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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
184/235

旅の記録(16)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオニスには、レオンハルトの感情が、絶望から希望へと反転していくのがよく分かった。


だが。


それ以上に、気になることがあった。


シャルバートが語った儀式。


その内容は、レオニスが知るものと酷似していた。


(……聖録の写本に記された力は、王国の『勇者の儀』と似ている)


姫巫女が神鋼――オリハルコンを顕現させる。


そして、勇者に聖剣を与える。


その過程こそが、まさにシャルバートの語った儀式だった。


(……おそらく)


レオニスは、一つの結論を思い描く。


(これが、人の歴史に生まれた『勇者の儀』の始まりなのか?)


その瞬間だった。


また、レオンハルトの記憶が切り替わる。


そこには、シャルバートが立っていた。


その腕には、一振りの剣。


鞘に納められたままの、まだ何の変哲もない剣だった。


「……それが、聖剣か?」


レオンハルトが問う。


しかし、シャルバートは首を横に振った。


「……まだ、器に過ぎません」


彼女は剣を見つめる。


「これから貴方に神を卸し、これを『聖剣』へと変化させます」


「……」


「聖剣とは、目の前にある剣そのものではありません」


シャルバートは静かに続けた。


「神卸の洗礼を受けた人間が、聖剣の形を作るのです」


人が剣を持つのではない。


人と剣。


その境界そのものが消えていく。


自分という主観と、剣という客観。


その二つが一つになることで、初めて本来の力を発揮する。


「言わば、物我一体となったものこそが『聖剣』なのでしょう」


レオニスは、その言葉を聞いていた。


「……想いだけでも、力だけでも到達できません」


シャルバートの声は穏やかだった。


「その二つが揃って、はじめて『聖剣』は十全の能力を発揮するのでしょう」


(……そういうことだったのか)


レオニスの中で、以前から抱いていた疑問の一つが解けていく。


(……それが、聖なる武器の正体なのか)


だからこそ。


現代のアウレリアは聖剣を使い、神懸かりとしか思えない力を発揮していた。


剣を使っているのではない。


剣と一つになっている。


それが、聖剣なのだ。


「……本来、神を卸すのは、その役目を担う存在が行います」


シャルバートが言った。


「ですが、今回は私が代わります」


(つまり……シャルバートは、姫巫女の代わりをするのか)


レオニスは息を呑んだ。


人間が神を卸す。


それが何を意味するのか。


危険でないはずがない。


だが、レオンハルトも理解している。


それでも、冥王を倒すために受け入れるのだ。


「……これは、本来の道筋ではありません」


シャルバートは告げる。


「外法……いえ、紛いものです」


そして、最後に。


「……成功しても、真の力に迫れるのは七回ほどが限界でしょう」


レオンハルトは迷わなかった。


「……それで、成し遂げる」


「……では、始めます」


シャルバートも、迷わず頷いた。


そして。


彼女の口から、歌が紡がれる。


それは後の時代に、姫巫女フィデリアが勇者アウレリアへ聖剣を授けた――。


その儀式と、同じ歌だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオンハルトの記憶が、切り替わった。


そこは、見知らぬ客間だった。


簡素ではあるが、帝國の客人を迎えるための部屋なのだろう。窓から差し込む光は柔らかく、静かな時間だけが流れている。


その中で、レオンハルトは椅子に座っていた。


目の前には、一人の少年が立っている。


「……シャルバート様は衰弱されておりますが、しばらくすれば回復なさるでしょう」


「……そうか」


短い返事。


少年は僅かに表情を曇らせた。


「……そして、依頼されておりました冥王の行方ですが……捕捉できました」


「……」


レオンハルトは、ただ頷いた。


その様子を見たレオニスには、分かってしまった。


もうすぐだ。


原初の勇者となる男が、冥王と再び相まみえる。


そして今度こそ、決着をつけるために。


それは同時に、後世へと続く「勇者の儀」の終着点。その一つを目にする瞬間でもあった。


「……よろしいですか?」


少年の声に、レオンハルトが顔を上げる。


そこにあったのは、明らかな非難だった。


「何故、シャルバート様を巻き込むのですか?」


少年は拳を握る。


「あの方の従者の一人としては、納得できる理由が知りたいです」


「……」


レオンハルトは、しばらく答えなかった。


やがて、静かに口を開く。


「君の非難に答える言葉はない」


一度、言葉を切る。


「同時に、謝罪を求めているのであれば、いくらでも行おう」


「……」


「俺の命で償えというなら、それも構わない」


レオンハルトは、傍らに置かれた聖剣へ視線を落とした。


「どのみち冥王を倒すために、もうすぐ使い切る命だ」


その声に迷いはなかった。


「剣に生き、剣に滅ぶ。聞こえはいい」


仮面の奥で、瞳が細くなる。


「だが、俺は俺自身の私怨のために、無様な生きる屍になった」


少年は何も言えない。


「目的のためなら手段を選ばない。そう言っても、君には理解できんだろう」


そして、レオンハルトは少年を見る。


「……いや」


ほんの僅かに、声が柔らかくなった。


「理解してはいけない感情だ」


「……」


「それを理解せずに生きられるなら、そちらの方がまともな人間というものだ」


少年が息を呑む。


レオンハルトは、その反応を静かに眺めた。


そして、ふと尋ねる。


「……君は、シャルバートに憧れているのだな?」


「な、何故!?」


少年の顔が、一瞬で赤くなった。


「そ、そんなことは……!」


「そうか」


レオンハルトの声に、僅かな変化があった。


レオニスには、それが分かった。


仮面に隠された顔。


その奥で、レオンハルトは――笑っている。


冥王にすべてを奪われた男。


憎悪と喪失だけを抱え、ただ復讐のために生きる生ける屍。


それでも。


目の前にいる少年の、あまりにも純粋な気持ちに触れた時に抱いた感情。


レオンハルトの心には、復讐者でありながら、それでも人間らしい感情が完全には死んだわけではなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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