旅の記録(7)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(アウレリア!?どういうことだ!?)
レオニスは叫びたかった。
目の前にいる少女は、確かにアウレリアと名乗った。
だが、これはレオンハルトの記憶。
レオニス自身が問いかけることはできない。
ただ見ているしかない。
その事実が、ひどくもどかしかった。
そんな中でも、レオンハルトは目の前の少女が何者なのかを問わなかった。
まだ、思考が定まっていない。
ただ一つ。
自分が生きている理由だけを求める。
「……なぜ、俺は……生きている……?」
レオンハルトの脳裏に、最後の光景が蘇る。
冥王を撃ち抜いた、遠くから飛来した光。
それが最後の記憶だった。
「冥王は……どうなった……」
「あの蝶の翅みたいなのが生えた奴のことなら、どっかに飛んでいったわよ」
「……奴も、生きている……のか」
「たぶんね」
少女はあっさりと答えた。
レオンハルトは、再び目を閉じようとした。
だが――閉じることができない。
眠ることすら、許されない。
身体は動かない。
剣を握ることもできない。
そして何より――。
何もできなかった。
文字通り。
すべてを失った。
最愛の女性。
リオネーラ。
最高の親友。
セレグナス。
そして――。
自分自身の矜持さえも。
レオンハルトの奥歯が、ぎりりと鳴った。
「……俺は、すべてに誓う!」
動かない身体。
それでも声だけは、止まらなかった。
「冥王は、俺が必ず滅ぼす!」
憎悪に満ちた言葉ではない。
それは、己自身へ叩きつける誓いだった。
「だが、今は駄目だ!」
「俺には力がない!」
「あいつとの差が、あり過ぎる!」
「それでは……誓いが果たせない!」
一度、言葉を切る。
そして。
「だが、見ていろ……先の未来を!」
「必ず奴を倒す術を見つける!」
「そして――必ず誓いを果たす!」
それは、破ってはならない誓約。
自らに課した、禁忌とも呼べる決意だった。
死に限りなく近づいたレオンハルトという存在を、それでも現世へ繋ぎ止める。
冥王を倒す、その時まで。
死ぬことすら許さない。
その道を、レオンハルトは自ら選んだ。
「……アウレリアと言ったな」
「一つ、問いたい」
「何?」
「俺の命を救ったのは、君か?」
「ああ、それ?」
少女は、当然のことのように答えた。
「あの場で動いていた人間は、あんた一人だったからね」
「まだ生きている人間を、捨て置けないでしょ」
その言葉に、レオンハルトは目を細めた。
「では……あの時、冥王を攻撃したのも君か?」
目覚める前の記憶。
あの光が幻でなければ。
冥王は確かに、その一撃に苦しんでいた。
「まぁ、そうね」
少女は、あっさりと認める。
「あたしがやった」
その瞬間。
レオンハルトは確信した。
――冥王を倒す力は、この世界に存在する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そういや、あんたの名前は?」
少女が尋ねる。
「……レオンハルト」
「じゃあ、あんたは――レオンだね」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
レオニスは、思わず息を呑んだ。
(……レオン……?)
偶然。
そう考えることもできる。
だが、レオニスは知っていた。
アウレリアは、人の名前を短く呼ぶことがある。
グラーディスを「グラディ」。
イシュリアンを「リアン」。
本人の許可など気にすることもなく、親しげな呼び方へ変えてしまう。
目の前の少女も、同じだった。
(……こんな偶然が、本当にあるのか……)
(どういう因果なんだ……)
レオニスには、このアウレリアの過去が分からない。
何者なのかも。
なぜ、ここにいるのかも。
それでも、レオンハルトは一つの疑問を抱いていた。
「アウレリア」
「うん?」
「君の使った力は、一体何だ?」
「どのようにして身に着けた?」
レオンハルトは、アウレリアの力を疑っていた。
長い修練を積んだ。
戦士として、己を鍛え抜いた。
自分こそが最強の戦士である。
そう信じていた。
――今となっては、その自信は粉々に砕かれている。
それでも。
目の前の少女が、自分より強い戦士には見えなかった。
「どうやって、冥王に攻撃したんだ?」
「ああ、これだよ」
アウレリアは、傍らに置いていたものを手に取った。
そして、レオンハルトへ差し出す。
「……弓?」
それは、レオンハルトが見たこともない弓だった。
白と銀を基調とした本体。
そこへ青と金の装飾が施されている。
武器としての機能だけを求めた形ではない。
複雑でありながら、どこか神聖さすら感じさせる。
「『聖弓』というらしいよ」
「……どうやって手に入れたんだ?」
「手に入れたというか、貸してもらってる」
「貸してもらっている?」
「うん」
「……俺にも使えるのか?」
「無理だろうね」
アウレリアは、あっさりと言った。
「あたしにしか使えないって言ってたから」
断言だった。
(……聖剣ではないのか?)
レオニスの時代に、聖弓という武器は存在しない。
聖剣。
聖槍。
聖盾。
聖杖。
それらとは別に、新たな聖なる武器が存在している。
(……これが同種のものだというのなら)
(この時代にも、姫巫女フィデリアに相当する人物がいることになる)
疑問は、さらに増えていく。
「貸してもらっていると言ったが……誰からだ?」
「誰が、こんな武器を作れるというのだ?」
レオンハルトの問い。
それは、そのままレオニスが知りたい問いでもあった。
(そうだ……)
(その人物は、一体誰だ?)
「うーん」
アウレリアは少し考える。
「作ったかどうかは知らないけど、その人の名前は……」
一拍。
少女は、少しだけもったいぶるように間を置いた。
そして――。
「シャルバート様」
「…………」
レオニスの思考が止まった。
(まさか……その名前は!?)
シャルバート・ウル・ヴァース。
それは――。
これより遥かな未来。
魔王国の宗主と定められることになる人物の名だった。
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