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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
167/235

……対価は

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……対価は、命」


レオニスは、知らず喉を鳴らしていた。


冗談ではない。


それだけは理解できた。


目の前に立つ男は、ヴァルド。


先ほどまでフィデリアと戦い、そして彼女を圧倒していた男だ。


もしここでレオニスが拒めばどうなるのか。


逆に受け入れたなら、本当に命を失うのか。


それすら、レオニスには分からない。


ただ一つだけ。


戦って逃げる、という選択肢だけは存在しなかった。


自分では、この男に指一本触れられない。


抵抗する間もなく殺される。


それが現実だった。


ヴァルドの黄金の瞳が、静かにレオニスを見下ろしている。


その目には怒りもない。


脅しを楽しんでいる様子もなかった。


だからこそ、恐ろしかった。


「ならば、その前に私の質問に答えてください!」


思わず声を張り上げた。


少しだけ。


本当に少しだけ、声が震えていた。


「強欲だな。真実を知りたいのではないのか?」


「賭けるものが命であれば、慎重になることは人間として間違っていません!」


言い切った。


精一杯の強がりだった。


正直なところ、どうすればいいのか分からない。


逃げたい。


怖い。


命を差し出すなど、誰だって嫌に決まっている。


それでも。


ここを逃せば、二度と真実に近づけない。


そんな予感がしていた。


「なるほど。道理だ」


ヴァルドはあっさりと頷いた。


そして右手を上げる。


三本の指。


「三つだけ質問を許そう」


レオニスの表情が変わった。


「ただし、答えは『はい』か『いいえ』で済む質問だけだ」


「……答えられない質問に対しては?」


「沈黙で返す」


ヴァルドは淡々と続ける。


「質問を使ったことには変わらない」


厳しい条件だった。


しかし、悪い条件ではない。


「その三つが終わった後、決断するといい」


「あなたは、どうするのですか?」


「それは質問として答えるものかな」


「……いえ」


レオニスは口を閉ざした。


考える。


使える質問は三つ。


無駄にはできない。


ヴァルドが嘘をつくとは思えなかった。


少なくとも、自分のような人間を騙すために、この男が策を弄する必要はない。


そして。


答えられない質問には沈黙する。


つまり、聞いてはならないこと。


あるいは、答えられないことが存在する。


それもまた、一つの答えになる。


ならば。


一つ目は決まっていた。


真実を知る前に。


まず確かめなければならないことがある。


レオニスは眠るフィデリアを見た。


そして、ヴァルドへと向き直る。


「……あなたは」


一度、息を吸う。


「フィデリア様の敵ですか?」


これで、一つ。


レオニスは最初の質問を使った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオニスの一つ目の質問に、ヴァルドは答えなかった。


沈黙。


それだけだった。


否定もない。


肯定もない。


ただ、金色の瞳が静かにレオニスを見ている。


(……やはり、そうなったか)


ヴァルドは約束していた。


答えられない質問には、沈黙で返すと。


つまり今の沈黙は、答えそのものだった。


ヴァルドはフィデリアの敵ではない。


だが、味方でもない。


少なくとも、そう簡単に割り切れる立場ではない。


レオニスは小さく息を吐いた。


ある程度は予測していた。


樹王との戦い。


あの時、フィデリアは明らかに異常な力を見せた。


そしてヴァルドは、彼女を止めた。


だが、殺すこともなかった。


傷つけることすら避けていたように見えた。


(フィデリア様を排除することが目的なら、あんな戦い方をする必要はない)


ヴァルドならば、もっと簡単な方法があったはずだ。


圧倒的な力を持つ男だ。


あの程度の戦いで、本当に苦戦していたとは考えにくい。


それでも、フィデリアを無傷で制圧した。


つまり。


彼女を守る必要があった。


しかし同時に、止めなければならなかった。


(……フィデリア様の味方でありながら、敵として立ちはだかる必要があった)


そんな立場が存在するのか。


レオニスには、まだ分からない。


ただ、一つだけ考えられることがあった。


(……ヴァルドは、“勇者の儀”を外側から見ている)


参加者ではない。


しかし、完全な部外者でもない。


儀式そのものを理解し。


必要な時だけ、介入する。


そんな存在。


もちろん、それは推測に過ぎない。


だからこそ、次の質問が必要だった。


「……次の質問をします」


レオニスはヴァルドを見た。


「あなたは、“勇者の儀”が達成されることを望んでいますか?」


再び。


沈黙。


ヴァルドは答えなかった。


(……これも、か)


レオニスの表情がわずかに強張る。


これで二つ目。


ヴァルドは“勇者の儀”の達成を望んでいない。


だが、妨害することも望んでいない。


少なくとも、答えはそのどちらでもなかった。


(……どういうことだ)


予想が少し崩れる。


レオニスは、ヴァルドが儀式に関わる協力者のような存在だと考えていた。


その考え自体は、まだ捨てられない。


ヴァルドは明らかに多くを知っている。


フィデリアすら知らないことを。


そして必要な時には現れ、状況へ介入する。


ならば。


“勇者の儀”を成就させることが目的なのではないか。


そう考えるのが自然だった。


だが、違った。


(もし達成だけを目的にしているなら……もっと積極的に動くはずだ)


ヴァルドには、それだけの力がある。


知識もある。


ならば、自ら勇者たちを導けばいい。


障害が現れれば排除し。


必要な力が足りなければ与えればいい。


それだけで、儀式はより確実に進むはずだった。


しかし、ヴァルドはそうしない。


必要な時だけ現れる。


それ以外では、傍観している。


(……やはり、積極的に介入できない理由がある?)


見えない制約。


あるいは、越えてはならない境界。


そんなものが存在するのかもしれない。


だがレオニスはそこで、ゆっくりと首を横に振った。


(……駄目だ)


根拠が足りない。


推測の上に、さらに推測を重ねている。


このまま考え続けても、答えには辿り着かない。


残された質問は、一つ。


それを無駄にすることはできなかった。


レオニスは大きく息を吸う。


そして、ゆっくりと吐き出した。


(……残りは一回)


何を聞くべきか。


ヴァルドの正体か。


フィデリアの正体か。


それとも、“勇者の儀”そのものか。


すべてを知ることはできない。


だからこそ。


この一つで、最も核心に近づかなければならない。


レオニスはヴァルドを見据えた。


そして。


最後の質問をするために、口を開いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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