↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
163/236

異変

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオニスの目に映ったのは。


信じられない光景だった。


「馬鹿な!」


誰の叫びだったのか。


レオニスには分からなかった。


アウレリアの聖剣が、下方から樹王へと切り上がる。


光を収束させた。


彼女の最大の一撃。


それを。


樹王は避けることすらしなかった。


透明な身体が動く。


高速。


あまりにも速い。


振り上げられていた腕が、上から叩き落とされる。


――肘打ち。


ただ、それだけだった。


轟音が響いた。


聖剣が弾かれる。


「なっ――」


アウレリアの身体が崩れた。


その一瞬を樹王は逃さない。


透明な手が、彼女の首を掴んだ。


「っ、かはっ……!」


そのまま。


高々と持ち上げる。


アウレリアの足が地面から離れた。


細い首に、樹王の指が食い込む。


万力のような握力だった。


アウレリアは苦しげに顔を歪める。


それでも。


手にした聖剣を振るった。


何度も。


何度も。


樹王の腕を。


胴を。


斬りつける。


だが。


傷は付かない。


透明な身体には。


何一つ変化がなかった。


樹王の手は離れない。


むしろ、さらに指に力が込められた。


「ぐっ……!」


首が。


軋む。


アウレリアの身体は聖剣によって強化されている。


普通の人間なら、とっくに耐えられない力にも。


それでも樹王の拘束は、その強化すら上回っていた。


「アウレリア!」


イシュリアンが叫ぶ。


聖杖から光が放たれた。


防御魔法。


アウレリアの身体を覆う魔力の膜。


だが、それすらも樹王の力を止めるには足りない。


わずかな延命。


それだけだった。


この拘束が解けなければ。


首を折られる。


いや。


その前に。


息が続かない。


(嘘だろ……こんなの)


レオニスの目の前で。


アウレリアがもがいていた。


勇者が。


これまで誰よりも前へ進んできた少女が。


今、殺されようとしている。


グラーディスも動いた。


無駄だと分かっていても。


大剣を振るう。


樹王へ。


何度も。


何度も。


だが。


届かない。


傷一つ。


与えられない。


そして樹王は、ほぼ意識を失ったアウレリアを突然、手放した。


違う、投げた。


「アウレリア!」


宙高く。


まるで、もう必要なくなった物を捨てるように。


少女の身体が空へと舞い上がる。


一瞬。


すべての音が遠ざかった。


そして。


アウレリアは落ちてくる。


自由落下。


その下で樹王が待っていた。


黄金の骨格。


透明な肉体。


そして。


手にした聖剣。


黄金の刀身が真っ直ぐにアウレリアへ向けられている。


串刺しにする。


それ以外の意味はなかった。


誰も間に合わない。


誰も止められない。


絶望が。


その場を支配した。


――アウレリア達が死にます。


フィデリアの声が。


レオニスの脳裏に蘇った。


目の前で。


それが現実になろうとしている。


勇者が魔王に負ける。


違う。


そんな言葉では足りない。


命を絶たれる。


これまでの出来事が。


走馬灯のように。


ゆっくりと。


頭の中を流れていく。


樹王が動いた。


黄金の聖剣が突き出される。


落下するアウレリアへ。


真っ直ぐに。


その切っ先が。


届こうとした。


そして空が赤く染まった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



あまりの出来事に、誰も言葉を失っていた。


グラーディスも。


イシュリアンも。


そして、レオニスも。


目の前で起きている光景の意味を、すぐには理解できなかった。


樹王は、黄金の聖剣を天へ向けたまま立っている。


透明な外殻の表面を、赤い血がゆっくりと伝っていた。


刀身から滴り落ちた血が、樹王の身体を赤く染めていく。


やがて地面に落ちたそれは、足元に小さな水溜まりを作った。


黄金の聖剣。


その刃には確かに、誰かの命を奪ったかのような血が付着している。


だが。


そこにあるはずの肉体が、ない。


「……何で」


声にもならない声が、レオニスの喉から漏れた。


理解できない。


理解したくない。


樹王の聖剣は、確かにアウレリアへ向かっていたはずだった。


その瞬間を、レオニスは見ていた。


誰も間に合わなかった。


誰にも止められなかった。


だからこそ。


――フィデリアの言葉が、頭の奥から消えない。


『アウレリアたちが死にます』


「……っ」


そのときだった。


すぐ隣で、何かが地面へ落ちる音がした。


鈍い音。


肉体が石の床に打ちつけられる音。


レオニスは弾かれたように視線を落とした。


「アウレリア!?」


そこに倒れていたのは、間違いなくアウレリアだった。


白銀の鎧。


乱れた黒髪。


意識を失っている。


しかし。


身体には、黄金の聖剣に貫かれた傷がなかった。


「……どうして」


助かった。


そう思うべきだった。


なのに、レオニスの背筋を冷たいものが走った。


アウレリアがここにいる。


ならば。


樹王の聖剣に貫かれたのは、誰なのか。


レオニスは周囲を見た。


そして。


ようやく気づいた。


先ほどまで、すぐ近くにいた人物がいない。


「……まさか」


ゆっくりと。


信じたくないものを確かめるように、顔を上げる。


そしてレオニスは、本当の絶望を知った。


そこには、いてはいけない人物がいた。


明るい金色の長い髪が、ゆっくりと揺れている。


赤いマントも。


風に揺られていた。


その赤い布を。


さらに濃い赤が、染めている。


背中から黄金の刃が、突き出していた。


「……フィデリア様……」


レオニスの声は震えていた。


聖剣は、本来、姫巫女を守るためのもの。


王国で語られる勇者の物語では、そうなっている。


勇者は戦う。


姫巫女を守る。


そして最後には、皆が救われる。


そんな物語だ。


けれど。


現実は違った。


物語は、誰も守ってくれない。


英雄だから助かるわけではない。


勇者だから勝てるわけでもない。


目の前にあるのは。


ただ一つの残酷な真実だった。


黄金の聖剣に貫かれたのは。


アウレリアではない。


フィデリアだった。


いつ。


どうやって。


そんなことを考える余裕さえなかった。


「嘘だ……!」


レオニスの膝から、力が抜けた。


その場に崩れ落ちる。


否定したかった。


これは間違いだと。


夢だと。


だが血に濡れた赤いマントだけが、それを許さなかった。


フィデリアは、そこにいた。


黄金の聖剣に貫かれたままで。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



高々と掲げられた黄金の聖剣。


その刀身に、フィデリアは貫かれていた。


いつも皆に柔らかな言葉をかけていた少女。


その身体は、今は力なく垂れ下がっている。


赤いマントが揺れた。


そして、黄金の刃を伝って血が滴り落ちる。


樹王は何も言わない。


勝ち誇ることもしない。


ただ、その光景を見せつけているだけだった。


それだけで十分だった。


勇者一行を、絶望の底へ叩き落とすには。


戦う者ではないフィデリアが。


戦うべき者たちの目の前で。


無残に貫かれている。


「おのれ!」


「許しません!」


グラーディスとイシュリアンが、ほとんど同時に叫んだ。


二人は樹王へ向かって駆け出す。


攻撃が通用しないことなど、分かっている。


何度も試した。


大剣も。


魔法も。


聖なる力さえも。


あの透明な身体に、決定的な傷を与えることはできなかった。


それでも。


そんな理屈など関係なかった。


目の前で仲間が殺されようとしている。


それを見て。


黙って立っていることなど、できるはずがない。


純粋な怒りだった。


抑えることのできない、感情の爆発だった。


「駄目です!」


レオニスも叫んだ。


届かない。


そう理解していた。


それでも、声を出さずにはいられなかった。


グラーディスの大剣が振り下ろされる。


イシュリアンの魔法が樹王を撃ち抜く。


確かに、攻撃は届いた。


だが。


傷一つ、付かない。


樹王の身体は揺らぎ。


黄金の骨格だけを一瞬、強く浮かび上がらせた。


そして。


次の瞬間には反撃していた。


拳が振るわれる。


それだけだった。


「ぐっ――!」


「きゃあっ!」


二人の身体が宙を舞う。


地面に叩きつけられた。


「グラーディス様!イシュリアン様!」


レオニスは駆け寄ろうとして。


しかし、足を止めた。


二人はまだ動いている。


それでも。


もう戦える状態ではないことは、誰の目にも明らかだった。


勇者一行は樹王という存在に完全に敗北していた。


「……終わった、のか」


レオニスは呟いた。


その視線の先。


ただ一人。


樹王だけが大地に立っている。


戦うと決めた時から。


敗北も。


死ぬことも。


覚悟していた。


勇者とは、そういうものだと思っていた。


だが。


心の奥から、どうしても消えない感情があった。


(こんなものが……勇者であってたまるものか)


ただの負け惜しみだ。


そんなことは分かっている。


勝てなかった者が。


自分たちを納得させるために吐く言葉に過ぎない。


それでも。


レオニスは、そう思わずにはいられなかった。


フィデリアは倒れた。


アウレリアも意識を失っている。


グラーディスとイシュリアンも、もう立てない。


残されたのは。


何もできない自分だけだった。


その時だった。


絶望の中で。


レオニスの目の前で異変が起きた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。