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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
180/235

旅の記録(12)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



原初の勇者の記憶を、レオニスは断片的に見ていた。


話を聞くのと、実際に見るのでは、得られる情報量がまるで違う。


もしヴァルドが、原初の出来事を自ら語ってくれたとしても。


ここまで細かな光景までは知ることができなかっただろう。


だが同時に、すべてを知ることもできない。


記憶とは、その人物が見たものしか映さない。


(……もう一人のアウレリア)


レオニスの中には、あの少女への疑問が残っていた。


自分の知るアウレリアと、よく似ている。


同じ名前まで名乗っている。


それなのに、何かが違う。


だが、レオンハルトは彼女の正体を探ろうとはしなかった。


彼が求めているのは、ただ一つ。


冥王を倒すこと。


レオンハルトの背景を知れば、それも当然だった。


(……これから、何を見ることになるんだ)


(……“勇者の儀”の真実の一端とは、何なんだ……)


レオニスには、ただ見ていることしかできない。


その焦燥感が、少しずつ濃くなっていく。


やがて。


レオンハルトの見ていた光景が、切り替わった。


(……ここは、どこだ……?)


視界が狭い。


正面しか、よく見えない。


どうやら何かの仮面を被っているらしい。


おそらく、冥王によって失った顔を隠すためのものだろう。


目の前には、豪華な部屋が広がっていた。


王国の王が使う謁見の間にも似ている。


だが、その造りは遥かに高度だった。


謁見というより、重要人物との面談に使われる部屋なのだろう。


レオンハルトは、その中央で膝を床につけている。


そして、その視線の先には。


シャルバートの後ろ姿があった。


その正面。


首座に、一人の女性が座っている。


女騎士を思わせる、凛とした佇まい。


長い金髪。


白を基調とした軍服。


堂々とした姿勢。


左頬には、大きな古傷が残されていた。


女性は静かに口を開く。


「シャルバート。私に話とは、如何なることでしょう?」


「皇妃エメラルダス。現在、“冥王”を名乗る異形が西方の地に現れたことは、私からの報告でご存じでしょう」


(……皇妃)


レオニスは理解する。


この女性が、帝國皇帝の妻。


そして。


レオンハルトの記憶が、随分と先の時間まで飛んだことにも気づいた。


(シャルバートは、このエメラルダスという人物に会いに来たのか)


その理由も、おそらく一つ。


聖録の写本。


シャルバートは言っていた。


それが、帝國にあると。


(……事実だとしたら)


(勇者の儀は、帝國が発祥の地ということなのか?)


思い返せば、帝國の人間であるヴァルドも聖剣を所有している。


ならば、なぜ帝國は王国の勇者を敵視するのか。


疑問は、さらに増えていく。


(……“勇者の儀”の真実の一端を、これから見ることになる)


レオニスは、それを見なければならなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「貴方からだけではありません。“冥王”なる異形については、当然、私にも報告が届いています」


皇妃エメラルダスの声は、静かだった。


「先だってアウレリアが冥王と交戦しましたが、傷をつけるだけに留まりました」


「……」


「おそらく通常の武具では、冥王なる異形は倒せません。“聖弓”ですが、おそらく滅ぼすには至れないでしょう」


「何が言いたいのですか?」


シャルバートは、わずかに息を吸った。


「この脅威に対応するため、私に“聖録の写本”の最終章の閲覧をお許しください」


言葉が途切れる。


広間に、沈黙が落ちた。


長い沈黙だった。


やがてエメラルダスが、短く息を吐く。


「……残念ですが、許可はできません」


「……あの時は、理由を教えていただけませんでした」


シャルバートは顔を上げた。


「今回は教えていただけますか?さすがに、承服いたしかねます」


その声には、明確な覚悟があった。


今度は退かない。


それを感じ取ったのか、エメラルダスは僅かに目を細めた。


「……貴方は、“聖弓”を作った時のように、“聖録”を使い、より強大な力を生み出して対抗しようと言いたいのでしょう」


「理解していただき、恐縮です」


「わかっていないのは、貴方です」


初めて、エメラルダスの語気が強くなった。


「“聖録”を使えば、強大な力を造り出すこともできる可能性はあります」


そこで、一度言葉を切る。


「その“冥王”という、人々を苦しめる輩も排除できるかもしれません」


黒い瞳が、鋭くシャルバートを射抜いた。


「苦しんでいる人々を救う。それでは駄目だというのですか!」


「そういうことではありません!」


シャルバートの声が響く。


エメラルダスは、その言葉を遮るようには答えなかった。


ただ、静かに問いを返す。


「この地に現れる悪しき存在に対処することは、私も理解しているところです」


「では、何故ですか?」


「その悪しき存在を滅ぼした後――」


エメラルダスは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「それを上回る力を、貴方達はどうするつもりですか?」


「!?」


シャルバートの表情が止まる。


その問いは、冥王そのものよりも遠い場所を見ていた。


「悪しき存在が消えたとしても、その絶大な力が自分たちの傍にある。それは、同じことではありませんか?」


力を持つこと。


力を使うこと。


そして、力を持ったまま生き続けること。


エメラルダスが問うているのは、敵を倒せるかどうかではなかった。


その力に対して、自分たちはどのような責任を負うつもりなのか。


それを、問うていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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