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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
165/236

予期せぬ介入者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



激しい金属音が、禁奈備の湖畔に響き渡った。


キィン――という甲高い音。


次の瞬間。


黄金の聖剣が宙を舞った。


レオニスの目の前で、投擲された聖剣は大きな放物線を描く。


そして。


――ザブン。


湖の中へと落ち、そのまま深く沈んでいった。


「……」


フィデリアは、聖剣を投げた姿勢のまま動かない。


一方の樹王も。


片足だけで、湖面に立っていた。


両者の間。


そこに、一人の男が立っている。


(……まさか)


レオニスは、言葉を失った。


フィデリアの投擲。


先ほどまで、あの樹王すら防ぐことのできなかった一撃。


それを横から割って入り、弾き飛ばした者がいた。


男の右手には、漆黒の刀身の聖剣。


光を吸い込むような黒い刃が、静かに湖面を映している。


「ヴァルド様!?」


思わず、レオニスは叫んだ。


いるはずがない。


いや。


この場所にいるなど、考えたことすらなかった人物だった。


帝國最強の男。


ヴァルド。


長い銀髪を後ろへ流した男は、何事もなかったかのように立っていた。


そして。


傷だらけの樹王を背に庇うように、フィデリアの前へ立ち塞がる。


「もうよせ、裁定者」


静かな声だった。


「この戦いに意味はない。終わりだ」


まるで最初から、この場に何が起きるか知っていたかのような口調だった。


ヴァルドは、わずかに顔を横へ向ける。


その先には樹王がいた。


「お前もだ。この場は私に任せて、役目に戻れ」


樹王は動かない。


しばらく、ヴァルドを見つめていた。


やがて。


ゆっくりと頷くような動作をする。


そして、現れた時と同じように。


その身体が湖の中へ沈んでいった。


「……!」


フィデリアの腕が動いた。


逃がさない。


そう言っているようだった。


再び、聖剣を投げる。


その直前。


ヴァルドの手が、フィデリアの腕を掴んだ。


「――!」


止められた。


フィデリアは振り払おうとする。


だがヴァルドの腕は、まったく動かない。


(なんて……強さだ)


レオニスは息を呑んだ。


樹王を一方的に破壊していたフィデリア。


その攻撃を。


ヴァルドは、発動する前に止めている。


フィデリアはなおも抵抗した。


掴まれた腕を引く。


身体を捻る。


それでも、外れない。


「八つ当たりをしたいのであれば」


ヴァルドは、淡々と言った。


「私が相手をしよう」


次の瞬間。


フィデリアの身体が宙に浮いた。


「――っ」


ヴァルドは、まるで重さなど感じていないかのように。


その小さな身体を、無造作に空高く放り投げる。


フィデリアの赤いマントが大きく翻った。


そしてヴァルドは。


手にしていた漆黒の聖剣を、ゆっくりと腰の鞘へ戻した。


カチリ。


小さな音。


それだけだった。


まるで。


フィデリアを相手にするために、聖剣など必要ない。


そう言っているようにも見えた。


空中でフィデリアの身体が止まる。


落ちない。


赤いマントを風に揺らしながら、ヴァルドを見下ろしている。


対するヴァルドは、ただ一人。


湖畔に立っていた。


「かかってこい」


低く。


ヴァルドは、フィデリアに告げた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオニスの前で、ヴァルドとフィデリアの戦いが始まった。


だが、それは先ほどまでの戦いとはまるで違っていた。


勇者一行と樹王。


そして、樹王とフィデリア。


どちらも、ただ相手を打ち倒すための戦いだった。


しかし今、目の前で繰り広げられているものは違う。


まるで、美しい舞踏を見せられているようだった。


周囲には音楽など流れていない。


それでもレオニスには、どこからともなく雄大な音楽が聞こえてくるような気がした。


フィデリアが腕を振るう。


ヴァルドは避けない。


その腕を柔らかく受け止めた。


次の瞬間。


フィデリアの身体が、ふわりと横へ流れる。


まるで差し出された手を取った相手を、そのまま自然に導くように。


二人の距離が近づく。


「その程度か」


静かな声だった。


ヴァルドはフィデリアの身体を導くように腕を動かす。


すると、少女の身体がくるりと回った。


戦闘の最中だというのに。


それはまるで、ダンスのターンだった。


「すごい……」


レオニスは思わず声を漏らした。


フィデリアは明らかに不本意そうだった。


攻撃している。


そのはずだった。


だが、何度攻撃を仕掛けても、ヴァルドはそれを受け流す。


避ける。


身を引く。


そして、フィデリアが次の攻撃へ移ろうとする前に、すでにその先へ移動している。


主導権を渡さない。


何をしても無駄だとでも言うように。


フィデリアが一歩踏み込んだ。


攻撃の間合い。


その瞬間だった。


ヴァルドが半歩だけ身体をずらす。


それだけだった。


フィデリアの身体は勢いを失わず、そのまま横へ流れる。


だが倒れない。


ヴァルドの手が背に添えられていた。


次の瞬間には、また一回転していた。


受け流す。


導く。


回避する。


そのすべてによって、フィデリアの攻撃は少しずつ形を変えていく。


戦いのための動きが。


美しく舞うための動きへと。


まるで、ステップを踏むように。


華麗に。


そして、否応なく。


「――!」


フィデリアの身体が再びヴァルドへ向かった。


その瞬間。


これまで攻撃を受け流すだけだったヴァルドが、突然その腰を抱き寄せた。


フィデリアの動きが止まる。


そのまま、上半身を大きく後ろへ倒した。


足元をすくうような強引な動き。


ヴァルドが覆い被さるように距離を詰める。


「あ……っ」


そこで初めて無言だったフィデリアが声を上げた。


このままでは倒れる。


そう判断したのか、フィデリアは反射的にヴァルドへしがみついた。


その瞬間だった。


ヴァルドの動きが止まる。


「……戻ってこれたようだな」


静かな声だった。


フィデリアの身体から、先ほどまでの異様な緊張が抜けていく。


ヴァルドは倒れないように、その身体を確かに抱き止めていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



フィデリアは、状況を理解できていないようだった。


自分の身体を支えているヴァルドを見上げる。


「え!?い、いえ。今のは、その……えーと……」


珍しく言葉がまとまらない。


普段のフィデリアならば、どのような状況でも取り乱すことはなかった。


穏やかで。


冷静で。


そして、いつも自分の役目を理解していた。


そんな彼女が、今は完全に困惑していた。


「自分で立てるか?」


「は、はい」


ヴァルドはそれ以上何も言わなかった。


フィデリアを丁寧に抱き起こす。


少女が自分の足で立てることを確認すると、自然な動きで距離を取った。


フィデリアは自分の両手を見つめる。


「……私は、一体何を……」


「今のお前が、今の事態を引き起こしたわけではない」


フィデリアが言葉を続ける前に、ヴァルドが遮った。


静かな声だった。


「裁定者としてのお前が、正しく動作しただけに過ぎん」


フィデリアが顔を上げる。


「その結果が、あれだ」


視線の先には、無残に破壊された地面があった。


先ほどまで、そこには樹王がいた。


圧倒的な力を持ち。


勇者一行を追い詰め。


誰も傷を付けることすらできなかった存在。


それをフィデリアは、一方的に破壊した。


「フィデリア様!」


そこへ、レオニスが駆け寄ってきた。


だが、途中で足が止まった。


「……ご、ご無事ですか?」


慎重な声だった。


先ほどまで目の前にいたのは、レオニスの知るフィデリアとは思えなかった。


樹王の聖剣に身体を貫かれた。


確かにそう見えた。


だというのに。


今、フィデリアの身体には傷跡すら残っていない。


血もない。


痛みの痕跡すらない。


目の前にいる少女が、本当に自分たちと同じ存在なのか。


そんな疑問が、一瞬だけレオニスの胸をよぎった。


「はい。心配をかけました」


返ってきたのは、いつもの声だった。


柔らかく。


穏やかな声。


それを聞いた瞬間、レオニスの身体から力が抜けた。


「……よかった」


思わず、そう呟いていた。


そして、すぐにヴァルドの方を向く。


「あ、あの……!」


次の瞬間。


レオニスはその場で両膝をついた。


「フィデリア様を助けていただき……ありがとうございます!」


そのまま、深く頭を下げる。


地面に額を付けるほどに。


他に方法を思いつかなかった。


これほどの感謝を、どうすれば形にできるのか。


レオニスには分からなかった。


本来ならば、ヴァルドは敵になるかもしれない存在だった。


それでも関係ない。


今、この男がフィデリアを救った。


それだけで十分だった。


今にも零れ落ちそうになる涙を隠すためにも、頭を上げることができなかった。


「君のためにやったわけではない」


ヴァルドの声が落ちる。


「だから、立ち上がりたまえ」


レオニスは動かなかった。


するとヴァルドは、わずかに視線を禁奈備の奥へ向ける。


「私は、この儀式を崩さないために介入した」


静かな声だった。


「それだけの話だ」


「……え?」


レオニスは、ゆっくりと頭を上げた。


その言葉の意味を理解するまで、少し時間がかかった。


儀式。


今、自分たちが進めているもの。


勇者の儀。


「まさか……」


ヴァルドは答えなかった。


ただ、静かな黄金の瞳でこちらを見ていた。


それだけで十分だった。


ヴァルドという男は。


勇者の儀を知っている。


いや。


知っているだけではない。


この男は――その儀式そのものに関わっている。


レオニスは、ようやくその事実に気付いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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