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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
182/235

旅の記録(14)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……その場合、アウレリアも同じようになるのでしょうか?」


シャルバートがエメラルダスに尋ねた。


レオンハルトの視界には、アウレリアの姿はない。


どこにいるのか。


それすら、今の彼には分からなかった。


「いいえ」


エメラルダスは静かに答える。


「アウレリアは、彼の監視者になる必要はありません」


「……それは、アウレリアには別の役目があるからでしょうか?」


(……別の役目?)


レオニスの胸に、その言葉が引っかかった。


この時代のアウレリアには、何かがある。


帝國皇帝の継承者候補。


それだけではない。


レオンハルトの記憶にいる少女には、まだ知らされていない役割が存在する。


「シャルバート」


エメラルダスが妹の名を呼ぶ。


「貴方の考えている通りです」


「……姉さん。貴方という人は……」


シャルバートの声に、隠しきれない非難が混じった。


何に対する非難なのか。


それを彼女は口にしない。


しばらく何かを堪えるように沈黙した後、シャルバートは改めて口を開いた。


「……帝國の理念について、私が責任を負いましょう」


そして、迷いなく続ける。


「魔法契約が必要ならば、それでも構いません」


魔法契約。


それは、魔法によって結ばれる絶対的な誓約だった。


定められた内容を破れば、その契約に応じた罰が下される。


その言葉を聞いたレオンハルトが、静かに口を挟んだ。


「……俺の方が、先だろう」


彼はエメラルダスを真正面から見据える。


「俺が、貴方の言う間違いを犯せば……死を」


その声音に、揺らぎはなかった。


「……そして、冥王を討った後にも死を」


(……レオンハルト)


レオニスは思わず息を呑んだ。


それは誇り高い武人の言葉というより、殉教者の誓いに近かった。


生きるために力を求めるのではない。


死ぬために、力を求めている。


それがレオニスには、ひどく危うく感じられた。


そして何より。


この男は、後に自分たちの時代で――魔王国の樹王となる存在なのだ。


「……誓約は果たされました」


エメラルダスが告げる。


「……レオンハルト。その言葉通り、冥王を討ちなさい」


「……言われるまでもない」


レオンハルトは答えた。


「俺自身のために、必ず果たす」


その言葉を聞きながら、レオニスは思った。


これが――王国に伝わる、勇者の始まりなのだ。


そう、思っていた。


だが。


レオンハルトの記憶は、まだ終わらない。


そこには、誰も知らない過去が残されていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



そして、また場面が切り替わった。


レオンハルトの記憶が、さらに先へ進んだのだ。


(……シャルバートも、アウレリアも、エメラルダスもいない)


レオニスの前に広がっているのは、これまでのような室内ではなかった。


庭園。


そう思わせる場所だった。


視界の中央には、白銀の剣がある。


レオンハルトは一人で剣を振っていた。


(……一人なのか?)


これまで常に誰かと行動していたレオンハルトにとって、珍しい場面だった。


だが、その感想はすぐに消える。


レオンハルトが剣を止めた。


そして、ゆっくりと後ろを振り返る。


「……誰だ?」


「……申し訳ありません。邪魔をするつもりはありませんでしたが」


そこに、一人の少女が立っていた。


小柄で、華奢な身体。


淡い桃色の髪。


大きな青い瞳には、どこか不安げな色が浮かんでいる。


少女はスカートの裾を軽く持ち上げ、丁寧に頭を下げた。


「テレサ・ルリ・ヴァースと申します。お見知りおきを」


「テレサ・ルリ・ヴァース?」


「はい。シャルバート姉様の異母妹です」


(……また、帝國の皇族か)


シャルバート。


アウレリア。


エメラルダス。


そして、四人目。


ヴァース帝國の皇族だった。


しかも、レオニスがこれまで見てきた皇族の中では、もっとも「皇族らしい」少女に見えた。


物語に登場する姫君。


そんな言葉が、そのまま似合う。


「シャルバート姉様のお連れの方で、間違いございませんか?」


「そういう意味なら、相違ない」


レオンハルトは剣を鞘へ戻した。


「レオンハルトと申します、テレサ様。今はシャルバート殿の客分として、身を寄せさせてもらっています」


「テレサで構いません、レオンハルト様」


「様付けは不要です。レオンハルトで構いません」


「はい。それでは、レオンハルトと呼ばせていただきます」


テレサは、少しだけ上目遣いになった。


そして、控えめに微笑む。


「レオンハルトは、冥王という異形のことをご存じと聞きましたが……事実ですか?」


「なぜ、そんなことを聞かれるのか?」


「最近、西方で異形の脅威が広がっていると聞き、案じておりました」


テレサの表情から、微笑みが消える。


「今も、いくつかの町や村が消えたと聞きます」


声には、不安が滲んでいた。


――その瞬間。


レオニスは、言葉では表せない何かを感じた。


(……何だ!?)


久しく感じていなかった。


レオンハルトの感情が、大きく乱れた。


怒りなのか。


憎悪なのか。


嫌悪なのか。


それすら判別できない。


ただ、明らかな負の感情だけが、テレサへ向けられている。


(……このお姫様に、何かあるのか?)


テレサは、どう見ても無害だった。


繊細な少女にしか見えない。


それなのに。


なぜ、レオンハルトは彼女に、これほどの感情を向けるのか。


レオニスには、理解できなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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