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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
187/235

旅の記録(19)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……行くぞ、冥王!」


レオンハルトは、真正面から冥王へ駆けた。


小細工は、いらない。


フェイントも。


駆け引きも。


冥王は、レオンハルトの聖剣を恐れていない。


ならば、わざわざ意識を逸らす必要などなかった。


一歩。


また一歩。


半歩。


一センチ。


一ミリ。


ただひたすらに、距離を詰める。


――零へ。


冥王へ近づけば近づくほど、聖剣の力は増す。


ならば、やることは一つだった。


必殺の一撃を、最も近い場所から叩き込む。


『くくっ』


冥王が、小さく笑った。


次の瞬間。


無数の焔が鞭となって、レオンハルトへ襲いかかった。


(……レオンハルト、貴方という人は……)


レオニスには、それが恐ろしく見えた。


普通ならば、避ける。


大きく距離を取り、攻撃の軌道を見極め、隙を探す。


だが、レオンハルトは違った。


避けられる攻撃だけを避けるのではない。


――受けても構わない。


そう決めている。


紙一重で致命傷だけを避けようともしていない。


ただ、前へ進む。


その結果として、奇跡のように致命傷だけが外れていく。


「……!」


炎の鞭が迫る。


レオンハルトは、残された左手を振るった。


避けきれない一撃を、力任せに叩き落とす。


轟音。


炎が弾けた。


同時に――左腕が消し飛んだ。


それでも。


レオンハルトは止まらない。


血を流すことすら意に介さず、ただ冥王へ向かって歩く。


(……どこに、こんな力があるんだ……)


レオニスには分からなかった。


あれほどの傷を負って。


あれほどの肉体を失って。


それでも、前へ進める理由が。


(……これが、命を賭けた時の人間の力なのか……)


レオンハルトの身体は、すでに人間のものとは呼べない。


失われた肉体を、別の誰かの身体で補った。


ツギハギだらけの、生きた屍。


それでも。


その中には、確かに一つの命がある。


「……さらばだ」


レオンハルトは、静かに呟いた。


「俺も、事が済めば逝く」


その言葉に迷いはなかった。


自分の命を惜しまない。


だからこそ、今だけは命そのものを燃やし尽くして前へ進む。


レオニスは、同じ視界を共有していた。


そして、初めて理解する。


ツギハギの肉体でも。


仮初めの聖剣でも。


この男の中にあるものだけは、偽物ではない。


(……そして、これが――原初の勇者)


レオンハルトは、なおも冥王へ進む。


その姿を見て、レオニスは心の底から思った。


――この男は、勇者なのだ。


そして同時に。


レオニスは、初めてレオンハルトという一人の人間を、心から尊敬した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



そして――。


レオンハルトは、ついに冥王の懐へ入り込んだ。


逃げ道はない。


冥王もまた、目の前に立つ男を見下ろしている。


これほど近づかれても、なお、その表情には余裕があった。


「……これで……零だ」


レオンハルトは呟く。


残された右腕が、ゆっくりと聖剣を引き絞った。


そして。


「――!」


突き出す。


――ズムッ!


硬い肉を断ち切る感触が、剣を通して伝わった。


聖剣が、冥王の身体へ深々と食い込む。


『くくっ……』


冥王は笑った。


『余が思っていたほど、脆弱ではなかったらしい』


まるで。


一匹の蟻が、自分の身体を噛んだ。


その程度にしか考えていない。


傷ならば、すぐに塞がる。


今まで、そうだった。


だからこそ――。


「……聖剣……断裂……」


レオンハルトが、低く唱える。


『……?』


その瞬間。


冥王の表情が、僅かに変わった。


何かを感じた。


だが、それが何なのか分からない。


いや。


分からないのではない。


忘れていた。


あまりにも長い間、感じることがなかったものだった。


『――っ』


冥王の身体が震える。


『余に……何をした!』


肉体の内側から、何かが広がっていく。


皮膚ではない。


傷口でもない。


もっと深い。


身体そのものが、内側から引き裂かれていく。


「……聖剣……断裂……」


レオンハルトは、さらに聖句を重ねた。


『ぐ、ぁ……!』


冥王の声が歪む。


次の瞬間。


『ぐぁぁぁぁぁ!!!』


空を震わせる絶叫が響き渡った。


初めてだった。


冥王が、苦痛に叫んだ。


身体の表面に、無数の亀裂が走る。


黒い傷口から、どす黒い体液が流れ落ちていく。


『がぁっ……! あ、ああああっ!?』


冥王は空中で暴れ始めた。


レオンハルトを振り落とそうと、身体を激しく捩る。


先ほどまでの余裕は、どこにもない。


ただ、耐え難い何かから逃れようとしている。


「……これが、痛みだ」


レオンハルトは聖剣を握り締めた。


「冥王……」


冥王がどれほど暴れようとも、手放さない。


やることは、一つだけだった。


――滅ぼす。


そのためだけに、ここへ来た。


「……聖……剣……断……裂……!」


最後の聖句が、戦場へ響き渡る。


直後。


冥王の肉体に、さらに無数の亀裂が走った。


『――――ッ!!』


肉体が崩れる。


翼が千切れ、巨体が傾く。


空を飛ぶ力すら、維持できなくなった。


レオンハルトもまた、冥王の身体にしがみついたまま落下していく。


黒き魔王と、生きた屍となった戦士。


二つの影が重なり合う。


そして――。


轟音とともに。


両者は、地上へ墜ちていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



どれほどの時間が経ったのか。


レオンハルトには分からなかった。


ただ、意識の底に広がっていた闇が、ゆっくりと晴れていく。


最初に感じたのは――痛みだった。


「……不覚。気を失ったのか……」


レオンハルトは、重い身体を起こした。


左腕はない。


片足も失われている。


それだけではない。


冥王とともに地上へ墜ちた衝撃が、残された身体の至るところを傷つけていた。


それでも。


身体は、僅かずつだが動きを取り戻している。


「……シャルバートの魔法道具か」


彼女が持たせてくれた道具が、生命を繋いでいる。


それを確認すると、レオンハルトは周囲を見渡した。


「……冥王は、どうなった……」


答えは、すぐに見つかった。


『ぐ、がぁぁぁぁぁっ!』


少し離れた場所。


冥王が、地面の上で暴れ続けていた。


巨体が地面を削る。


翼が大地を叩き、周囲へ衝撃が走る。


その肉体には無数の亀裂が走っていた。


裂ける。


塞がる。


また裂ける。


まるで、自らの肉体そのものに拷問を受けているかのようだった。


「……まだ、終わってはいない」


レオンハルトは、冥王を見据える。


聖剣による傷は、確実に冥王を苦しめている。


だが――。


それにも限界がある。


「……あと一押し……」


そう呟いたところで。


レオンハルトは、自分の右手を見た。


そこにあるはずのものがない。


「……!」


聖剣。


その姿を探す。


そして、すぐに見つけた。


冥王の巨体。


その胸の奥深くに、聖剣は突き刺さったままだった。


「……行かねば」


レオンハルトは、右手に鞘を握った。


それを杖代わりにする。


残された片足へ力を込め、立ち上がる。


痛みが走った。


それでも構わない。


目の前で暴れ続ける冥王は、もはや巨大な岩石そのものだった。


どこへ動くか分からない。


次に何を振り回すかも分からない。


そんな相手から聖剣を掴み取る。


そして聖句を唱え、力を解放する。


今の身体では、あまりにも困難だった。


だが。


レオンハルトには、可能か不可能かを考えている時間など残されていなかった。


「……やるしかない……」


一歩。


鞘を杖にして進む。


もう一歩。


冥王へ近づく。


その時だった。


『――――ッ!』


暴れ狂う冥王の身体から、攻撃が飛んできた。


「!?」


避ける術はない。


レオンハルトは、ただ受けるしかなかった。


だが――。


――ズガァァァァァァァァァン!!


空から轟雷が落ちた。


雷撃は冥王へ直撃し、その巨体を大きく震わせる。


『――――!』


暴れていた冥王の動きが、止まった。


「……何事だ……?」


レオンハルトは顔を上げる。


周囲を見渡す。


そして。


そこに立つ、予期せぬ存在を見つけた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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