旅の記録(20)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオンハルトの視線の先に、一人の少年が剣を構えて立っていた。
見たことのない若者だった。
年齢は十七歳ほど。
青い髪は耳に届く程度の短さで、前髪が額へ柔らかく落ちている。身長は高めだが、身体つきは細い。肩幅も広くなく、まだ少年らしい華奢さを残していた。
青い瞳も、本来なら穏やかな印象を与えるものだったのだろう。
だが、今は違う。
そこにあったのは、敵を倒すために必要なものだけを残したような、冷たい眼だった。
そして。
少年の少し後ろには、赤い衣を纏った少女が浮かんでいる。
まるで少年を守護する精霊のように。
しかし、レオンハルトの意識を奪ったのは、その少女ではなかった。
さらに後方。
この場に集まった一団の中に、見覚えのある人物がいた。
レオンハルトの目が僅かに細くなる。
「……テレサ・ルリ・ヴァース?」
帝國の皇族。
かつて出会った少女が、そこにいた。
なぜ彼女が、この場所にいる。
その疑問を口にするより早く、少年が動いた。
「……冥王よ」
声は若い。
それでも、そこに迷いはなかった。
「王国の勇者セシルが、お前に神罰を与える!」
セシル。
少年はそう名乗ると、手にした剣を頭上へ掲げた。
空気が震える。
次の瞬間。
「――『聖剣』、召雷!」
轟音。
天から雷が落ちた。
白い閃光が冥王へ直撃し、大地まで震わせる。
(……馬鹿な)
レオニスは息を呑んだ。
(聖剣だと……!?)
レオンハルトが手にしているものと同じ。
いや。
同じ名を持ちながら、力の形はまるで違う。
そして、もう一つ。
レオニスはセシルの背後に浮かぶ少女を見た。
十歳ほど。
フィデリアを連想させる顔立ちだった。
だが、その表情には何もない。
瞳を閉じた人形。
そこに意思が存在しているのかすら分からない。
(……フィデリア様!?)
違う。
そう思う。
だが、似ている。
あまりにも。
(……まさか……姫巫女なのか!?)
何が起きている。
レオンハルトと冥王の戦い。
そこへ突然、帝國皇族のテレサが現れた。
さらに王国の勇者を名乗る少年。
そして、姫巫女と思われる少女。
理解できる情報が、一度に増えすぎていた。
(……どうなっている。全然わからない!)
レオニスは、混乱しかける。
だが。
理解できないからこそ、一つだけ確かなものがあった。
これは偶然ではない。
聖剣。
勇者。
姫巫女。
それらが揃っている。
(……勇者の儀、なのか……?)
それは、レオニスが知る時代へと繋がる言葉だった。
しかし今、彼が見ているのは、その始まりなのか。
それとも――。
レオンハルトの記憶が見せる、原初の勇者。
その歴史は、レオニスの知るものとは違う形で動き始めていた。
予期せぬ急展開が、始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
聖剣から放たれた雷が、再び冥王へ突き刺さった。
轟音が大地を震わせる。
冥王は、声にならない絶叫を上げた。
「お前のせいで、多くの人が死んだ!」
セシルは叫ぶ。
怒りを叩きつけるように、聖剣を振るった。
「僕は……家族を失った!」
雷が走る。
その一撃に、積年の恨みが込められているようだった。
「すべてを無くした僕に、テレサは力を貸してくれた」
セシルの青い瞳が、冥王を射抜く。
「僕は、勇者になった」
(……テレサが……?)
その名前を聞いた瞬間だった。
レオニスの中で、何かが繋がった。
まるで、頭から氷水を浴びせられたようだった。
(……待った)
聖剣。
勇者。
そして、その力を与えたのは王国ではない。
帝國の皇族。
テレサ・ルリ・ヴァース。
(……聖録なのか……!?)
かつてシャルバートは言っていた。
聖録に記された力を完全に引き出すには、膨大な魔力が必要になる。
莫大な資源も必要だった。
だからこそ、シャルバートだけでは成し遂げられなかった。
だが。
仮に用意することができたとしたら。
では、どこから?
考えるまでもなかった。
王国だ。
勇者の儀を与える。
その代わりに、聖録の力を引き出すために必要な資源を王国から提供させる。
その過程で、帝國は姫巫女を召喚した。
(……そして、姫巫女を召喚したんだ……)
レオニスは、宙に浮かぶ少女へ目を向けた。
感情のない瞳。
人形のような姿。
それでも、彼女がここにいる意味だけは分かる。
王国には、古くから伝えられている勇者の伝承がある。
その一節を、レオニスは知っていた。
――異国の尊き姫は、彼に偉大なる力を授ける。
――若者は、勇者となった。
かつて聖導師イシュリアンから聞いた言葉。
それは、ただの伝説ではなかった。
誰かが残した、歴史の断片だった。
(……なんてことだ……)
レオニスの背筋を、戦慄が走る。
これが。
これこそが。
王国の勇者の始まりだったのだ。
そのときだった。
「もう、これは黙って見守ることはできなくなりました」
聞き覚えのある声が響いた。
レオンハルトが振り返る。
いつの間にか、そこに一人の女が立っていた。
長い金髪。
穏やかな面差し。
だが、その青い瞳には普段とは違う強い意志が宿っている。
シャルバート・ウル・ヴァース。
彼女の視線は、まっすぐにテレサへ向けられていた。
その視線を受けたテレサも、ゆっくりと身体を向ける。
一歩。
また一歩。
少女は姉のもとへ歩いていく。
やがて二人は、互いに数歩の距離を残して立ち止まった。
帝國の皇女。
かつて同じ血を分けた二人の少女が。
今、初めて正面から対峙した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




