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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
189/235

旅の記録(21)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「テレサ」


「シャルバート姉様」


二人の皇女が向かい合う。


だが、テレサの表情には後ろめたさがなかった。


むしろ、誇らしげですらある。


「御覧なさい、姉様」


テレサは、雷を纏うセシルへ目を向けた。


「これこそ、力の具現化です」


その声は穏やかだった。


「悪を滅ぼし、正義を示す。理のはじまりの姿です」


レオニスは、その言葉を素直に受け取ることができなかった。


確かに、間違ってはいない。


冥王は多くの人間を殺した。


セシルは故郷を奪われ、家族を失った。


その力で冥王を倒せるのなら、それは正しいことなのかもしれない。


しかし。


(……本当に、それだけなのか?)


レオニスは気づいていた。


その考え方を突き詰めれば、力を持つ者こそが正義を決めることになる。


強大な力で悪を滅ぼせるのなら。


その力を持つ者が、自らを正義だと定めたなら。


果たして、誰がそれを止められるのか。


そんな疑念が胸に浮かんだ。


「……セシルは、冥王に故郷を滅ぼされたそうです」


テレサは静かに語り始めた。


「そして、冥王を滅ぼすために力が欲しいと願いました」


その表情は、どこまでも穏やかだった。


「私は、彼の純粋な願いに心を打たれました」


青い瞳が、セシルを見る。


「力を貸してあげたいと、心の底から思ったのです」


そして、微笑む。


「彼を。そして、この世界を救いたいと考えました」


テレサは迷いなく言った。


「だから、共に行動したのです」


その言葉の最後に。


テレサはシャルバートを見た。


「貴方と同じですよ、シャルバート姉様」


柔らかな微笑み。


対して。


シャルバートの表情から、温かさが消えた。


「……本当に、それだけかしら?」


「……?」


「……言い方を変えるわ」


シャルバートは、テレサをまっすぐ見据える。


「それが、本心なのかしら?」


テレサの笑みが、僅かに揺れた。


「ええ。本心ですわ」


それでも、少女は答えた。


「私は心の底から、この『理不尽な世界』から、すべてを救いたいのです!」


その言葉を聞いたシャルバートは、深く息を吐いた。


「……やっぱり、それがテレサの本心なのね」


その一言に。


テレサは、僅かに後ろへ下がった。


「……何が違うというのですか!」


初めて、声に感情が混じった。


「……貴方も、レオンハルトに自ら力を与えた。それと同じでしょう!」


テレサの指が、僅かに震える。


「どこが、どう違うの!」


シャルバートは、静かに首を横に振った。


「違わないわ」


「なら――」


「テレサの言う通り。私も同じよ」


シャルバートは、否定しなかった。


「ただ……」


そこで彼女は、レオンハルトへ視線を向けた。


「私は、世界を救いたいのではない」


静かな声だった。


「レオンハルトを救いたいだけよ」


レオンハルトは、黙って二人を見ていた。


シャルバートは続ける。


「そこに、理由なんて何もないわ」


その言葉には、迷いがなかった。


「本当に救いたいなら」


シャルバートは、テレサを見つめた。


「理由なんて、つける必要はないはずよ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「そして何より――」


シャルバートの声は、静かだった。


「貴方は救いたいのではなく、救われたいのでしょう」


「……」


「理不尽と思っている世界から、貴方が本当に救ってほしいのは……貴方自身」


その言葉に、テレサの唇が強く噛み締められた。


「……解ったようなことを!」


初めて、声に感情が滲む。


「“正統《ウル》”を名乗る姉さんに、解ってたまるものですか!」


テレサの青い瞳が揺れた。


「“傍流《ルリ》”の気持ちが、わかるものですか!」


「……」


「力はあるのに!」


声が震える。


「血統とか、伝統とか……そんなものに押し込められた、私たちの気持ちはわからない!」


抑えていたものが、次々と零れていく。


「正統ではないから、王国という支配者の立場を与えられる!」


「そして帝國に、裏から操られる!」


テレサは拳を握った。


「だから私は、この世界そのものを変えたい!」


その言葉には、怒りだけではない。


確かな願いがあった。


「同じように抗えない運命に苦しんでいる人たちへ、逆らう力を与えてあげたい!」


シャルバートは、そんな妹を見つめていた。


そして、小さく笑う。


「……貴方は優しいのですね」


「え……?」


「困っている人々に、手を差し伸べずにはいられない」


「……」


「でも……だからこそ」


シャルバートの視線が、セシルへ向けられる。


「聖録に記録されている力を、貴方が持つべきではありません」


その声には、明確な警告があった。


そして彼女は、セシルの背後に浮かぶ少女を見る。


「あれは、貴方が思い描くような救世の力ではありません」


シャルバートの表情から、微かな笑みが消えた。


「そんな都合の良いものでは――」


そこで言葉が途切れた。


「……っ」


激しい咳。


シャルバートの身体が大きく揺れる。


「シャルバート姉様!」


テレサが駆け寄ろうとする。


だが、その前で。


シャルバートは口元を押さえた。


指の隙間から、赤いものが零れる。


「……これは……」


そのまま、片膝をついた。


「私は……レオンハルトの聖剣を作る時、あれの一端に触れました」


苦しげに息を吐く。


「結果が……この様です」


「!?」


テレサの顔から血の気が引いた。


「貴方は……セシルを愛しているのでしょう?」


シャルバートは、それでも妹を責めなかった。


「だったら……早く止めさせなさい」


静かな声だった。


「手遅れになる前に」


その言葉が落ちた直後だった。


セシルの背後。


ずっと閉じられていた少女の瞼が――


ピクリ、と動いた。


「“聖剣”――」


セシルは気づかない。


「召雷《しょうらい》!」


轟音。


雷光が大地を貫き、冥王へ叩き込まれる。


セシルは止まらない。


何度でも聖剣を振るう。


目の前の敵を倒す。


それだけを信じて。


だから、彼は気づかなかった。


背後にいる少女の眼が――


ゆっくりと開いたことに。


そして。


その瞳が、まるで裁定する者のように。


戦場のすべてを、静かに見下ろしていたことに。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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