旅の記録(12)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
原初の勇者の記憶を、レオニスは断片的に見ていた。
話を聞くのと、実際に見るのでは、得られる情報量がまるで違う。
もしヴァルドが、原初の出来事を自ら語ってくれたとしても。
ここまで細かな光景までは知ることができなかっただろう。
だが同時に、すべてを知ることもできない。
記憶とは、その人物が見たものしか映さない。
(……もう一人のアウレリア)
レオニスの中には、あの少女への疑問が残っていた。
自分の知るアウレリアと、よく似ている。
同じ名前まで名乗っている。
それなのに、何かが違う。
だが、レオンハルトは彼女の正体を探ろうとはしなかった。
彼が求めているのは、ただ一つ。
冥王を倒すこと。
レオンハルトの背景を知れば、それも当然だった。
(……これから、何を見ることになるんだ)
(……“勇者の儀”の真実の一端とは、何なんだ……)
レオニスには、ただ見ていることしかできない。
その焦燥感が、少しずつ濃くなっていく。
やがて。
レオンハルトの見ていた光景が、切り替わった。
(……ここは、どこだ……?)
視界が狭い。
正面しか、よく見えない。
どうやら何かの仮面を被っているらしい。
おそらく、冥王によって失った顔を隠すためのものだろう。
目の前には、豪華な部屋が広がっていた。
王国の王が使う謁見の間にも似ている。
だが、その造りは遥かに高度だった。
謁見というより、重要人物との面談に使われる部屋なのだろう。
レオンハルトは、その中央で膝を床につけている。
そして、その視線の先には。
シャルバートの後ろ姿があった。
その正面。
首座に、一人の女性が座っている。
女騎士を思わせる、凛とした佇まい。
長い金髪。
白を基調とした軍服。
堂々とした姿勢。
左頬には、大きな古傷が残されていた。
女性は静かに口を開く。
「シャルバート。私に話とは、如何なることでしょう?」
「皇妃エメラルダス。現在、“冥王”を名乗る異形が西方の地に現れたことは、私からの報告でご存じでしょう」
(……皇妃)
レオニスは理解する。
この女性が、帝國皇帝の妻。
そして。
レオンハルトの記憶が、随分と先の時間まで飛んだことにも気づいた。
(シャルバートは、このエメラルダスという人物に会いに来たのか)
その理由も、おそらく一つ。
聖録の写本。
シャルバートは言っていた。
それが、帝國にあると。
(……事実だとしたら)
(勇者の儀は、帝國が発祥の地ということなのか?)
思い返せば、帝國の人間であるヴァルドも聖剣を所有している。
ならば、なぜ帝國は王国の勇者を敵視するのか。
疑問は、さらに増えていく。
(……“勇者の儀”の真実の一端を、これから見ることになる)
レオニスは、それを見なければならなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「貴方からだけではありません。“冥王”なる異形については、当然、私にも報告が届いています」
皇妃エメラルダスの声は、静かだった。
「先だってアウレリアが冥王と交戦しましたが、傷をつけるだけに留まりました」
「……」
「おそらく通常の武具では、冥王なる異形は倒せません。“聖弓”ですが、おそらく滅ぼすには至れないでしょう」
「何が言いたいのですか?」
シャルバートは、わずかに息を吸った。
「この脅威に対応するため、私に“聖録の写本”の最終章の閲覧をお許しください」
言葉が途切れる。
広間に、沈黙が落ちた。
長い沈黙だった。
やがてエメラルダスが、短く息を吐く。
「……残念ですが、許可はできません」
「……あの時は、理由を教えていただけませんでした」
シャルバートは顔を上げた。
「今回は教えていただけますか?さすがに、承服いたしかねます」
その声には、明確な覚悟があった。
今度は退かない。
それを感じ取ったのか、エメラルダスは僅かに目を細めた。
「……貴方は、“聖弓”を作った時のように、“聖録”を使い、より強大な力を生み出して対抗しようと言いたいのでしょう」
「理解していただき、恐縮です」
「わかっていないのは、貴方です」
初めて、エメラルダスの語気が強くなった。
「“聖録”を使えば、強大な力を造り出すこともできる可能性はあります」
そこで、一度言葉を切る。
「その“冥王”という、人々を苦しめる輩も排除できるかもしれません」
黒い瞳が、鋭くシャルバートを射抜いた。
「苦しんでいる人々を救う。それでは駄目だというのですか!」
「そういうことではありません!」
シャルバートの声が響く。
エメラルダスは、その言葉を遮るようには答えなかった。
ただ、静かに問いを返す。
「この地に現れる悪しき存在に対処することは、私も理解しているところです」
「では、何故ですか?」
「その悪しき存在を滅ぼした後――」
エメラルダスは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「それを上回る力を、貴方達はどうするつもりですか?」
「!?」
シャルバートの表情が止まる。
その問いは、冥王そのものよりも遠い場所を見ていた。
「悪しき存在が消えたとしても、その絶大な力が自分たちの傍にある。それは、同じことではありませんか?」
力を持つこと。
力を使うこと。
そして、力を持ったまま生き続けること。
エメラルダスが問うているのは、敵を倒せるかどうかではなかった。
その力に対して、自分たちはどのような責任を負うつもりなのか。
それを、問うていた。
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