……対価は
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……対価は、命」
レオニスは、知らず喉を鳴らしていた。
冗談ではない。
それだけは理解できた。
目の前に立つ男は、ヴァルド。
先ほどまでフィデリアと戦い、そして彼女を圧倒していた男だ。
もしここでレオニスが拒めばどうなるのか。
逆に受け入れたなら、本当に命を失うのか。
それすら、レオニスには分からない。
ただ一つだけ。
戦って逃げる、という選択肢だけは存在しなかった。
自分では、この男に指一本触れられない。
抵抗する間もなく殺される。
それが現実だった。
ヴァルドの黄金の瞳が、静かにレオニスを見下ろしている。
その目には怒りもない。
脅しを楽しんでいる様子もなかった。
だからこそ、恐ろしかった。
「ならば、その前に私の質問に答えてください!」
思わず声を張り上げた。
少しだけ。
本当に少しだけ、声が震えていた。
「強欲だな。真実を知りたいのではないのか?」
「賭けるものが命であれば、慎重になることは人間として間違っていません!」
言い切った。
精一杯の強がりだった。
正直なところ、どうすればいいのか分からない。
逃げたい。
怖い。
命を差し出すなど、誰だって嫌に決まっている。
それでも。
ここを逃せば、二度と真実に近づけない。
そんな予感がしていた。
「なるほど。道理だ」
ヴァルドはあっさりと頷いた。
そして右手を上げる。
三本の指。
「三つだけ質問を許そう」
レオニスの表情が変わった。
「ただし、答えは『はい』か『いいえ』で済む質問だけだ」
「……答えられない質問に対しては?」
「沈黙で返す」
ヴァルドは淡々と続ける。
「質問を使ったことには変わらない」
厳しい条件だった。
しかし、悪い条件ではない。
「その三つが終わった後、決断するといい」
「あなたは、どうするのですか?」
「それは質問として答えるものかな」
「……いえ」
レオニスは口を閉ざした。
考える。
使える質問は三つ。
無駄にはできない。
ヴァルドが嘘をつくとは思えなかった。
少なくとも、自分のような人間を騙すために、この男が策を弄する必要はない。
そして。
答えられない質問には沈黙する。
つまり、聞いてはならないこと。
あるいは、答えられないことが存在する。
それもまた、一つの答えになる。
ならば。
一つ目は決まっていた。
真実を知る前に。
まず確かめなければならないことがある。
レオニスは眠るフィデリアを見た。
そして、ヴァルドへと向き直る。
「……あなたは」
一度、息を吸う。
「フィデリア様の敵ですか?」
これで、一つ。
レオニスは最初の質問を使った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオニスの一つ目の質問に、ヴァルドは答えなかった。
沈黙。
それだけだった。
否定もない。
肯定もない。
ただ、金色の瞳が静かにレオニスを見ている。
(……やはり、そうなったか)
ヴァルドは約束していた。
答えられない質問には、沈黙で返すと。
つまり今の沈黙は、答えそのものだった。
ヴァルドはフィデリアの敵ではない。
だが、味方でもない。
少なくとも、そう簡単に割り切れる立場ではない。
レオニスは小さく息を吐いた。
ある程度は予測していた。
樹王との戦い。
あの時、フィデリアは明らかに異常な力を見せた。
そしてヴァルドは、彼女を止めた。
だが、殺すこともなかった。
傷つけることすら避けていたように見えた。
(フィデリア様を排除することが目的なら、あんな戦い方をする必要はない)
ヴァルドならば、もっと簡単な方法があったはずだ。
圧倒的な力を持つ男だ。
あの程度の戦いで、本当に苦戦していたとは考えにくい。
それでも、フィデリアを無傷で制圧した。
つまり。
彼女を守る必要があった。
しかし同時に、止めなければならなかった。
(……フィデリア様の味方でありながら、敵として立ちはだかる必要があった)
そんな立場が存在するのか。
レオニスには、まだ分からない。
ただ、一つだけ考えられることがあった。
(……ヴァルドは、“勇者の儀”を外側から見ている)
参加者ではない。
しかし、完全な部外者でもない。
儀式そのものを理解し。
必要な時だけ、介入する。
そんな存在。
もちろん、それは推測に過ぎない。
だからこそ、次の質問が必要だった。
「……次の質問をします」
レオニスはヴァルドを見た。
「あなたは、“勇者の儀”が達成されることを望んでいますか?」
再び。
沈黙。
ヴァルドは答えなかった。
(……これも、か)
レオニスの表情がわずかに強張る。
これで二つ目。
ヴァルドは“勇者の儀”の達成を望んでいない。
だが、妨害することも望んでいない。
少なくとも、答えはそのどちらでもなかった。
(……どういうことだ)
予想が少し崩れる。
レオニスは、ヴァルドが儀式に関わる協力者のような存在だと考えていた。
その考え自体は、まだ捨てられない。
ヴァルドは明らかに多くを知っている。
フィデリアすら知らないことを。
そして必要な時には現れ、状況へ介入する。
ならば。
“勇者の儀”を成就させることが目的なのではないか。
そう考えるのが自然だった。
だが、違った。
(もし達成だけを目的にしているなら……もっと積極的に動くはずだ)
ヴァルドには、それだけの力がある。
知識もある。
ならば、自ら勇者たちを導けばいい。
障害が現れれば排除し。
必要な力が足りなければ与えればいい。
それだけで、儀式はより確実に進むはずだった。
しかし、ヴァルドはそうしない。
必要な時だけ現れる。
それ以外では、傍観している。
(……やはり、積極的に介入できない理由がある?)
見えない制約。
あるいは、越えてはならない境界。
そんなものが存在するのかもしれない。
だがレオニスはそこで、ゆっくりと首を横に振った。
(……駄目だ)
根拠が足りない。
推測の上に、さらに推測を重ねている。
このまま考え続けても、答えには辿り着かない。
残された質問は、一つ。
それを無駄にすることはできなかった。
レオニスは大きく息を吸う。
そして、ゆっくりと吐き出した。
(……残りは一回)
何を聞くべきか。
ヴァルドの正体か。
フィデリアの正体か。
それとも、“勇者の儀”そのものか。
すべてを知ることはできない。
だからこそ。
この一つで、最も核心に近づかなければならない。
レオニスはヴァルドを見据えた。
そして。
最後の質問をするために、口を開いた。
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