旅の記録(4)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――神明決闘が始まった。
開始の声が響いた瞬間だった。
レオンハルトと対戦者が、同時に踏み込む。
互いの剣が正面から激突した。
ガァンッ!
激しい金属音が響き、火花が弾ける。
「「……!?」」
初撃。
それだけで、互いの力量が伝わった。
レオンハルトは兜の奥で目を見開く。
重い。
速い。
そして何より――この剣筋を知っている。
――まさか。
お前……。
対戦者も、同じことを察した。
兜で顔は見えない。
声も聞こえない。
それでも分かる。
この剣を振るう人間を、レオンハルトは一人しか知らなかった。
――セレグナス……。
身を案じていた親友。
行方不明になったはずの男が、今、自分の前にいる。
しかも敵として。
「……!」
レオンハルトは距離を詰めた。
逃がさないためではない。
確かめるためだった。
剣と剣が激突する。
鍔が噛み合う。
互いの身体が、ほとんど触れ合うほどの超接近戦。
「聞こえるか、セレグナス!」
兜越しに叫ぶ。
「俺だ!レオンハルトだ!」
返事はない。
代わりに、セレグナスの剣が押し込まれた。
「っ……!」
レオンハルトは受け流す。
次の一撃。
さらに一撃。
間髪入れず、刃が迫る。
「セレグナス!」
レオンハルトは叫びながら、必死に剣を受け続けた。
強い。
間違いなく強い。
だが――。
違う。
レオンハルトの知るセレグナスの剣ではなかった。
そこにあるのは、敵を倒すための剣ではない。
敵を殺すためだけの剣。
迷いもない。
躊躇もない。
ただ、冷たい殺意だけが込められている。
「やめろ――っ!」
レオンハルトの声が震える。
「セレグナスッ!」
それでも、刃は止まらない。
「刃を向ける相手は、俺ではないはずだ!」
叫ぶ。
だが、返答はない。
レオンハルトは防戦を強いられていた。
「何故、俺と戦う!?」
斬撃を受ける。
弾く。
踏み込まれる。
また受ける。
「何故、領主に従う!」
セレグナスの剣が、さらに速くなる。
「お前には、そんな理由はないはずだ!」
必死の言葉。
しかし、届かない。
「それとも……操られているのか!」
レオンハルトは叫んだ。
「お前ほどの男が、誰かに操られているのか!?」
返答は――。
ない。
ただ、剣だけが返ってくる。
「操られているならば――」
レオンハルトは歯を食いしばった。
「正気に戻れ――っ!」
それでも。
セレグナスは止まらなかった。
冷たい殺意を宿した刃が、再びレオンハルトへ迫る。
防ぐ。
弾く。
受ける。
それでも押し切られる。
最強の戦士であるはずのレオンハルトが、追い詰められていく。
信じていた親友との決闘は――。
いつしか、予想もしなかった窮地へと変わっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
互いの剣撃が、正面からぶつかった。
轟音。
レオンハルトの身体が大きく弾かれる。
踏みとどまろうとした足が、地面を削った。
それでも倒れない。
片膝をつくところまで追い込まれながら、レオンハルトは剣を支えにして、かろうじて身体を起こした。
――まずい。
今、戦闘不能と判断されたら終わる。
この神明決闘では、それがそのまま敗北を意味する。
だが。
レオンハルトの視界に、一人の女性が映った。
リオネーラ。
彼女は両手を胸の前で組み、必死に祈っている。
いつもの落ち着いた姿ではない。
顔には明らかな動揺が浮かんでいた。
唇が震えている。
「……リオ……ネーラ」
その声が届くはずはない。
それでも、レオンハルトには彼女の声が聞こえた気がした。
――勝って、レオンハルト。
――お願い。
そう言われた。
だからこそ、彼はこの決闘を受けた。
この女性を守るために。
そして、この戦いが終わったなら。
伝えるつもりだった。
自分の気持ちを。
リオネーラが、レオンハルトにとって最も大切な女性であることを。
「……お願いよ……」
祈るリオネーラの姿を見つめ、レオンハルトは剣の柄を強く握りしめた。
そして、顔を上げる。
「……セレグナスを使えば、俺が怯むとでも思ったか?」
向けた言葉は、目の前の男にではなかった。
その背後にいる者たちへ向けたものだった。
「だが……俺にも、どうしても負けるわけにはいかない理由がある!」
レオンハルトは立ち上がる。
そして、目の前の男を真っすぐに見据えた。
「……たとえ……」
呼吸が整っていく。
雑念が消える。
恐怖も。
迷いも。
ただ一つだけが残った。
守るべきもの。
そのためなら。
「……たとえ、セレグナスを斬り裂いてでも――」
レオンハルトは剣を掲げた。
「……俺は、その先に進む――」
覚悟を決めた。
その瞬間だった。
――俺は、守るために斬る……。
その言葉の重さが、レオニスにも伝わってくる。
レオンハルトは、友を斬る覚悟を決めた。
リオネーラを守るために。
そして、己の信じる正義を貫くために。
――レオンハルト。
どこかで、リオネーラの声が響いた。
――それでも、あなたは……。
二人が同時に構える。
次の一撃。
互いに、それが最後の一撃になると理解していた。
周囲を埋めていた観衆たちも、二人の間に流れる異様な気配を感じ取った。
歓声が小さくなる。
やがて、完全に消えた。
静寂。
その中で、レオンハルトは自分の血が滾るのを感じていた。
この強敵と戦う。
それは、戦士として生きる者にとって、今生の誉れだった。
その感情もまた、偽りではない。
友を斬る悲しみ。
愛する者を守る決意。
そして、強敵と剣を交える歓喜。
それらすべてを抱えたまま。
戦士として強さを求める者の、度し難い本能。
レオンハルトの魂が。
その瞬間、ひときわ大きく吠えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




