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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
183/235

旅の記録(15)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



テレサは、小柄な少女だった。


淡い桃色の髪は肩口から首元へ流れ、柔らかな毛先が頬を縁取っている。


大きな青い瞳。


細い眉。


小さな口元。


整った顔立ちではあるが、そこに威圧感はない。


白を基調とした皇族の衣装も、華美というより少女らしい可憐さを感じさせた。


華奢な肩。


細い手足。


どこか儚げな佇まい。


レオニスがこれまで見てきた帝國皇族とは、明らかに異なる印象だった。


そんな少女が、遠く西方の空を見つめている。


「今も帝國の外では、冥王という悪しき存在が、善良な人々を苦しめていると聞きます」


テレサの声は穏やかだった。


だが、その瞳には悲しみがあった。


「それは、とても悲しいことです。そのような行いは、早く止めるべきだと考えます」


少女は両手を胸元で重ねる。


「弱い人々は、恐怖に震えながら、いつ救いが来るのかと待っています」


そして、静かに続けた。


「力を持つ者は、彼らを救わなければなりません」


一瞬だけ、テレサは言葉を選ぶように黙った。


「それは、責任であると思います」


遥か西。


その先にいる人々を思うように、テレサは空を見つめていた。


「そうは思いませんか、レオンハルト?」


問いかけられたレオンハルトは、しばらく黙っていた。


やがて、一度だけ頷く。


「……ああ」


「帝國には力があります」


テレサは俯いた。


「それでも帝國は保守的で、苦しんでいる無垢な人々がいるにもかかわらず、動こうとはしませんでした」


その言葉に、僅かな悔しさが滲む。


「レオンハルトが皇妃様の御心を動かしてくださらなければ、まだ多くの人々の命が、意味もなく奪われ続けていたでしょう」


テレサはレオンハルトへ向き直った。


そして、深々と頭を下げる。


「これで、多くの人々が救われます」


「貴方には最大の敬意を持って、お礼を言わせてください」


顔を上げた少女は、微笑んだ。


「本当にありがとう」


「遠き場所から来た、異邦人よ」


そこに、偽りの感情は見えなかった。


感謝。


慈愛。


そして、人を救いたいという純粋な願い。


まるで、それらが一人の少女の姿を借りて現れたようだった。


「まだ、実際に救われてはいない」


レオンハルトは淡々と答える。


「冥王も滅びていない」


「感謝の言葉は、それが果たされてからでいい」


テレサは目をぱちぱちと瞬かせた。


それから、口元を綻ばせる。


「そうですね」


「レオンハルトの仰る通りです」


小さく頷く。


「まだ、果たされてはいない」


そして――。


「ですが、大丈夫です」


テレサは目を閉じた。


「私には、わかります」


両手を胸の前で合わせる。


「――『勇者』が誕生する鼓動を」


(……勇者?)


レオニスは息を呑んだ。


勇者。


その言葉を、レオンハルトの記憶の中で初めて聞いた。


だが、この時代にはまだ勇者の儀は始まっていない。


それなのに。


テレサは、まるで確信しているようだった。


祈る少女の顔には、一片の迷いもない。


「テレサ!どこだ?」


その時だった。


遠くから、少女を呼ぶ声が響いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「セシル、私は、ここです!」


テレサは嬉しそうに振り返った。


少し離れた場所へ向けて、大きく手を振る。


それから、もう一度レオンハルトへ向き直った。


「お話ができて光栄でした、レオンハルト」


「……いえ」


「貴方の旅の先が、良き事になるよう。微力ながら、祈っております」


テレサは柔らかく微笑んだ。


そして丁寧に頭を下げる。


そのまま、彼女は声の主がいる方へ歩いていった。


レオニスは、その光景を黙って見送った。


(……なんだ?これ?)


どうして、レオンハルトはテレサに負の感情を抱いているのか。


それが分からない。


テレサは、どう見ても無害な少女だった。


むしろ、レオンハルトの旅を案じ、彼のために祈ろうとしている。


(……いや、違うな……)


レオニスは、ふと考え直した。


レオンハルトの記憶に残っている、この強烈な感情。


それは、当時のレオンハルトが抱いていたものとは限らない。


記憶を見ている現在のレオニスが、断片的な情報から意味を見出そうとしている。


つまり、その感情は後から付け加えられたものなのかもしれない。


ならば――。


もし、本当にテレサが危険な存在だったなら。


今のレオンハルトなら、どうするのか。


答えは明白だった。


彼にとって、現在の最優先事項は冥王の打倒。


その障害となるものは、たとえ誰であろうと排除する。


テレサも例外ではない。


だが。


記憶の中のレオンハルトは、何もしなかった。


ただ、彼女を見送った。


(……だとすれば、これからテレサがレオンハルトにとって危険な存在になる?)


その考察は、あまりにも危険だった。


(……やはり、ピースが足りない)


結論を出せないまま、レオニスの意識が揺らぐ。


次の瞬間。


景色が切り替わった。


再び、室内。


目の前にはシャルバートが立っている。


「写本の閲覧が終わりました」


その声に、レオンハルトが顔を上げる。


だが、シャルバートの表情は明るくなかった。


「……どうした?」


「……レオンハルト」


シャルバートは、僅かに言葉を選んだ。


「良い知らせと、残念な知らせがあります」


「……」


「どちらから確認したいですか?」


レオンハルトは、迷わなかった。


「良い知らせの方を頼む」


その返答に、シャルバートが静かに目を伏せる。


レオンハルトにとって、今以上に状況を悪化させる要素など、すでに残っていない。


だからこそ。


先に知るべきなのは、良い知らせだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「では、良い知らせです」


シャルバートは、静かに口を開いた。


「写本には、力を使う方法が記されていました」


「……!」


「おそらく、アウレリアに与えた聖弓すら、問題にならないほどのものです」


その言葉に、レオンハルトは黙り込んだ。


求めていた答えだった。


冥王を傷つけることができる。


しかも、聖弓を遥かに上回る可能性がある。


ならば――。


「そして、悪い知らせです」


「……」


続く言葉は、レオンハルトの期待を冷やした。


「これを引き出すには、強大な儀式が必要です」


シャルバートは一つずつ、問題を挙げていく。


「膨大な魔法力。そして時間。言うなれば、莫大な資源が必要です」


「……」


「しかも、所々の術式に曖昧な部分があります」


それを正しく動作させるには、検証が必要だった。


「つまり……写本の情報だけでは、不完全なのです」


沈黙が落ちた。


レオンハルトは、仮面の奥で絶句していた。


力はある。


方法も記されている。


だが、それを引き出す術がない。


そして何より。


レオンハルトには、悠長に時間を費やしている余裕がなかった。


蘇った身体は、決して完全ではない。


いつまで生きていられるのかさえ分からない。


希望と絶望。


その二つが、同時に突きつけられていた。


(……しかし)


レオニスには、その先が分かっていた。


レオンハルトの未来を知っているからだ。


後の時代。


樹王となったレオンハルトは、黄金の聖剣を手にしていた。


ならば。


シャルバートの言葉には、まだ続きがある。


レオニスは、黙って待った。


「ですので……」


シャルバートが、僅かに微笑んだ。


「私も、悪あがきをしてみることにしました」


「?」


「真には迫れなくても。限りなく、それに近しいモノであれば……出来るでしょう」


レオンハルトが顔を上げる。


「それは、つまり、どういうことだ」


「レオンハルト」


シャルバートは、まっすぐ彼を見つめた。


「貴方が望むのであれば、その力を授けましょう」


「……」


答えに迷う理由などなかった。


「……考えるまでもない」


レオンハルトは、シャルバートを見つめる。


「シャルバート」


低く、揺るがぬ声だった。


「俺に、その力を授けてほしい」


シャルバートは静かに頷いた。


「……その力の名前を、〝聖剣〟」


その言葉を、確かめるように告げる。


「そして、〝聖剣〟の力を引き出す――神卸(かみおろし)」


シャルバートの瞳に、強い決意が宿った。


「その力を限定的に、貴方へ授けます」


一拍。


「私の全身全霊をもって」


こうして。


原初の勇者の時代に――。


聖剣が、顕現しようとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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