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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
185/235

旅の記録(17)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオンハルトの記憶が、再び切り替わった。


そこは、見渡す限りの平原だった。


風が草原を走り抜ける。


雲の切れ間から差し込む陽光の下、その男は空を見上げていた。


レオンハルト。


その視線の先に――冥王がいる。


以前に見た姿よりも、異形さは増していた。


禍々しい魔力を全身から撒き散らしながら、巨大な翼を広げ、まるで天そのものを我が物とするかのように飛翔している。


そして、その進行方向には。


比較的大きな町があった。


「従者たちの報告によると、冥王は度々、食事のために人々の集落を襲っているようです」


傍らに立つシャルバートが告げる。


その声には、抑えきれない悲しみが滲んでいた。


「あいつを守っている部下の露払いは、あたしがやってあげるよ」


アウレリアが、にっと笑う。


冥王の周囲には、すでに複数の異形が集まっていた。


「助力を感謝する、二人とも」


レオンハルトは静かに頭を下げる。


「そして、危険と判断すれば、俺のことなど気にせず離脱してくれ」


「レオンハルト……」


「ここでなら、周囲の被害を気にせず存分に戦える」


それだけ告げると、レオンハルトは一人、前へ進み出た。


足取りに迷いはない。


恐れもない。


ただ一つだけ。


――目指すは冥王。


――奴を滅ぼすために、すべてを使う。


(レオンハルト……始める気だな)


レオニスには、それが痛いほど伝わっていた。


この男は、もう戻るつもりがない。


命さえも。


未来さえも。


すべてを、ただ一つの目的のために燃やし尽くす。


「待ちに待った時が来たのだ!」


レオンハルトが吠える。


「多くの命が、理由なく命と未来を搾取され、嘆いている!」


握り締めた拳が震える。


「彼らの彷徨える魂に、安らぎを与えるために……!」


その言葉の奥に、いくつもの顔が浮かんでいた。


――愛する人のために。


――親友のために。


――救われなかった、万人のために。


「すべての成就のために……!」


レオンハルトは、腰の聖剣へ手を伸ばした。


鞘から、ゆっくりと刀身を抜く。


白銀の刀身が陽光を受け、眩い光を返した。


そして、上段に構える。


「冥王よ!」


その声が、平原に響き渡る。


「俺は人の理に反し、地獄の門の前から帰ってきた!」


冥王が、こちらを見た。


レオンハルトは聖剣を構え直す。


そして――聖句を唱えた。


「聖剣抜刀……!」


次の瞬間。


レオンハルトの身体が、大地を蹴った。


聖剣が振るわれる。


冥王へ向けて。


(ついに始まった)


レオニスの前で、原初の戦いの記録が再生され始めた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



冥王の眼前に、十字の光が走った。


空間そのものを断ち切るような斬撃。


『――!?』


次の瞬間だった。


空気が裂ける。


冥王の巨大な肉体に、十字の傷が刻まれた。


『何事……』


傷ついた。


だが、冥王はそれを意に介さない。


その直後。


空を駆ける、一つの影があった。


白銀の鎧。


顔を覆う仮面。


手にした聖剣を構え、一直線に冥王へ迫ってくる。


「冥王様!」


異変を察した死王ノクスが動いた。


主を守るため、仮面の剣士へ向かって飛び出す。


しかし――。


その進路を、一条の光が横切った。


「痴れ者が!」


ノクスが吠える。


仮面の剣士から、さらに離れた場所。


そこには、一人の少女がいた。


アウレリア。


白銀の聖弓を構え、狙いを定めている。


弦が引き絞られる。


次の瞬間。


二本目の光の矢が放たれた。


「矢など、このボクに通じるものかよ!」


ノクスは鼻で笑った。


そんなものに構っている暇はない。


視線を前方へ戻し、レオンハルトの迎撃へ移ろうとする。


――ズンッ!


「……なに?」


ノクスの身体が、大きく揺れた。


右腕が、消えていた。


光の矢が。


その腕を、容易く打ち砕いていた。


「……小娘が。調子に……」


怒りの声を上げるノクス。


その視線の先で、アウレリアが笑った。


まるで挑発するように。


その瞬間だった。


「……聖剣断裂……」


低い声が響いた。


「……!?」


ノクスの身体を、白銀の刃が貫いた。


レオンハルトだった。


聖剣が深々と突き立てられる。


「……お前に用はない」


冷たい声。


次の瞬間。


聖剣が振り抜かれた。


ノクスの身体が、幾つもの傷を刻まれながら引き裂かれていく。


そのまま地上へ落下した。


レオンハルトは振り返らない。


「……これで、お前と俺の間を阻む者は何もない」


空中で身体を翻す。


そして。


ついに、冥王の眼前へと辿り着いた。


近い。


あれほど遠くにあった存在が、今は目の前にいる。


『誰に許可を得て、余の前に立つ』


冥王の声には、怒りすらなかった。


あるのは、侮蔑だけ。


『劣等な命が、神に歯向かうのか』


身体を斬られてなお。


冥王は、レオンハルトを敵としてすら認めていない。


対するレオンハルトは、聖剣を握り直す。


退く理由など、最初からなかった。


愛する者を奪われた男。


親友を失った男。


救われなかった命を背負った男。


そして、人の理に反して地獄から帰還した男。


その男が今。


神を名乗る怪物と、真正面から向かい合っていた。


宿命の対決。


その幕が、上がる。


レオニスはまだ知らない。


この戦いが、自分の予想していた結末とはまったく異なる方向へ進むことを。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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