旅の記録(11)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それは、魅力的な言葉なんだろうな……」
レオンハルトは、そこまで言って一拍を置いた。
そして、シャルバートへ問いかける。
「貴方から見て、今の俺はどう見える?」
「……」
シャルバートは答えなかった。
ただ、レオンハルトの言葉を黙って聞いている。
「この姿で、俺は生きている」
レオンハルトは自らの身体を見下ろした。
継ぎ接ぎだらけの身体。
人間としては、あまりにも不完全な姿。
「だが、いつまで生きられる……」
低い声が落ちる。
「俺には、どれほどの時間が残されているのだ……。分からないことが、恐ろしい」
それは、初めて口にした恐怖だった。
「これが神の慈悲なのか。悪魔の非情なのかは分からん」
レオンハルトは拳を握る。
「だが、一つだけ分かることがある」
奥歯を噛み締める。
「このツギハギだらけの身体は、俺に言っている」
「奴を……冥王を倒せ、と」
その声には、迷いがなかった。
「そして、俺は押し上げられたのだ」
死んだはずの身体が。
生きるはずのない肉体が。
再び立ち上がった。
「だから、戻ってこられた」
レオンハルトは静かに顔を上げる。
「先など、いらん」
その言葉は、死を恐れない者のものではなかった。
恐怖を抱えたまま、それでも前へ進む者の言葉だった。
「俺は、どうなったっていい」
脳裏に浮かぶ。
意味も分からぬまま蹂躙された人々。
愛する女性。
無二の親友。
そこで暮らしていた人々。
彼らが長い年月をかけて築いてきた生活。
そのすべてを、冥王は目の前で奪っていった。
レオンハルトは無力だった。
何も守れなかった。
今も、彼らの怨嗟の声が胸の奥から響いている。
だからこそ。
「彼らのため。そして、自分のために選ぶなら……冥王を倒せるだけの力ではない」
レオンハルトは言い切った。
「確実に葬り去る力が欲しい」
「……」
「そのために代償が必要なら、如何なることでも払う」
言葉が静寂に沈む。
それを待っていたかのように、シャルバートが口を開いた。
「……貴方が、何をもってそこまで言うのか。やはり、私には理解できません」
レオンハルトは黙って彼女を見る。
「……しかし」
シャルバートは瞑目した。
「これも、“天啓”というものでしょうね」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「私は臆病者なので、動くために理由が必要でした」
その声に、初めて明確な決意が宿った。
「聖録の写本。その最終巻を読みに――ヴァース帝國へ帰りましょう」
シャルバートの口から出たのは、決意の声だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えっ!? もう帰るの、帝國に?」
シャルバートの言葉に、目を丸くしたのはアウレリアだった。
「はい。どのみち、いつかは戻らなければなりませんでしたので」
「あたしも一緒に行くの?」
「もちろんです」
「あんまり気が進まないなぁ。留守番じゃ駄目?」
「私が帰る以上、アウレリアも帰る必要があります」
「いや、だってさ。まだ試練の途中でしょ?」
「あれも、経過を報告に行く時期です」
レオンハルトの視界に映るアウレリアは、心底嫌そうな顔をしていた。
(……このアウレリアは、帝國の関係者なのか?)
レオンハルトは疑問を覚える。
そして、もう一つ。
(……彼女は、何者なんだろう)
原初の勇者の記憶。
そこで偶然見つけた、アウレリアとよく似た少女。
しかも、同じ名前を名乗っている。
それだけでも十分に奇妙だった。
だが、レオンハルトとシャルバートが話している間、アウレリアはずっと二人の視界の外にいた。
会話にも入らない。
ただ、黙っている。
それは、レオニスの知るアウレリアにはない違和感だった。
現代のアウレリアなら。
自分が知りたいと思ったことには、相手が入ってほしくないと思っていても、問答無用で割り込んでくる。
(……単純に、興味がない話という可能性もあるが)
レオニスは、アウレリアという少女をよく知っていた。
こういう時なら、レオンハルトの事情を知れば、彼女はきっと介入する。
その証拠に。
彼女は、レオンハルトを助けている。
そんなことを考えている間にも、二人の会話は続いていた。
「アウレリア。そろそろ貴方も、自身のことを自覚なさい」
「いや、だってさ」
「だっても何もありません、アウレリア」
シャルバートは、少女を諭すように告げる。
そして。
「いえ――アウレリア・ウル・ヴァース」
「……!?」
レオニスの意識が、その名に引き寄せられた。
シャルバートは続ける。
「貴方は、帝國皇帝の継承者候補としての自覚を持ちなさい」
(……“アウレリア・ウル・ヴァース”)
レオニスは言葉を失った。
(“帝國皇帝の継承者候補”!?)
頭の中で、幾つもの疑問が重なる。
アウレリア。
王国の勇者と、よく似た少女。
それが、王国の敵対国である帝國の人間。
しかも、その最高権力者たる皇帝の候補者。
(……一体、どういうことなんだ……?)
レオニスの問いに、答えは返ってこない。
見ていたレオンハルトの記憶が、次の場面へと切り替わったからだ。
(……アウレリアが……帝國の皇帝候補……?)
レオニスは、ただ茫然とするしかなかった。
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