旅の記録(16)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオニスには、レオンハルトの感情が、絶望から希望へと反転していくのがよく分かった。
だが。
それ以上に、気になることがあった。
シャルバートが語った儀式。
その内容は、レオニスが知るものと酷似していた。
(……聖録の写本に記された力は、王国の『勇者の儀』と似ている)
姫巫女が神鋼――オリハルコンを顕現させる。
そして、勇者に聖剣を与える。
その過程こそが、まさにシャルバートの語った儀式だった。
(……おそらく)
レオニスは、一つの結論を思い描く。
(これが、人の歴史に生まれた『勇者の儀』の始まりなのか?)
その瞬間だった。
また、レオンハルトの記憶が切り替わる。
そこには、シャルバートが立っていた。
その腕には、一振りの剣。
鞘に納められたままの、まだ何の変哲もない剣だった。
「……それが、聖剣か?」
レオンハルトが問う。
しかし、シャルバートは首を横に振った。
「……まだ、器に過ぎません」
彼女は剣を見つめる。
「これから貴方に神を卸し、これを『聖剣』へと変化させます」
「……」
「聖剣とは、目の前にある剣そのものではありません」
シャルバートは静かに続けた。
「神卸の洗礼を受けた人間が、聖剣の形を作るのです」
人が剣を持つのではない。
人と剣。
その境界そのものが消えていく。
自分という主観と、剣という客観。
その二つが一つになることで、初めて本来の力を発揮する。
「言わば、物我一体となったものこそが『聖剣』なのでしょう」
レオニスは、その言葉を聞いていた。
「……想いだけでも、力だけでも到達できません」
シャルバートの声は穏やかだった。
「その二つが揃って、はじめて『聖剣』は十全の能力を発揮するのでしょう」
(……そういうことだったのか)
レオニスの中で、以前から抱いていた疑問の一つが解けていく。
(……それが、聖なる武器の正体なのか)
だからこそ。
現代のアウレリアは聖剣を使い、神懸かりとしか思えない力を発揮していた。
剣を使っているのではない。
剣と一つになっている。
それが、聖剣なのだ。
「……本来、神を卸すのは、その役目を担う存在が行います」
シャルバートが言った。
「ですが、今回は私が代わります」
(つまり……シャルバートは、姫巫女の代わりをするのか)
レオニスは息を呑んだ。
人間が神を卸す。
それが何を意味するのか。
危険でないはずがない。
だが、レオンハルトも理解している。
それでも、冥王を倒すために受け入れるのだ。
「……これは、本来の道筋ではありません」
シャルバートは告げる。
「外法……いえ、紛いものです」
そして、最後に。
「……成功しても、真の力に迫れるのは七回ほどが限界でしょう」
レオンハルトは迷わなかった。
「……それで、成し遂げる」
「……では、始めます」
シャルバートも、迷わず頷いた。
そして。
彼女の口から、歌が紡がれる。
それは後の時代に、姫巫女フィデリアが勇者アウレリアへ聖剣を授けた――。
その儀式と、同じ歌だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオンハルトの記憶が、切り替わった。
そこは、見知らぬ客間だった。
簡素ではあるが、帝國の客人を迎えるための部屋なのだろう。窓から差し込む光は柔らかく、静かな時間だけが流れている。
その中で、レオンハルトは椅子に座っていた。
目の前には、一人の少年が立っている。
「……シャルバート様は衰弱されておりますが、しばらくすれば回復なさるでしょう」
「……そうか」
短い返事。
少年は僅かに表情を曇らせた。
「……そして、依頼されておりました冥王の行方ですが……捕捉できました」
「……」
レオンハルトは、ただ頷いた。
その様子を見たレオニスには、分かってしまった。
もうすぐだ。
原初の勇者となる男が、冥王と再び相まみえる。
そして今度こそ、決着をつけるために。
それは同時に、後世へと続く「勇者の儀」の終着点。その一つを目にする瞬間でもあった。
「……よろしいですか?」
少年の声に、レオンハルトが顔を上げる。
そこにあったのは、明らかな非難だった。
「何故、シャルバート様を巻き込むのですか?」
少年は拳を握る。
「あの方の従者の一人としては、納得できる理由が知りたいです」
「……」
レオンハルトは、しばらく答えなかった。
やがて、静かに口を開く。
「君の非難に答える言葉はない」
一度、言葉を切る。
「同時に、謝罪を求めているのであれば、いくらでも行おう」
「……」
「俺の命で償えというなら、それも構わない」
レオンハルトは、傍らに置かれた聖剣へ視線を落とした。
「どのみち冥王を倒すために、もうすぐ使い切る命だ」
その声に迷いはなかった。
「剣に生き、剣に滅ぶ。聞こえはいい」
仮面の奥で、瞳が細くなる。
「だが、俺は俺自身の私怨のために、無様な生きる屍になった」
少年は何も言えない。
「目的のためなら手段を選ばない。そう言っても、君には理解できんだろう」
そして、レオンハルトは少年を見る。
「……いや」
ほんの僅かに、声が柔らかくなった。
「理解してはいけない感情だ」
「……」
「それを理解せずに生きられるなら、そちらの方がまともな人間というものだ」
少年が息を呑む。
レオンハルトは、その反応を静かに眺めた。
そして、ふと尋ねる。
「……君は、シャルバートに憧れているのだな?」
「な、何故!?」
少年の顔が、一瞬で赤くなった。
「そ、そんなことは……!」
「そうか」
レオンハルトの声に、僅かな変化があった。
レオニスには、それが分かった。
仮面に隠された顔。
その奥で、レオンハルトは――笑っている。
冥王にすべてを奪われた男。
憎悪と喪失だけを抱え、ただ復讐のために生きる生ける屍。
それでも。
目の前にいる少年の、あまりにも純粋な気持ちに触れた時に抱いた感情。
レオンハルトの心には、復讐者でありながら、それでも人間らしい感情が完全には死んだわけではなかった。
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