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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
172/235

旅の記録(4)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



――神明決闘が始まった。


開始の声が響いた瞬間だった。


レオンハルトと対戦者が、同時に踏み込む。


互いの剣が正面から激突した。


ガァンッ!


激しい金属音が響き、火花が弾ける。


「「……!?」」


初撃。


それだけで、互いの力量が伝わった。


レオンハルトは兜の奥で目を見開く。


重い。


速い。


そして何より――この剣筋を知っている。


――まさか。


お前……。


対戦者も、同じことを察した。


兜で顔は見えない。


声も聞こえない。


それでも分かる。


この剣を振るう人間を、レオンハルトは一人しか知らなかった。


――セレグナス……。


身を案じていた親友。


行方不明になったはずの男が、今、自分の前にいる。


しかも敵として。


「……!」


レオンハルトは距離を詰めた。


逃がさないためではない。


確かめるためだった。


剣と剣が激突する。


鍔が噛み合う。


互いの身体が、ほとんど触れ合うほどの超接近戦。


「聞こえるか、セレグナス!」


兜越しに叫ぶ。


「俺だ!レオンハルトだ!」


返事はない。


代わりに、セレグナスの剣が押し込まれた。


「っ……!」


レオンハルトは受け流す。


次の一撃。


さらに一撃。


間髪入れず、刃が迫る。


「セレグナス!」


レオンハルトは叫びながら、必死に剣を受け続けた。


強い。


間違いなく強い。


だが――。


違う。


レオンハルトの知るセレグナスの剣ではなかった。


そこにあるのは、敵を倒すための剣ではない。


敵を殺すためだけの剣。


迷いもない。


躊躇もない。


ただ、冷たい殺意だけが込められている。


「やめろ――っ!」


レオンハルトの声が震える。


「セレグナスッ!」


それでも、刃は止まらない。


「刃を向ける相手は、俺ではないはずだ!」


叫ぶ。


だが、返答はない。


レオンハルトは防戦を強いられていた。


「何故、俺と戦う!?」


斬撃を受ける。


弾く。


踏み込まれる。


また受ける。


「何故、領主に従う!」


セレグナスの剣が、さらに速くなる。


「お前には、そんな理由はないはずだ!」


必死の言葉。


しかし、届かない。


「それとも……操られているのか!」


レオンハルトは叫んだ。


「お前ほどの男が、誰かに操られているのか!?」


返答は――。


ない。


ただ、剣だけが返ってくる。


「操られているならば――」


レオンハルトは歯を食いしばった。


「正気に戻れ――っ!」


それでも。


セレグナスは止まらなかった。


冷たい殺意を宿した刃が、再びレオンハルトへ迫る。


防ぐ。


弾く。


受ける。


それでも押し切られる。


最強の戦士であるはずのレオンハルトが、追い詰められていく。


信じていた親友との決闘は――。


いつしか、予想もしなかった窮地へと変わっていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



互いの剣撃が、正面からぶつかった。


轟音。


レオンハルトの身体が大きく弾かれる。


踏みとどまろうとした足が、地面を削った。


それでも倒れない。


片膝をつくところまで追い込まれながら、レオンハルトは剣を支えにして、かろうじて身体を起こした。


――まずい。


今、戦闘不能と判断されたら終わる。


この神明決闘では、それがそのまま敗北を意味する。


だが。


レオンハルトの視界に、一人の女性が映った。


リオネーラ。


彼女は両手を胸の前で組み、必死に祈っている。


いつもの落ち着いた姿ではない。


顔には明らかな動揺が浮かんでいた。


唇が震えている。


「……リオ……ネーラ」


その声が届くはずはない。


それでも、レオンハルトには彼女の声が聞こえた気がした。


――勝って、レオンハルト。


――お願い。


そう言われた。


だからこそ、彼はこの決闘を受けた。


この女性を守るために。


そして、この戦いが終わったなら。


伝えるつもりだった。


自分の気持ちを。


リオネーラが、レオンハルトにとって最も大切な女性であることを。


「……お願いよ……」


祈るリオネーラの姿を見つめ、レオンハルトは剣の柄を強く握りしめた。


そして、顔を上げる。


「……セレグナスを使えば、俺が怯むとでも思ったか?」


向けた言葉は、目の前の男にではなかった。


その背後にいる者たちへ向けたものだった。


「だが……俺にも、どうしても負けるわけにはいかない理由がある!」


レオンハルトは立ち上がる。


そして、目の前の男を真っすぐに見据えた。


「……たとえ……」


呼吸が整っていく。


雑念が消える。


恐怖も。


迷いも。


ただ一つだけが残った。


守るべきもの。


そのためなら。


「……たとえ、セレグナスを斬り裂いてでも――」


レオンハルトは剣を掲げた。


「……俺は、その先に進む――」


覚悟を決めた。


その瞬間だった。


――俺は、守るために斬る……。


その言葉の重さが、レオニスにも伝わってくる。


レオンハルトは、友を斬る覚悟を決めた。


リオネーラを守るために。


そして、己の信じる正義を貫くために。


――レオンハルト。


どこかで、リオネーラの声が響いた。


――それでも、あなたは……。


二人が同時に構える。


次の一撃。


互いに、それが最後の一撃になると理解していた。


周囲を埋めていた観衆たちも、二人の間に流れる異様な気配を感じ取った。


歓声が小さくなる。


やがて、完全に消えた。


静寂。


その中で、レオンハルトは自分の血が滾るのを感じていた。


この強敵と戦う。


それは、戦士として生きる者にとって、今生の誉れだった。


その感情もまた、偽りではない。


友を斬る悲しみ。


愛する者を守る決意。


そして、強敵と剣を交える歓喜。


それらすべてを抱えたまま。


戦士として強さを求める者の、度し難い本能。


レオンハルトの魂が。


その瞬間、ひときわ大きく吠えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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