旅の記録(21)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「テレサ」
「シャルバート姉様」
二人の皇女が向かい合う。
だが、テレサの表情には後ろめたさがなかった。
むしろ、誇らしげですらある。
「御覧なさい、姉様」
テレサは、雷を纏うセシルへ目を向けた。
「これこそ、力の具現化です」
その声は穏やかだった。
「悪を滅ぼし、正義を示す。理のはじまりの姿です」
レオニスは、その言葉を素直に受け取ることができなかった。
確かに、間違ってはいない。
冥王は多くの人間を殺した。
セシルは故郷を奪われ、家族を失った。
その力で冥王を倒せるのなら、それは正しいことなのかもしれない。
しかし。
(……本当に、それだけなのか?)
レオニスは気づいていた。
その考え方を突き詰めれば、力を持つ者こそが正義を決めることになる。
強大な力で悪を滅ぼせるのなら。
その力を持つ者が、自らを正義だと定めたなら。
果たして、誰がそれを止められるのか。
そんな疑念が胸に浮かんだ。
「……セシルは、冥王に故郷を滅ぼされたそうです」
テレサは静かに語り始めた。
「そして、冥王を滅ぼすために力が欲しいと願いました」
その表情は、どこまでも穏やかだった。
「私は、彼の純粋な願いに心を打たれました」
青い瞳が、セシルを見る。
「力を貸してあげたいと、心の底から思ったのです」
そして、微笑む。
「彼を。そして、この世界を救いたいと考えました」
テレサは迷いなく言った。
「だから、共に行動したのです」
その言葉の最後に。
テレサはシャルバートを見た。
「貴方と同じですよ、シャルバート姉様」
柔らかな微笑み。
対して。
シャルバートの表情から、温かさが消えた。
「……本当に、それだけかしら?」
「……?」
「……言い方を変えるわ」
シャルバートは、テレサをまっすぐ見据える。
「それが、本心なのかしら?」
テレサの笑みが、僅かに揺れた。
「ええ。本心ですわ」
それでも、少女は答えた。
「私は心の底から、この『理不尽な世界』から、すべてを救いたいのです!」
その言葉を聞いたシャルバートは、深く息を吐いた。
「……やっぱり、それがテレサの本心なのね」
その一言に。
テレサは、僅かに後ろへ下がった。
「……何が違うというのですか!」
初めて、声に感情が混じった。
「……貴方も、レオンハルトに自ら力を与えた。それと同じでしょう!」
テレサの指が、僅かに震える。
「どこが、どう違うの!」
シャルバートは、静かに首を横に振った。
「違わないわ」
「なら――」
「テレサの言う通り。私も同じよ」
シャルバートは、否定しなかった。
「ただ……」
そこで彼女は、レオンハルトへ視線を向けた。
「私は、世界を救いたいのではない」
静かな声だった。
「レオンハルトを救いたいだけよ」
レオンハルトは、黙って二人を見ていた。
シャルバートは続ける。
「そこに、理由なんて何もないわ」
その言葉には、迷いがなかった。
「本当に救いたいなら」
シャルバートは、テレサを見つめた。
「理由なんて、つける必要はないはずよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そして何より――」
シャルバートの声は、静かだった。
「貴方は救いたいのではなく、救われたいのでしょう」
「……」
「理不尽と思っている世界から、貴方が本当に救ってほしいのは……貴方自身」
その言葉に、テレサの唇が強く噛み締められた。
「……解ったようなことを!」
初めて、声に感情が滲む。
「“正統”を名乗る姉さんに、解ってたまるものですか!」
テレサの青い瞳が揺れた。
「“傍流”の気持ちが、わかるものですか!」
「……」
「力はあるのに!」
声が震える。
「血統とか、伝統とか……そんなものに押し込められた、私たちの気持ちはわからない!」
抑えていたものが、次々と零れていく。
「正統ではないから、王国という支配者の立場を与えられる!」
「そして帝國に、裏から操られる!」
テレサは拳を握った。
「だから私は、この世界そのものを変えたい!」
その言葉には、怒りだけではない。
確かな願いがあった。
「同じように抗えない運命に苦しんでいる人たちへ、逆らう力を与えてあげたい!」
シャルバートは、そんな妹を見つめていた。
そして、小さく笑う。
「……貴方は優しいのですね」
「え……?」
「困っている人々に、手を差し伸べずにはいられない」
「……」
「でも……だからこそ」
シャルバートの視線が、セシルへ向けられる。
「聖録に記録されている力を、貴方が持つべきではありません」
その声には、明確な警告があった。
そして彼女は、セシルの背後に浮かぶ少女を見る。
「あれは、貴方が思い描くような救世の力ではありません」
シャルバートの表情から、微かな笑みが消えた。
「そんな都合の良いものでは――」
そこで言葉が途切れた。
「……っ」
激しい咳。
シャルバートの身体が大きく揺れる。
「シャルバート姉様!」
テレサが駆け寄ろうとする。
だが、その前で。
シャルバートは口元を押さえた。
指の隙間から、赤いものが零れる。
「……これは……」
そのまま、片膝をついた。
「私は……レオンハルトの聖剣を作る時、あれの一端に触れました」
苦しげに息を吐く。
「結果が……この様です」
「!?」
テレサの顔から血の気が引いた。
「貴方は……セシルを愛しているのでしょう?」
シャルバートは、それでも妹を責めなかった。
「だったら……早く止めさせなさい」
静かな声だった。
「手遅れになる前に」
その言葉が落ちた直後だった。
セシルの背後。
ずっと閉じられていた少女の瞼が――
ピクリ、と動いた。
「“聖剣”――」
セシルは気づかない。
「召雷!」
轟音。
雷光が大地を貫き、冥王へ叩き込まれる。
セシルは止まらない。
何度でも聖剣を振るう。
目の前の敵を倒す。
それだけを信じて。
だから、彼は気づかなかった。
背後にいる少女の眼が――
ゆっくりと開いたことに。
そして。
その瞳が、まるで裁定する者のように。
戦場のすべてを、静かに見下ろしていたことに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




