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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
188/235

旅の記録(20)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオンハルトの視線の先に、一人の少年が剣を構えて立っていた。


見たことのない若者だった。


年齢は十七歳ほど。


青い髪は耳に届く程度の短さで、前髪が額へ柔らかく落ちている。身長は高めだが、身体つきは細い。肩幅も広くなく、まだ少年らしい華奢さを残していた。


青い瞳も、本来なら穏やかな印象を与えるものだったのだろう。


だが、今は違う。


そこにあったのは、敵を倒すために必要なものだけを残したような、冷たい眼だった。


そして。


少年の少し後ろには、赤い衣を纏った少女が浮かんでいる。


まるで少年を守護する精霊のように。


しかし、レオンハルトの意識を奪ったのは、その少女ではなかった。


さらに後方。


この場に集まった一団の中に、見覚えのある人物がいた。


レオンハルトの目が僅かに細くなる。


「……テレサ・ルリ・ヴァース?」


帝國の皇族。


かつて出会った少女が、そこにいた。


なぜ彼女が、この場所にいる。


その疑問を口にするより早く、少年が動いた。


「……冥王よ」


声は若い。


それでも、そこに迷いはなかった。


「王国の勇者セシルが、お前に神罰を与える!」


セシル。


少年はそう名乗ると、手にした剣を頭上へ掲げた。


空気が震える。


次の瞬間。


「――『聖剣』、召雷!」


轟音。


天から雷が落ちた。


白い閃光が冥王へ直撃し、大地まで震わせる。


(……馬鹿な)


レオニスは息を呑んだ。


(聖剣だと……!?)


レオンハルトが手にしているものと同じ。


いや。


同じ名を持ちながら、力の形はまるで違う。


そして、もう一つ。


レオニスはセシルの背後に浮かぶ少女を見た。


十歳ほど。


フィデリアを連想させる顔立ちだった。


だが、その表情には何もない。


瞳を閉じた人形。


そこに意思が存在しているのかすら分からない。


(……フィデリア様!?)


違う。


そう思う。


だが、似ている。


あまりにも。


(……まさか……姫巫女なのか!?)


何が起きている。


レオンハルトと冥王の戦い。


そこへ突然、帝國皇族のテレサが現れた。


さらに王国の勇者を名乗る少年。


そして、姫巫女と思われる少女。


理解できる情報が、一度に増えすぎていた。


(……どうなっている。全然わからない!)


レオニスは、混乱しかける。


だが。


理解できないからこそ、一つだけ確かなものがあった。


これは偶然ではない。


聖剣。


勇者。


姫巫女。


それらが揃っている。


(……勇者の儀、なのか……?)


それは、レオニスが知る時代へと繋がる言葉だった。


しかし今、彼が見ているのは、その始まりなのか。


それとも――。


レオンハルトの記憶が見せる、原初の勇者。


その歴史は、レオニスの知るものとは違う形で動き始めていた。


予期せぬ急展開が、始まろうとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



聖剣から放たれた雷が、再び冥王へ突き刺さった。


轟音が大地を震わせる。


冥王は、声にならない絶叫を上げた。


「お前のせいで、多くの人が死んだ!」


セシルは叫ぶ。


怒りを叩きつけるように、聖剣を振るった。


「僕は……家族を失った!」


雷が走る。


その一撃に、積年の恨みが込められているようだった。


「すべてを無くした僕に、テレサは力を貸してくれた」


セシルの青い瞳が、冥王を射抜く。


「僕は、勇者になった」


(……テレサが……?)


その名前を聞いた瞬間だった。


レオニスの中で、何かが繋がった。


まるで、頭から氷水を浴びせられたようだった。


(……待った)


聖剣。


勇者。


そして、その力を与えたのは王国ではない。


帝國の皇族。


テレサ・ルリ・ヴァース。


(……聖録なのか……!?)


かつてシャルバートは言っていた。


聖録に記された力を完全に引き出すには、膨大な魔力が必要になる。


莫大な資源も必要だった。


だからこそ、シャルバートだけでは成し遂げられなかった。


だが。


仮に用意することができたとしたら。


では、どこから?


考えるまでもなかった。


王国だ。


勇者の儀を与える。


その代わりに、聖録の力を引き出すために必要な資源を王国から提供させる。


その過程で、帝國は姫巫女を召喚した。


(……そして、姫巫女を召喚したんだ……)


レオニスは、宙に浮かぶ少女へ目を向けた。


感情のない瞳。


人形のような姿。


それでも、彼女がここにいる意味だけは分かる。


王国には、古くから伝えられている勇者の伝承がある。


その一節を、レオニスは知っていた。


――異国の尊き姫は、彼に偉大なる力を授ける。


――若者は、勇者となった。


かつて聖導師イシュリアンから聞いた言葉。


それは、ただの伝説ではなかった。


誰かが残した、歴史の断片だった。


(……なんてことだ……)


レオニスの背筋を、戦慄が走る。


これが。


これこそが。


王国の勇者の始まりだったのだ。


そのときだった。


「もう、これは黙って見守ることはできなくなりました」


聞き覚えのある声が響いた。


レオンハルトが振り返る。


いつの間にか、そこに一人の女が立っていた。


長い金髪。


穏やかな面差し。


だが、その青い瞳には普段とは違う強い意志が宿っている。


シャルバート・ウル・ヴァース。


彼女の視線は、まっすぐにテレサへ向けられていた。


その視線を受けたテレサも、ゆっくりと身体を向ける。


一歩。


また一歩。


少女は姉のもとへ歩いていく。


やがて二人は、互いに数歩の距離を残して立ち止まった。


帝國の皇女。


かつて同じ血を分けた二人の少女が。


今、初めて正面から対峙した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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