払う覚悟はあるか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「教えてください」
静かな声だった。
フィデリアは、まっすぐにヴァルドを見ている。
「なぜ、私を助けてくれたのですか?」
(……そこは、確かに気になる)
レオニスも、二人を見比べながら思った。
この男は知っている。
王国の神官たちよりも。
導き手であるフィデリアよりも。
そして、おそらく勇者の儀に関わる誰よりも、その全容に近い場所にいる。
そんな予感があった。
ヴァルドは、すぐには答えなかった。
湖面を渡る風だけが、三人の間を抜けていく。
やがて黄金色の瞳が、フィデリアへと向けられた。
「裁定者フィデリア」
低く、静かな声だった。
「お前は、大きな勘違いをしている」
フィデリアの眉が、わずかに動く。
「私が救ったのは、お前ではない」
「なっ……!?」
思わず声を上げたのはフィデリアだった。
(何だって!?)
レオニスも、内心で驚く。
だが次の瞬間には、別の考えが浮かんでいた。
(……確かに)
冷静に振り返れば違和感は、最初からあった。
もしヴァルドがフィデリアを救うために現れたのなら最も適切なタイミングは、いつだったのか。
答えは明白だった。
樹王の聖剣が、フィデリアを貫こうとした時だ。
あの瞬間ならフィデリアを守ることができた。
そして、樹王を倒すこともできたはずだった。
実際にヴァルドは樹王を圧倒したフィデリアすら、苦もなく抑え込んでみせた。
ならば樹王そのものを倒せなかったはずがない。
しかし、現実は違った。
ヴァルドが介入したのは。
樹王が倒される寸前だった。
フィデリアが、あの巨大な存在を完全に破壊しようとした時。
その瞬間にだけヴァルドは動いた。
ならば彼が救おうとしたものは――。
「あなたは……」
フィデリアが息を呑む。
「樹王を救うために、介入してきたのですか!」
「そうだ」
ヴァルドは、あっさりと肯定した。
レオニスは思わず、湖の向こうを見た。
そこには。
戦いによって傷つきながらも、なお大地に根を張る大樹があった。
あれを守るために?
「あれは不完全だ」
ヴァルドは言った。
「危うく、脆い」
その声には、嘲りもなかった。
ただ事実だけを述べている。
「だが」
黄金の瞳が、大樹へと向けられる。
「まだ、この力は大地に住む人々に必要だ」
「壊されるわけにはいかん」
「故に、守っただけだ」
フィデリアもまた、ヴァルドと同じ方向を見た。
「……ようやく理解しました」
その声は静かだった。
「あなたは、選定の力を守るついでに……私の手助けをしてくれたのですね」
ヴァルドは否定しなかった。
フィデリアは大樹を見つめたまま、続ける。
「あれは……」
その青い瞳が、わずかに揺れる。
「彼らの言う、原初の勇者に授けられた――」
一度、言葉が止まった。
そして。
「“聖剣”なのですね」
静寂が落ちた。
レオニスは、大樹を見た。
大地に根を張る巨大な存在。
圧倒的な力を持ち。
勇者一行を、まるで寄せつけなかった存在。
その正体が。
まさか。
「……聖剣?」
思わず、その言葉が口からこぼれた。
フィデリアの口から語られた答え。
それは。
誰も予想していなかったものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっと待ってください、フィデリア様」
レオニスは、さすがに冷静ではいられなかった。
湖の向こう。
天を貫くように伸びる、あの巨大な樹。
その正体が。
アウレリアの持つ聖剣と、同じものだという。
フィデリアの言葉であっても、すぐに受け入れることはできなかった。
確かに、樹王が原初の勇者であるという話は、すでに聞いている。
実際に戦った樹王も、人間とは呼べない存在だった。
それでも。
その姿には、かろうじて人の形があった。
だが目の前にある超弩級の大樹が。
あの樹王の持っていた聖剣そのものだと言われても、さすがに話が飛躍しすぎている。
「レオニス、それは……」
そこで。
フィデリアの声が、不意に途切れた。
「……?」
レオニスは眉を寄せる。
フィデリアは、何かを言いかけたまま動かなかった。
その表情には、珍しく戸惑いが浮かんでいる。
まるで言葉を続けようとしているのに、それができないようだった。
「フィデリアは、君に話すことはできない」
静かな声が割って入った。
ヴァルドだった。
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ」
ヴァルドは、フィデリアを見る。
金色の瞳に浮かんでいたものを、レオニスはすぐには理解できなかった。
だが、それは敵を見る目ではなかった。
どこか同情にも似ていた。
「忠告しておく」
ヴァルドは続ける。
「君は、フィデリアの真実を知ってはならない」
「……納得できるわけありません」
思わず、声が強くなった。
フィデリアが何者なのか。
なぜ死んだはずの彼女が蘇ったのか。
そして、なぜ彼女自身が、自分について知らないことがあるのか。
その答えが目の前にあるのなら。
何も知らずに引き下がることなど、できるはずがなかった。
「そうだろうな」
ヴァルドは否定しなかった。
その直後だった。
フィデリアの身体が、ふらりと揺れた。
「フィデリア様?」
一歩。
彼女の身体が前へ傾く。
倒れる。
そう思った瞬間には、ヴァルドがその身体を受け止めていた。
「フィデリア様!?」
「心配ない」
ヴァルドは、腕の中の少女を見下ろす。
「眠っただけだ」
「眠った……?」
「私の言葉を、彼女が知ることがないようにな」
レオニスは言葉を失った。
眠らされた。
そういうことなのだろう。
しかし。
なぜそこまでして。
「君が真実の一端を知りたいのなら」
ヴァルドが顔を上げた。
「教えてもいい」
その瞳が、まっすぐにレオニスを捉える。
試している。
そう感じた。
何を。
なぜ。
それは分からない。
ただ、ここで答えを間違えれば、何かが決定的に変わる。
そんな予感だけがあった。
「ただし」
ヴァルドは、静かに告げる。
「対価は、君の命だ」
空気が止まった。
「君に」
一瞬の沈黙。
「払う覚悟はあるか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




