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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
勇者の旅編
169/235

旅の記録(1)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



(……ここは、どこだ)


レオニスの目の前には、見知らぬ街が広がっていた。


王都ほどではない。


しかし、その規模は地方の大都市と呼んでも差し支えない。


石造りの建物が並び、人々が行き交っている。


商人の声。


子供たちの笑い声。


街を歩く兵士たち。


――平和な街だった。


だが、レオニスは自分の意思で周囲を見渡すことができない。


身体がない。


声も出せない。


ただ、そこにある光景を見せられている。


(……追憶と言っていた)


(これは、原初の勇者が見ていた記憶なのか?)


その時だった。


「……また、さぼっているのか」


少し呆れたような声が聞こえた。


「なぁに。今の世の中は平和そのものだろ」


声を返した男が、街路の端に静かに立っている。


「見回りも、それほど急ぐ必要はなかろう」


長い黒髪。


背中へ流れる、柔らかな髪。


ゆったりとした黒衣が、細身の身体を包んでいる。


顔立ちは端正だった。


男性らしい骨格を持ちながら、不思議なほど中性的な美しさがある。


その瞳に宿るのは、戦士の鋭さではない。


静かな知性だった。


――セレグナス。


(……彼が、セレグナス)


その瞬間。


レオニスの中へ、知らない感情が流れ込んできた。


――親友。


(……今のは、心の声?)


常に聞こえるわけではない。


強く揺れた感情だけが、断片的に伝わってくる。


「……良くはあるまい」


セレグナスは、芝居がかった仕草で肩をすくめた。


「仮にもお前は親衛隊隊長なのだからな、レオンハルト」


(……レオンハルト)


その名を聞いて、レオニスは息を呑んだ。


(これが……原初の勇者の名前か)


「……さすが、神官長セレグナスの説教はもっともだ」


レオンハルトは苦笑した。


黒を基調とした甲冑。


長身の身体。


腰には剣がある。


見るからに鍛え上げられた戦士だった。


しかし。


その表情は、英雄と呼ばれる男のものには見えない。


ただ、友人に説教されて困っている男だった。


「……レオンハルト」


その時。


二人の背後から、別の声がした。


レオンハルトが振り返る。


そこに立っていたのは、一人の女性だった。


淡い金髪。


長く伸ばされた髪を後ろへまとめている。


白を基調とした古風な魔術衣装。


胸元や腰には紫の装飾が施され、その一つ一つに古い術式が刻まれている。


美しい女性だった。


そして、その姿を見た瞬間。


また、感情が流れ込んできた。


――昔から綺麗だった。


――ますます、綺麗になった。


(……リオネーラ)


名前が、自然と理解できた。


「レオンハルト、あなたも親衛隊長になったのですから」


リオネーラは静かに告げる。


「部下の模範となるようにしませんと」


「あ、いや。それは……」


「流石の親衛隊長も、幼馴染の言葉には逆らえんか」


セレグナスが笑う。


リオネーラも微笑む。


レオンハルトも、仕方なさそうに笑った。


三人の間に流れる空気は穏やかだった。


特別な英雄には見えない。


特別な神官にも見えない。


ただ、昔から共に過ごしてきた三人の人間だった。


レオニスは、その光景を見つめる。


そして思う。


――この時間が。


この三人にとって、最も幸せな時間だった。


それを。


この時の彼らは、まだ知らない。


やがて。


レオンハルトの心に、わずかな影が差した。


笑顔は変わらない。


言葉も変わらない。


それでも。


その奥にある感情だけが、少しずつ暗くなっていく。


レオニスには、それがはっきりと感じられた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオンハルトは、公務に追われていた。


親衛隊隊長としての仕事は多い。


街の治安維持。

巡回。

そして、街の近くにごく稀に現れる魔物の討伐。


この日もまた、数匹の魔物を討ち果たしたところだった。


「隊長!すべての掃討、完了しました!」


「わかった。ご苦労。後の処理は後続に伝えるよう、伝令を頼む」


「了解しました!」


部下が駆けていく。


レオンハルトは、その場に残された魔物の死骸へ視線を落とした。


「……確かに最近、頻度が徐々に増えているな」


この街の周辺は、結界によって守られている。


本来なら、魔物が街の近くまで現れること自体が珍しい。


「……その割には、最近、街の近くで魔物が発見される報告がある」


偶然。


そう片づけるには、少しずつ数が増えている。


「……一度、セレグナスに相談してみるか……」


そう呟いた直後だった。


――俺は、間違っていたのだろうか。


「……?」


レオンハルトの心の中に浮かんだ言葉だった。


(……何を考えているんだ?)


レオニスには理解できなかった。


何を見せられているのか。


なぜ、この記憶を見ているのか。


その答えは、まだ与えられていなかった。


そして。


景色が切り替わる。


次に広がったのは、賑やかな酒場だった。


その一角で、レオンハルトとセレグナスが酒を飲み交わしている。


(……セレグナスの容姿が、少し変わっている?)


長い黒髪。


端正な顔立ち。


だが、以前に見た姿とは僅かに違う。


時間が経っている。


それだけは、レオニスにも理解できた。


二人は軽く近況を語り合っていた。


やがて、レオンハルトが口を開く。


最近、魔物が増えていること。


結界の周囲で異変が起きていること。


その話を聞いた瞬間。


セレグナスの目が、鋭くなった。


ほんの一瞬だった。


彼は周囲を見回す。


そして。


テーブルを指で二度、叩いた。


(……何かの合図か?)


レオンハルトの視線が、テーブルへ向く。


「さあ。そんなことは聞いたことがないな」


セレグナスは、何事もなかったように答えた。


その直後。


テーブルに置いた指が、静かに動く。


(……指文字?)


レオニスは気づいた。


二人は幼馴染だった。


秘密の会話をするとき、幼いころから指文字を使っていた。


二人だけで改造を重ねた、独自のもの。


第三者には、まず解読できない。


「そうなのか?神殿では、そのような報告はないな」


「そうか。少し俺が過敏に反応しすぎたか」


表面上は、ただの会話。


しかし。


(……周囲に監視がいる?)


(……会話が聞かれている?)


レオニスは息を呑む。


何が起きている。


なぜ、この二人は普通に話せないのか。


レオンハルトは表情を変えない。


不自然さを、一切見せない。


「レオンハルトは酒が入ると、慎重になるからな」


「そう言うなよ」


二人は笑う。


その笑顔すら、どこか不自然だった。


そして、再び指が動く。


(……もう少し調査したい?)


(……少し静観して欲しい?)


レオンハルトは、それを受け取った。


「そうだな。リオネーラも今度誘って、久しぶりに三人で食事でもしよう」


「そうだな」


セレグナスが頷く。


レオンハルトも、静かに頷き返した。


――俺は、判断を間違えた。


その言葉だけが。


最後まで消えなかった。


そこに込められていたのは、後悔。


強く。


深く。


取り返しのつかないほどの後悔だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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