈んだような衝撃が走った。


大地が、沈んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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