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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
176/235

旅の記録(8)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



シャルバートという名を知らないレオンハルトは、当然のように問い返した。


「誰だ、それは?」


「あたしが言うより、実際に会ってみた方が早いよ」


アウレリアは、にっと笑う。


「呼んできてあげる」


そう言い残すと、少女はレオンハルトの視界から消えていった。


扉が開く。


そして、外へ出ていく足音。


残されたレオンハルトは、静かに天井を見つめている。


だが。


その記憶を見ているレオニスの頭の中は、静かではなかった。


(……シャルバート・ウル・ヴァース)


その名前を、レオニスは知っている。


肖像画でしか、その姿を知ることのできない謎の人物。


帝国の王族。


そして――。


後の魔王国、その礎を築いた救世主。


さらに。


目の前にいる、アウレリアと酷似した少女との関係。


ここまで情報が揃えば、否応なく予測してしまう。


(……原初の勇者、レオンハルトとも繋がりが生まれる)


知らなければならないことが多すぎる。


レオニスの頭が、処理しきれない情報で埋め尽くされていく。


(……この人物のことも、知ることができるのか……)


そう思った、その時だった。


扉が開く音がした。


「おーい、レオン。入るわよ」


(……そういうのは、入る前に言う台詞だ)


思わず、レオニスは心の中で突っ込んでしまう。


それだけのことだった。


だが――。


その瞬間。


レオニスの胸に、奇妙な感覚が生まれた。


(……まるで、アウレリア本人じゃないか)


二人分の足音が近づいてくる。


先に入ってきたアウレリアが、ベッドの上のレオンハルトを覗き込んだ。


「連れて来たよ」


そして。


その隣に立つ、もう一人の人物もレオンハルトを覗き込んだ。


(……フィデリア様!?)


レオニスは息を呑んだ。


そこにいたのは――。


フィデリアに酷似した女性だった。


ただし。


レオニスの知るフィデリアより、五歳ほど年上に見える。


顔立ちも。


瞳も。


その静かな雰囲気さえも。


あまりにも似ていた。


「……本当に目を覚ましている」


「いや、ちゃんと目を覚ましたって言ったじゃない」


アウレリアが呆れたように返す。


女性は答えず、レオンハルトを観察するように見つめた。


「……貴方が、シャルバート?」


「……そうですね」


女性は小さく頷いた。


「今更ですが、はじめまして。シャルバート。シャルバート・ウル・ヴァースと申します」


「……俺は……」


「アウレリアから聞いています。レオンハルトですね」


「……ああ」


レオンハルトは、わずかに息を整える。


「レオンハルトと呼んでくれ」


「……では、私もシャルバートで良いです」


「……分かった」


シャルバートは、それ以上を語らなかった。


無表情。


静かな応答。


それだけだった。


だが。


レオニスにとっては、それだけで十分だった。


原初の勇者になるはずの男。


現在の勇者アウレリアに酷似した、アウレリアを名乗る少女。


そして――。


現在の姫巫女フィデリアに酷似した女性。


シャルバート・ウル・ヴァース。


「…………」


レオニスは、ただ唖然としていた。


目の前で重なっていく三つの存在を。


何一つ理解できないまま――。


ただ、見つめることしかできなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……シャルバートが、俺を助けてくれたのか?」


「……助けた、という表現には少し語弊があります。レオンハルト。あなたは、偶然助かった。そう表現した方が正しいでしょう」


「……?」


「アウレリアは、まだ話していないようですね」


シャルバートはそう言うと、レオンハルトの視界から姿を消した。


そして、しばらくして戻ってくる。


その手には、一枚の鏡があった。


「あなたは、生きていること自体が不思議な状態です」


そう告げて、シャルバートは鏡をレオンハルトへ向けた。


「!?」


鏡に映ったのは、確かにレオンハルトだった。


だが。


そこに映っていたのは、彼が知っている自分の顔ではない。


皮膚はほとんど失われていた。


頬の肉は焼け落ち、ところどころから骨が覗いている。


頭髪は完全に燃え尽きていた。


まぶたすら残っておらず、眼球だけが剥き出しになっている。


生者の顔とは、とても呼べない。


まるで、死体から無理やり命を引き戻したアンデッド。


「これが、俺の今の貌か」


レオンハルトは、鏡を見つめた。


驚きはなかった。


冥王に全身を焼かれた。


その記憶だけは、はっきりと残っている。


五体満足で済んでいるはずがない。


「……無様な男としては、似合いの姿だ」


自嘲するような言葉だった。


それでも、その声には動揺がない。


「これだけの損傷に痛みがないということは……感覚も失ったのか?」


「いいえ。痛覚遮断の魔法を使っています」


シャルバートは淡々と答える。


「効果がなくなれば、激痛に耐えることは難しいでしょう」


「そうか」


レオンハルトは、わずかに頷いた。


「痛みは感じられるのか。ありがたいな」


「……」


シャルバートは黙った。


「普通ではありませんね」


「何がだ?」


「そこまで冷静に、この状況を受け入れることです」


その言葉にも、レオンハルトは表情を変えなかった。


「ついでに教えてくれ。俺は、どうして助かった?」


そして、鏡に映った自分を見ながら続ける。


「普通の方法ではあるまい?」


「ええ」


シャルバートは静かに答えた。


「あなたの肉体で欠損した部分は、比較的損傷の少なかった死体から提供していただきました」


「……死体から?」


「それでも蘇生する可能性は、限りなくゼロに近かった。私なら、失敗する方に賭けるでしょう」


「なるほど」


レオンハルトは、わずかに笑った。


「俺は、ツギハギのパッチワークで蘇ったわけか」


その言葉に、シャルバートが目を細める。


「感謝する」


「……?」


「文字通り、俺は生き返った死体と言っていい」


レオンハルトは鏡から目を離した。


「ならば、失うことへの恐怖からは解放される」


「……」


シャルバートは鏡を静かにしまった。


「これを見て感謝されるとは、思っていませんでした」


「些末なことだ」


レオンハルトは、シャルバートを見る。


今の彼に必要なのは、自分の姿を嘆くことではない。


死体から与えられた肉体でもいい。


人間ではない姿でもいい。


まだ動く。


まだ考えられる。


そして――まだ戦える。


「教えてくれ」


鋭い黒い眼が、シャルバートを捉えた。


「アウレリアの聖弓の話を」


レオンハルトに残されたものは、たった一つだった。


冥王を倒す。


その方法を手に入れる。


それだけだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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