旅の記録(9)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アウレリア、あなたはそこまで話したのですか?」
「別に秘密だって、止めてなかったでしょ」
「……そうですね」
シャルバートは、諦めたように小さく息を吐いた。
どうやら、アウレリアには勝てないらしい。
「……さて、レオンハルト。あなたは、聖弓の何を知りたいのですか?」
「俺は、それが冥王にダメージを通した光景を見た」
レオンハルトは、静かに答えた。
「故に、どうすればその武器を手に入れられるのかを知りたい」
冥王を倒す。
そのためには、あの絶対的な存在に傷を与える力が必要だった。
レオンハルトにとって、聖弓はその可能性を示した唯一の武器である。
何としてでも知る必要があった。
シャルバートは答える前に、アウレリアが持つ聖弓へ視線を向けた。
「あなたの期待を裏切ることになりますが、偽りなく答えます」
静かな溜息。
「……これは、本物の聖弓ではありません」
「何!?」
レオンハルトの眉が動く。
「……これは、私が模倣して作った贋作のようなものです。本物には、おそらく及ばないでしょう」
「……」
その言葉に、レオンハルトだけではなく、レオニスも驚いた。
偽物。
目の前にある聖弓は、本物ではない。
それでも。
その偽物が、冥王へダメージを与えた。
ならば考えられる可能性は二つ。
シャルバートの技術が、それほどまでに規格外なのか。
あるいは――。
アウレリア自身が、レオニスの知るアウレリアと同等の力を持っているのか。
どちらにしても、目の前にいる二人は異常だった。
「……シャルバート」
レオンハルトが、静かに問いかける。
「君は、“模倣”したと言ったな」
「ええ」
「つまり、模倣対象となる本物が、この世界に存在しているということか?」
その問いは当然だった。
模倣するには、元となるものが必要になる。
レオニスも同じ結論に至った。
だが。
シャルバートの答えは、予想とは違っていた。
「いいえ」
シャルバートは静かに首を振る。
「存在しません」
「……どういうことだ?」
レオンハルトが問う。
その答えに、レオニスは気づいた。
(……そうだ)
自分が見ているのは、原初の勇者の記憶。
だがレオンハルトは、まだ勇者ではない。
まだ何も始まっていない。
(……つまり)
レオニスの中で、すべてが繋がった。
(“勇者の儀”は、まだ始まってすらいない)
この世界には、聖剣を勇者へ授ける姫巫女が存在しない。
ならば――。
聖弓もまた。
まだ、この世界に存在する理由そのものがない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「では、どうやって聖弓を作ったのだ?」
レオンハルトが問いかけた。
シャルバートは、しばらく黙っていた。
模倣。
そう彼女は言った。
ならば、本物が存在しなくても、何かを参考にしたはずだった。
(……そうだ)
レオニスも同じ疑問を抱く。
(それは、一体何なんだ?)
「私が使ったのは、“聖録”の写本です」
「……聖録?」
「ええ。アウレリアの聖弓は、そこで得た知識を元に作りました」
レオンハルトの表情が僅かに変わる。
「それがあれば、本物の聖弓や聖なる武器を得ることができるのか?」
「断言はできません」
シャルバートは静かに答えた。
「ですが、可能性はあります」
「それを、あなたは所持しているということか?」
「いいえ」
またしても、シャルバートは首を横に振った。
「では、どうやって作った?」
問いに対して、シャルバートは答えなかった。
代わりに、ゆっくりと自分の頭を指差す。
「参考にしたものは、ここにあります」
「……」
「私の記憶の中です」
あまりにも自然な口調だった。
まるで、それが特別なことではないかのように。
レオンハルトが目を見開く。
そして、レオニスも驚愕した。
「私は、記憶しようとして目にしたものを忘れることはありません」
それは、映像記録。
フォトグラフィック・メモリーと呼ばれる能力だった。
見たものを、そのまま記憶する。
しかし。
「ですが、それも完全ではありません」
シャルバートは淡々と続ける。
「私が記憶したものは、全体の八割程度です」
「……八割?」
「ええ」
「八割で、冥王を傷つけられるほどの力を作ったというのか?」
レオンハルトの声が、僅かに震えた。
八割。
それだけの情報しかない。
それでも、冥王に傷を与える武器を生み出せた。
ならば。
完全な知識があれば。
あるいは――。
聖録そのものがあれば。
冥王を打倒できる力を得られるのではないか。
(……もしかして)
レオニスの中で、ひとつの考えが浮かぶ。
(その“聖録”とやらに、“勇者の儀”の正体が隠されているのか?)
これまで積み重なった情報が、一本の線になりつつあった。
だが。
「期待しないようにしなさい」
「……?」
シャルバートの言葉が、その思考を止めた。
「あれは原典ではありません」
静かな声だった。
「写本です」
「……」
「故に、危険なものなのです」
シャルバートは、レオンハルトを諭すように続ける。
「私は、あれの八割を見ました」
「その結論を言うと?」
レオンハルトが問う。
シャルバートは、僅かに目を伏せた。
「おそらく――」
そして、静かに告げる。
「写本は、原典のすべてを写してはいないのです」
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