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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
178/235

旅の記録(10)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「それならば、原典の所在は分からないのか?」


レオンハルトが問う。


それは、当然の疑問だった。


(確かに……)


レオニスも同じことを考えていた。


(写本があるのなら、原典が存在するのは道理だ)


だが。


「どこかに存在するのでしょう」


シャルバートは静かに答えた。


「ですが、私も所在は知りません」


「……」


「そもそも、その写本ですら、どこから来たものなのか未だに謎なのです」


シャルバートの口調は淡々としていた。


まるで、当然の事実を語っているだけだった。


だが、レオンハルトには、もう一つ確認すべきことがあった。


「……シャルバート」


「はい」


「君は、八割を読んだと言っていたな?」


「……はい」


「ということは」


レオンハルトは、シャルバートを真っ直ぐ見た。


「その写本が、どこにあるのかは知っているのだな?」


道理だった。


原典の所在が分からなくても。


写本は、この世界のどこかに存在している。


そしてシャルバートは、その内容を実際に読んだ。


「では、もう一つ問いたい」


レオンハルトは続ける。


「なぜ、残りを読まなかった?」


(……レオンハルトの言う通りだ)


レオニスも、その疑問に行き着いていた。


シャルバートは「記憶しようとして目にしたものは忘れない」と言った。


そして実際に、読んだ内容を記憶している。


それなのに八割しか知らない。


自ら読むことを止めたとは考えにくい。


何か理由がある。


「君は、アウレリアに聖弓の模造品すら与えている」


「……」


「決して、自ら読むことを止めたわけではないのだな?」


「そうですね」


シャルバートは、静かに頷いた。


「あなたの指摘なさった通りです」


そして、小さく溜息をつく。


「私が止めたわけではありません」


「……では?」


「理由は単純です」


シャルバートは、少しだけ目を伏せた。


「読めなかったのです」


「読めなかった?」


「勘違いなさらないように」


シャルバートは、ゆっくりと手を上げる。


「写本は、一つではありません」


そして五本の指を立てた。


「……五冊?」


「はい」


五本の指が、静かに示される。


「写本は五冊の本に分けられています。最後の一冊は、読むことを許されませんでした」


「……」


「私が読むことができたのは、残り四冊です」


(……そういうことか)


レオニスは納得した。


八割。


それは、シャルバートの記憶能力を示す数字ではなかった。


五冊に分けられた写本。


そのうち、読めたのが四冊。


だから八割。


シャルバートは嘘をついていない。


「……では」


レオンハルトが、低く呟く。


「残り一冊があれば……」


言葉が途切れる。


だが、その先にあるものは明白だった。


冥王を打ち破る力。


それに、限りなく近づける。


その可能性が、まだ残されている。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……君の感想で良い。どのようなことが危険なのだ?」


レオンハルトの問いに、シャルバートは少しだけ沈黙した。


「……レオンハルト。聖録(クラシック)の写本は、単純な善悪という価値では量れないものです」


「……善悪では、量れない?」


「その力は、分け隔てなく万人に使うことが可能です」


シャルバートは目を伏せる。


レオニスには、その真意までは見えなかった。


ただ、強大な力だというだけなのか。


そう考えた時、シャルバートが静かに続ける。


「……私が危険だと思う部分の一つは、この力は与えられる時に対価を求めないことです」


「何?」


「試練によって力を得る。修行によって力を得る。それ自体は、当然のことだと私は考えています」


レオンハルトにとっても、それは理解できる話だった。


武人ならば、力を得るために鍛える。


命を懸けて試練に挑む。


その過程で何かを失うことさえ、覚悟の内だ。


しかし。


「危険なのは、得るために対価が不要という部分です」


「……」


「ですが、使う時には対価を求めてくる。そう解釈することもできます」


シャルバートが、レオンハルトを見る。


「これは、危険だと思いませんか?」


「……確かにな。危険な話だ」


力を得る時には、何も求められない。


だが、その力を使う時になって初めて、代償を要求される。


それは、あまりにも残酷な仕組みだった。


たとえば。


レオンハルトが冥王を倒すための力を欲したとする。


その力は、何のリスクもなく手に入る。


だが、いざ冥王を倒すために使おうとした瞬間。


途方もない代償を要求される。


そして、それを支払わなければ力は使えない。


最も必要な瞬間になって、それを知る。


それは力を得た者に、とてつもない絶望を与えるだろう。


(……ただ、この解釈には頷けない部分がある)


レオニスが知るアウレリアは、聖剣を振るうたび、そのような危険を抱えているようには見えない。


シャルバートの言葉が正しいのなら。


何度も聖剣を使っているアウレリアに、何らかのリスクの兆候が現れていても不思議ではない。


(……謎かけでもない。だが、やはり何か隠されたものがあるのか?)


聖録(クラシック)の写本。


そこには、一体何が隠されているのか。


レオニスが考える中、シャルバートは別の話を続けた。


「レオンハルト」


「……何だ?」


「貴方が求めるならば、素材さえ揃えば、時間はかかりますが――」


シャルバートは静かに告げる。


「アウレリアの“聖弓”に匹敵するものなら、与えても良いのですよ」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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