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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
171/235

旅の記録(3)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



謂れのない監禁だった。


レオンハルトは、薄暗い牢の中で膝を抱えていた。


――俺は、どうなるんだ……。


すでに、二度。


太陽が沈んでいる。


食事は運ばれてきた。


だが、それに手をつけることはできなかった。


毒を盛られている可能性がある。


そんな状況で、無警戒に口へ運ぶことなどできない。


空腹だけが、少しずつ身体を蝕んでいく。


「誰もいないのか!」


レオンハルトの声が、牢の中に響いた。


返事はない。


しばらくして。


外が、にわかに騒がしくなった。


足音が近づいてくる。


やがて、牢の前で止まった。


「……レオンハルト……」


「リオネーラ!?」


レオンハルトは顔を上げた。


そこに立っていたのは、深くフードを被ったリオネーラだった。


その隣にも、同じように顔を隠した人物がいる。


「……ごめんなさい。こんなことになって……」


「なぜ、君が謝る?」


レオンハルトは立ち上がった。


「いや、そんなことはいい。それより、今何が起こっているんだ!」


抑えていた感情が、一気に溢れた。


「君は、俺に力を貸して欲しいと言った。あれが、今の状況と関係があるのか!」


「……ええ」


リオネーラは頷いた。


そして、声を落とす。


「少しだけ。声を小さくして」


「……わかった」


リオネーラは周囲を確認してから、静かに話し始めた。


事の発端は、この街を統治する領主の不穏な動きだった。


結界の力が弱まったこと。


魔物が増えたこと。


それらも偶然ではない可能性がある。


「……証拠はあるのか?」


「今は、まだ不足しているわ」


リオネーラは苦しそうに目を伏せた。


「でも、領主様が先手を打ってきたの」


「何?」


「領主様は、父である大神官に逆に断罪を仕掛けたのよ」


「……そんなことがあったのか」


レオンハルトは項垂れた。


状況が、ようやく見え始めていた。


その時だった。


「そうだ、レオンハルトよ」


「……!」


聞き慣れた声。


「大神官様!?」


レオンハルトが顔を上げる。


隣にいた人物が、ゆっくりとフードを外した。


現れたのは、この街の大神官だった。


「時期が時期だけに、お前にいらぬ疑いをかけた。お前を領主の間者だと思ったのだ。許せ」


「はっ。私は、疑いさえ晴れば良いのです」


レオンハルトは静かに答えた。


「今、我々は窮地に立っている。このままでは手遅れになる」


「はい」


「そこで、お前の力を借りたい」


「私の力……?」


レオンハルトが怪訝そうに眉を寄せる。


その隣で、リオネーラが口を開いた。


「レオンハルト。あなたには――」


そこで、一度だけ息を吸う。


「“神明決闘”に出て欲しいの」


――■■■■■■■■■■■■■■。


まただった。


レオニスには、その声だけが聞こえない。


レオンハルトの胸の内に何が生まれたのか。


何を恐れ、何を決意したのか。


その答えだけが、霧の向こうに隠されている。


レオンハルトと景色を共有するレオニスでさえ、この先に何が待っているのかを予想することはできなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……神明決闘?」


レオンハルトには聞き覚えのない言葉だった。


大神官が語った内容は、単純なものだった。


当事者同士が神の前で決闘する。


そして、神が正しいと認めた者に勝利を与える。


この場合の当事者は、領主と大神官。


だが、本人が戦う必要はない。


互いに代理人を立てることも認められている。


「神は正しい者に味方をする。神が味方をした方が必ず勝つ。古き時代から続く、決着の方法だ」


大神官は静かに説明した。


「そして、レオンハルト。あなたは最強の戦士。私たちがこの状況を覆すには、これしかないの」


リオネーラが言葉を引き継ぐ。


「レオンハルトが出てくれば、領主に勝つ方法はない。彼は、神明決闘では負ける」


「……受けなければ、自分の非を認めることになる、ということか」


レオンハルトの言葉に、リオネーラが頷いた。


「そうよ。だからこそ、あなたを試したの」


大神官が続ける。


「お前が領主と繋がっていない。その証拠が欲しかった」


――それなら、最初から打ち明けてくれても良かったのだが。


(まったくだ。同意するよ)


レオニスは、レオンハルトに心底同情した。


「しかし、それならば最初からセレグナスに伝えていただければ、私も迷うことなく協力――」


レオンハルトが言い終える前だった。


二人の表情に、暗い影が落ちた。


「……レオンハルト」


リオネーラの声が震える。


「セレグナスは、行方不明なの」


「な!?」


「領主様の調査を行うと言って、そのまま……」


「何故だ!」


レオンハルトの声が牢に響く。


「そんな大事なことを、黙っていたのか!」


「違うわ!」


リオネーラが顔を上げる。


「セレグナスに口止めされたの。レオンハルトには話すなって!」


その目には、涙が浮かんでいた。


それを見た瞬間、レオンハルトは自分の言葉を後悔した。


「……いや」


声が静かになる。


「セレグナスのことだ。心配はいらん」


レオンハルトは、迷いなく言った。


「奴は、俺でも簡単には勝てない強者だからな」


――そうだ。


セレグナスが死ぬはずがない。


(大神官に比べて、随分と信じているんだな)


その感情は、レオンハルトの記憶を共有するレオニスにも伝わった。


疑いのない信頼だった。


「受けてくれるか、レオンハルトよ」


「はい」


迷いはなかった。


レオンハルトはリオネーラにも頷いてみせる。


こうして、神明決闘の準備が始まった。


彼らは予想していた。


レオンハルトが代理人として出れば、領主は決闘を避ける。


それほどまでに、レオンハルトは強い。


だが――。


領主は、神明決闘を了承した。


予想とは、まったく違う答えだった。


何故、受けたのか。


何を勝算としているのか。


その謎を残したまま、レオンハルトは戦いへ挑むことになる。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



そして――。


神明決闘の日が訪れた。


「これより、神明決闘を執り行います」


決闘場に、審議官の声が響く。


「この決闘で敗北した陣営は、素直に己の罪を認めること」


静かな宣言だった。


観覧席には、領主側と大神官側の人々が並んでいる。


誰もが息を潜めていた。


「ルールは一対一」


「勝敗の判断は、審議官が行います」


「この決闘は、神の御前において己の潔白を示すものです」


審議官が、両陣営を見渡す。


「つまり、決着は死。あるいは意識を失い、審議官が戦闘続行不能と判断した場合も敗北となります」


ざわめきが起きた。


だが、すぐに消える。


誰もが理解していた。


これは儀式であると同時に、本物の決闘なのだ。


レオンハルトは兜の隙間から、正面に立つ対戦者を見ていた。


決闘に使われる武器は、双方とも同じものが用意されている。


公平性を保つためだ。


そして今回は、双方が代理人を立てている。


そのため、代理人は密閉式の兜を着用していた。


互いの素顔は分からない。


二人とも白銀の甲冑を身につけている。


違いは、装甲に入った色だけ。


レオンハルト側には青。


対戦者側には赤。


それだけだった。


――だが。


レオンハルトは感じ取っていた。


目の前にいる男は、ただの代理人ではない。


立ち方。


剣を持つ位置。


重心。


呼吸。


どれも隙がない。


相当な実力者だった。


「両者、神の前へ」


審議官の声が響く。


レオンハルトと対戦者は、同時に歩き出した。


そして、神を祀る祭壇の前で片膝をつく。


「両者への最後の確認です」


「互いの身の潔白を証明するため、正々堂々とした決闘を」


「そして、如何なる結果となっても、それは神の御心によるもの」


審議官は二人を見つめる。


「神の定めた結果を遵守することを誓いますか?」


次に、当事者である領主と大神官へ視線を向ける。


「誓う」


大神官が答える。


領主も同じ言葉を返した。


そして二人の代理人は、沈黙したまま一度だけ頷いた。


「では、代理人は定位置へ」


「そして、運命を共にする者たちは観覧席へ」


二人が立ち上がる。


レオンハルトは決闘場へ戻った。


剣を抜く。


鋭い銀色の刃が、陽光を反射した。


――恨みはない。


だが、俺も負けるわけにはいかない。


静かに剣を構える。


相手も同じように構えた。


互いの顔は見えない。


それでも、敵意だけははっきりと感じられた。


「それでは――」


審議官が手を上げる。


「始め!」


声が決闘場に響き渡った。


その瞬間。


レオンハルトは踏み込んだ。


だが――。


レオンハルト自身は、まだ知ることができなかった。


――■■■■■■■■■■■■■■。


(また聞こえない……)


レオニスは息を呑む。


これまでにも何度か聞いた、途切れた声。


その先に何があるのか。


なぜ聞こえないのか。


それすら、分からない。


ただ一つだけ。


レオニスには、この先に待つ結末だけが見えていた。


レオンハルトの決まってしまった未来を。


これから、自分は見ることになる。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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