旅の記録(14)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……その場合、アウレリアも同じようになるのでしょうか?」
シャルバートがエメラルダスに尋ねた。
レオンハルトの視界には、アウレリアの姿はない。
どこにいるのか。
それすら、今の彼には分からなかった。
「いいえ」
エメラルダスは静かに答える。
「アウレリアは、彼の監視者になる必要はありません」
「……それは、アウレリアには別の役目があるからでしょうか?」
(……別の役目?)
レオニスの胸に、その言葉が引っかかった。
この時代のアウレリアには、何かがある。
帝國皇帝の継承者候補。
それだけではない。
レオンハルトの記憶にいる少女には、まだ知らされていない役割が存在する。
「シャルバート」
エメラルダスが妹の名を呼ぶ。
「貴方の考えている通りです」
「……姉さん。貴方という人は……」
シャルバートの声に、隠しきれない非難が混じった。
何に対する非難なのか。
それを彼女は口にしない。
しばらく何かを堪えるように沈黙した後、シャルバートは改めて口を開いた。
「……帝國の理念について、私が責任を負いましょう」
そして、迷いなく続ける。
「魔法契約が必要ならば、それでも構いません」
魔法契約。
それは、魔法によって結ばれる絶対的な誓約だった。
定められた内容を破れば、その契約に応じた罰が下される。
その言葉を聞いたレオンハルトが、静かに口を挟んだ。
「……俺の方が、先だろう」
彼はエメラルダスを真正面から見据える。
「俺が、貴方の言う間違いを犯せば……死を」
その声音に、揺らぎはなかった。
「……そして、冥王を討った後にも死を」
(……レオンハルト)
レオニスは思わず息を呑んだ。
それは誇り高い武人の言葉というより、殉教者の誓いに近かった。
生きるために力を求めるのではない。
死ぬために、力を求めている。
それがレオニスには、ひどく危うく感じられた。
そして何より。
この男は、後に自分たちの時代で――魔王国の樹王となる存在なのだ。
「……誓約は果たされました」
エメラルダスが告げる。
「……レオンハルト。その言葉通り、冥王を討ちなさい」
「……言われるまでもない」
レオンハルトは答えた。
「俺自身のために、必ず果たす」
その言葉を聞きながら、レオニスは思った。
これが――王国に伝わる、勇者の始まりなのだ。
そう、思っていた。
だが。
レオンハルトの記憶は、まだ終わらない。
そこには、誰も知らない過去が残されていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、また場面が切り替わった。
レオンハルトの記憶が、さらに先へ進んだのだ。
(……シャルバートも、アウレリアも、エメラルダスもいない)
レオニスの前に広がっているのは、これまでのような室内ではなかった。
庭園。
そう思わせる場所だった。
視界の中央には、白銀の剣がある。
レオンハルトは一人で剣を振っていた。
(……一人なのか?)
これまで常に誰かと行動していたレオンハルトにとって、珍しい場面だった。
だが、その感想はすぐに消える。
レオンハルトが剣を止めた。
そして、ゆっくりと後ろを振り返る。
「……誰だ?」
「……申し訳ありません。邪魔をするつもりはありませんでしたが」
そこに、一人の少女が立っていた。
小柄で、華奢な身体。
淡い桃色の髪。
大きな青い瞳には、どこか不安げな色が浮かんでいる。
少女はスカートの裾を軽く持ち上げ、丁寧に頭を下げた。
「テレサ・ルリ・ヴァースと申します。お見知りおきを」
「テレサ・ルリ・ヴァース?」
「はい。シャルバート姉様の異母妹です」
(……また、帝國の皇族か)
シャルバート。
アウレリア。
エメラルダス。
そして、四人目。
ヴァース帝國の皇族だった。
しかも、レオニスがこれまで見てきた皇族の中では、もっとも「皇族らしい」少女に見えた。
物語に登場する姫君。
そんな言葉が、そのまま似合う。
「シャルバート姉様のお連れの方で、間違いございませんか?」
「そういう意味なら、相違ない」
レオンハルトは剣を鞘へ戻した。
「レオンハルトと申します、テレサ様。今はシャルバート殿の客分として、身を寄せさせてもらっています」
「テレサで構いません、レオンハルト様」
「様付けは不要です。レオンハルトで構いません」
「はい。それでは、レオンハルトと呼ばせていただきます」
テレサは、少しだけ上目遣いになった。
そして、控えめに微笑む。
「レオンハルトは、冥王という異形のことをご存じと聞きましたが……事実ですか?」
「なぜ、そんなことを聞かれるのか?」
「最近、西方で異形の脅威が広がっていると聞き、案じておりました」
テレサの表情から、微笑みが消える。
「今も、いくつかの町や村が消えたと聞きます」
声には、不安が滲んでいた。
――その瞬間。
レオニスは、言葉では表せない何かを感じた。
(……何だ!?)
久しく感じていなかった。
レオンハルトの感情が、大きく乱れた。
怒りなのか。
憎悪なのか。
嫌悪なのか。
それすら判別できない。
ただ、明らかな負の感情だけが、テレサへ向けられている。
(……このお姫様に、何かあるのか?)
テレサは、どう見ても無害だった。
繊細な少女にしか見えない。
それなのに。
なぜ、レオンハルトは彼女に、これほどの感情を向けるのか。
レオニスには、理解できなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




