最後の質問
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(……迫ることは出来る……)
レオニスは、最後の質問を決めた。
これまでの二つとは違う。
直接、真実を尋ねるものではない。
だが。
もし、この質問に意味があるのなら。
これまで考えてきた推論を、一つ先へ進めることが出来る。
(……小賢しい知恵で思いついた、最も確信に近づくための答え……)
危険な賭けだった。
そして。
残された質問は、もうない。
額から汗が流れ落ちる。
目の前にいる男は、変わらず静かだった。
レオニスの命など、ヴァルドにとっては簡単に奪える。
だからこそ。
この場で命を賭けると言葉にすることには、意味があった。
「……最後の質問です……」
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
これは、ほとんど反則に近い質問だった。
提示された条件を利用しながら、その外側を突こうとしている。
だが。
通れば。
自分にとって、これ以上ない札になる。
「命の対価を払えば、勇者の儀の真実に迫れますか!」
レオニスは、ヴァルドを見返した。
(……命を差し出すなら、真実を勝ち取る……)
一瞬。
ヴァルドの金色の瞳が、わずかに細められた。
「……確かに」
静かな声だった。
「その質問に答える回答は、事前に提示していなかったな」
沈黙ではない。
だが。
肯定でも、否定でもなかった。
レオニスは眉を寄せる。
ヴァルドは少しだけ考えるように目を伏せた。
「あえて言うなら」
そして。
「私には、わからない……だ」
「……?」
予想していなかった答えだった。
ヴァルドほどの存在ならば、知らないことなどない。
少なくとも。
レオニスは、そう考えていた。
「物事は多面的だ」
ヴァルドは言った。
「真実は、一つとは限らない」
その声は静かだった。
「ある場面だけを切り取れば、それは真実に見えるだろう」
「だが、それだけで全てを知ったことにはならない」
ヴァルドの視線が、遠くへ向けられる。
そこにいたのは。
誰にも届かない場所から全てを見下ろす超越者ではなかった。
むしろ。
過去を知り。
そして、その過去を振り返っている一人の人間のようにも見えた。
「約束を破る代わりに」
ヴァルドは再び、レオニスを見る。
「私が、君に札を一枚見せよう」
レオニスの表情が変わる。
「真実の全てではない」
「一端の内容を教えよう」
「……内容は……」
「儀式の始まりに関することだ」
空気が張り詰める。
ヴァルドは、今度はレオニスを試していた。
「君が、それを知るために命を払う価値があると判断したのなら」
一拍。
「コールしたまえ」
ヴァルドの声に、感情はなかった。
だが。
だからこそ、その言葉は重かった。
「賭け金は、君の命だ」
そう告げる。
レオニスの前へと、その真実に迫るためのカードを晒した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(……“勇者の儀”のはじまり……)
レオニスは、目の前に置かれたカードを見つめた。
その価値は、想像していた以上に大きい。
“勇者の儀”。
王国では、幾度となく行われてきた儀式。
王も、教皇も、それを王国の宿願と語っていた。
だがレオニスが調べた王国の記録には、その儀式が何のためにはじまったのかを示す記述はなかった。
聖導師であるイシュリアンですら、その起源を知らない。
ならば“勇者の儀”が、何のためにはじまったのか。
それを知ることができれば。
自分たちが向かおうとしている場所に、どんな意味があるのか。
誰も知らない到着点に、何が待っているのか。
その答えに近づける。
まるで、目の前に置かれた魅惑の果実だった。
――命を対価にしてでも、手を伸ばす価値がある。
レオニスは、そう判断した。
だが同時に、どうしても理解できないことがあった。
ヴァルドは、それほどのことを知っている。
それにもかかわらず。
“勇者の儀”が達成されることを望んでいるのかという問いには、肯定もしなかった。
否定もしなかった。
どちらでもない。
(……この人は、何者なんだ……)
レオニスは、改めてヴァルドを見る。
“勇者の儀”のはじまりを知っている。
その事実だけで十分だった。
もし、これまで聞いたヴァルドの言葉がすべて真実なら。
彼は“勇者の儀”が生まれた、その時から何らかの形で関わっている。
その可能性が、レオニスの中で現実味を帯びていく。
手が震えた。
手だけではない。
全身が震えている。
大地を踏んでいるはずなのに、その感覚すら曖昧になっていく。
それでも逃げるつもりはなかった。
自棄になったわけでもない。
レオニスには、ひとつの確信があった。
だからこそ。
震える唇を開く。
「……コールします」
乾ききった喉から、どうにか声を絞り出した。
ヴァルドは、静かに頷いた。
「よかろう。君の覚悟を受け取った」
そして。
ゆっくりと、人差し指をレオニスへ向ける。
「君には、君たちが“勇者の儀”と呼んでいるものの、はじまりを体験してもらう」
「た、体験……?」
予想していなかった言葉に、レオニスは目を見開いた。
「原初の勇者と、君たちが呼んでいる存在の追憶だ」
ヴァルドの黄金の瞳が、静かにレオニスを捉える。
「それを自身の目で見て、考えてみるといい」
「それが、真実の一端となりうる」
それが。
レオニスが意識できた、最後の言葉だった。
次の瞬間。
世界が消えた。
視界は白く染まり。
レオニスの意識は、まったく別の場所へと引き込まれていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




