旅の記録(2)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
報告を終えた部下が退室すると、レオンハルトは机の上に置かれた報告書へ目を落とした。
今回の戦闘による死者はゼロ。
だが、負傷者は数名。
その中には、重傷者も含まれている。
「……やはり、増えている」
魔物の数だけではない。
凶暴性も、確実に増している。
前月と比較すれば、増加率は五パーセント程度。
一月単位で見れば、誤差と呼べる範囲だ。
だが。
半年で見れば、話は変わる。
以前は百匹程度だった出現数が、今では百三十匹近くまで増えている。
三割近い増加。
親衛隊が討伐へ出る回数も、明らかに増えていた。
以前なら、負傷する隊員など稀だった。
今では違う。
出動するたびに、誰かが傷を負って帰ってくる。
「このまま進めば……二年も経てば、今年の三倍近い魔物が出現する」
呟きながら、レオンハルトは拳を握った。
――セレグナスには、静観してくれと言われた。
だが。
(確かに、この状況は静観すべきではないだろう)
レオニスにも、それは理解できた。
レオンハルトは迷っている。
それでも、状況そのものを正確に見ようとしていた。
少なくとも。
目の前の異変から目を逸らす人物ではない。
やがて、景色が変わった。
そこは家の中だった。
おそらく、レオンハルトの自室。
机に向かい、彼は一人で考え込んでいる。
――早めに原因を究明しなければならない。
セレグナスと会い、上に掛け合うべきではないか。
そんな考えが浮かんだ、その時だった。
「レオンハルト、いるかしら?」
「ああ。入ってくれ」
扉が開く。
入ってきたのは、深くフードを被った女性だった。
レオンハルトが扉を閉める。
すると女性は、ようやくフードを外した。
淡い金髪が、静かに零れる。
――リオネーラ。
だが、その姿にも変化があった。
(また……時間が経っているのか)
レオニスがそう考える間にも、二人の会話は続いていく。
「どうした?こんな遅くに」
「……話があるの」
リオネーラの表情は硬かった。
彼女が口にしたのは、自分の父親。
大神官の、不穏な動きについてだった。
「レオンハルトも気づいているのでしょう。最近の異変を……」
「それは……」
レオンハルトが言葉を濁す。
「わかってる」
リオネーラは静かに言った。
「セレグナスに口止めされているんでしょう?」
その言葉が、レオンハルトの胸を刺した。
沈黙。
だが次の瞬間。
リオネーラの口元が、僅かに緩んだ。
「あなたは、昔から分かりやすいから……」
「……嵌めたのか、俺を」
「そうよ」
リオネーラは微笑んだ。
けれど、その瞳は真剣だった。
「でも、そんなレオンハルトだから信じられる」
そして。
まっすぐに彼を見つめる。
「お願い。私に力を貸して」
――俺は、判断を間違えた。
その声だけが。
レオニスの胸へ、深く沈んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
また、場面が変わった。
レオンハルトの視線の先にあったのは、何段か高い位置に設けられた席だった。
そこに、この街の大神官が座っている。
その前に、レオンハルトは立っていた。
「……大神官様。報告がございます」
告げられたのは、最近になって増加している魔物についてだった。
街の周辺に張られた結界。
それによって、本来なら魔物の接近は稀なはずだった。
だが、出現数は増えている。
討伐に向かった親衛隊にも、負傷者が出始めていた。
それは間違いのない事実だった。
――■■■■■■■■■■■■。
「……つきましては、対応のため、兵力の増強と装備の強化をお願いしたく参上しました」
「……レオンハルト。その報告は事実か?」
大神官の声は静かだった。
(……何だ?)
レオニスには、レオンハルトが何を考えているのか分からなかった。
いつものように強い感情が流れ込んでくることもない。
「……はい。残念ですが、事実です」
「……そうか」
大神官はしばらく考える素振りを見せた。
そして、問いかける。
「結界が弱まっているというが、お前は直接調査したのか?」
「いえ。大神官様に許可をいただければ、さらに調査を進めたいと考えております」
レオンハルトは真っ直ぐに答えた。
「民に被害が出る前に、原因を究明し、被害を食い止めたいと考えます」
(正論だ)
レオニスにも、それは分かった。
レオンハルトが間違った判断をしているようには見えない。
「ああ、分かった。レオンハルト」
大神官は、そう答えた。
だが。
次の瞬間、その右手がゆっくりと上がった。
「これは、極めて繊細な問題だ。そのことを理解しておるか?」
「……と、おっしゃいますと?」
「隠し事はするな。事実を話せと言っている」
その言葉に、レオンハルトの心音が大きく響いた。
「申し訳ありません、大神官様。私には、その質問の意味が理解できません」
レオンハルトの声に、嘘はなかった。
(……まさか、二人のことでは?)
レオニスの中に、そんな考えが浮かぶ。
だが、確証はない。
「あくまで、真実を話さんというのか?」
「恐れながら、大神官様のおっしゃる真実とは、如何なることでしょうか?」
レオンハルトは、本当に分からなかった。
だからこそ、大神官の次の言葉は唐突だった。
「レオンハルト」
「はい」
「お主を親衛隊隊長に任命したのは私だ」
「……はい。その通りであります」
「……私は、お主を信じたかった」
大神官は、深く息を吐いた。
「……レオンハルト。しばらくの間、お主の親衛隊隊長の任を解く」
「な……何故!?」
「衛兵よ」
大神官は、レオンハルトを見なかった。
「レオンハルトを、しばらく拘束せよ」
「お待ちください!」
レオンハルトが声を上げる。
だが、衛兵たちは動いた。
剣を抜くことすらない。
ただ、淡々と彼の両脇を固める。
(……馬鹿な)
レオンハルトの心に、初めて明確な動揺が生まれた。
(何故、こんなことに……)
理由は告げられなかった。
罪状すら、知らされなかった。
それでも。
レオンハルトは牢へと連れて行かれた。
何も理解できないまま。
ただ、理不尽だけが残された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




