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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
162/236

透明な怪物

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「グラディ、防御を!」


「心得た」


イシュリアンの声と同時に、グラーディスが前へ出た。


アウレリアとイシュリアン。


その二人を背にかばい、黄金の瞳が樹王を見据える。


樹王は相変わらず、何も言わなかった。


表情もない。


呼吸もない。


ただ、透明な身体の奥で黄金の骨格だけが、湖面の光を反射している。


(……本当に意思があるのか)


疑問を抱く暇はなかった。


樹王が踏み込む。


黄金の聖剣が振り下ろされた。


グラーディスは聖盾を掲げる。


轟音。


「……っ!」


盾を持つ腕から、衝撃が全身へと抜ける。


骨まで揺さぶられるようだった。


もし、手にしているものが聖盾でなければ。


一撃で砕かれていても、おかしくはない。


「これは……!」


樹王が、続けざまに剣を振るう。


横薙ぎ。


突き。


振り下ろし。


グラーディスは後退しながら、そのすべてを受け止めた。


しかし。


そこで、ある違和感に気づく。


(これは……剣術ではない)


樹王の攻撃には、組み立てがなかった。


牽制がない。


誘いもない。


次の攻撃へつなげるための一撃もない。


一撃。


また一撃。


そのすべてが必殺だった。


最初の一太刀で敵を殺す。


それだけを目的とした刃。


敵に防御されることも。


受け流されることも。


まるで考慮していない。


防がれようと、構わず次の全力を叩き込む。


(人間なら、できる戦い方ではない)


全力の斬撃を、何度も繰り返す。


そんなことを続ければ、先に自分の肉体が壊れる。


筋肉が裂ける。


骨が軋む。


呼吸も乱れる。


体力は尽きる。


だが。


目の前の存在には、そのすべてが存在しなかった。


透明な身体。


黄金の骨格。


呼吸する必要もない。


疲労する必要もない。


(確かに、この姿ならば……筋肉も、体力も必要ないということか)


根本から違う。


同じように剣を握っていても。


人間とは、まったく別の存在だった。


正面から戦えば。


先に限界を迎えるのは、人間の方だ。


(ならば!)


グラーディスは、一歩踏み込んだ。


聖盾を大きく振り抜く。


盾打。


常人であれば、それだけで吹き飛ぶ。


グラーディスの膂力なら、体勢を崩すだけでは済まない。


だが。


ゴンッ!


鈍い音だけが響いた。


樹王は、動かない。


まるで巨大な岩を殴ったような感触だった。


「……っ!」


逆に。


衝撃がグラーディスの腕へ返ってくる。


「まったく……自信を喪失するよ」


苦笑した。


だが、その視線は笑っていない。


人間の中でも、常識を超えた筋力を持つグラーディス。


その彼でさえ。


今は力で、どうにか防ぐだけで精一杯だった。


(しかし……こいつは、本当に勇者なのか?)


樹王の手にある剣を見る。


間違いない。


聖剣だ。


アウレリアのものと、ほとんど同じ意匠。


だが。


聖剣解放は使わない。


いや。


使えないのか。


あるいは、使う必要がないと思っているのか。


判断できない。


「グラディ!」


イシュリアンの声が飛んだ。


グラーディスは振り返らない。


しかし、それだけで理解した。


アウレリアの回復が終わった。


「……そうか」


グラーディスは、聖盾を構え直す。


今の勝ち筋は、一つ。


樹王を押し切る。


自分たちの体力が尽きる前に。


魔力が尽きる前に。


人間である自分たちが、限界を迎える前に。


「ならば、やるしかあるまい!」


再び。


グラーディスは、透明な怪物へと踏み込んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



グラーディスと樹王の戦いは、なおも続いていた。


だが、それは攻防とは呼べない。


一方が攻め。


一方が受ける。


ただ、それだけだった。


黄金の聖剣が振るわれる。


グラーディスは聖盾を構える。


轟音。


再び。


また一撃。


樹王は止まらない。


攻撃の合間すら存在しなかった。


グラーディスも反撃できない。


いや、しない。


今の彼は、自ら攻めることを捨てていた。


聖盾による防御。


回避。


そして、時間を稼ぐ。


それだけに徹している。


それでも。


樹王の異常な攻撃力は、少しずつグラーディスの体力を削っていた。


一撃ごとに腕が震える。


足元が湖面を滑る。


聖盾を持つ腕には、すでに疲労が蓄積しているはずだった。


その背後。


アウレリアは剣を構えたまま、樹王を見ていた。


ただ眺めているわけではない。


黄金の聖剣。


踏み込み。


腕の動き。


身体の傾き。


一つ一つを見逃さない。


太刀筋を。


樹王という存在そのものを。


観察していた。


一方でイシュリアンも、静かに呼吸を整えている。


アウレリアの回復を続けながら。


次の魔法を使うために。


魔力を整えていた。


(……アウレリアたちは、攻勢に出る気だ)


離れた場所から、レオニスは戦いを見つめていた。


勇者一行には、戦う役割がある。


グラーディスが防ぐ。


アウレリアが斬る。


イシュリアンが支える。


だが今。


その二人がすぐに攻撃へ加わらない。


ならば。


何かを準備している。


一撃で。


樹王を戦闘不能へ追い込むための攻撃を。


(けれど……)


レオニスの脳裏に、覇王の言葉が蘇る。


樹王は倒れない。


傷つかない。


疲労しない。


どれほどの攻撃を受けても。


その歩みを止めることがない。


仕組みは分からない。


しかし。


覇王ですら、そう断言していた。


無敵に限りなく近い存在だと。


その攻略のために生み出されたもの。


常世樹斬。


少なくとも。


樹王の武器と互角以上の力がなければ、戦いにならない。


そして。


聖剣を無力化すること。


それが、勝利するための最低条件だった。


(果たして……可能なのか)


勇者一行と渡り合った覇王。


その覇王ですら勝てなかった相手。


樹王。


魔王国最強。


そう呼んでも、間違いではないだろう。


同時に。


聖剣を持つ、原初の勇者。


レオニスは拳を握る。


けれど。


何もできなかった。


剣は使えない。


魔法もない。


あの戦いの中へ飛び込めば、守られる側になるだけだ。


(……見ているしかできない)


無力だった。


勇者ではない。


超越した力を持つ戦士でもない。


あの場所は。


自分の立てる世界ではない。


恐怖が喉を締めつける。


次の一撃で。


誰かが死ぬかもしれない。


それでも。


レオニスは目を閉じなかった。


(だから、目を逸らさない)


何もできないからこそ。


見届ける。


逃げない。


恐怖を必死に押し殺しながら、レオニスは戦いを見つめ続けた。


その隣で。


フィデリアもまた、樹王を見ていた。


青い瞳は、静かだった。


「やはり……このままでは」


小さな声だった。


だが。


レオニスには届いた。


「フィデリア様?」


彼女は答えない。


ただ、戦いの向こうを見ていた。


グラーディス。


アウレリア。


イシュリアン。


そして。


止まることのない樹王を。


「アウレリアたちが」


一度。


フィデリアは言葉を止めた。


「……死にます」


黄金の聖剣が、再び振り下ろされた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「リアン!」


アウレリアの声が飛ぶ。


その瞬間、イシュリアンはすでに動いていた。


「分かっています」


聖杖の先端にある赤い宝玉が輝く。


同時に、グラーディスも動いた。


「グラディ!」


「ああ!」


これまでのように守るだけではない。


グラーディスは聖盾を構えたまま、樹王へと踏み込んだ。


後のことなど考えない。


体力も。


防御も。


次の一撃に耐えられるかどうかも。


今、この瞬間。


樹王を押し返せなければ勝機はない。


(ここで押し返せねば、勝機はない!)


しかし。


渾身の力を込めた聖盾が、樹王を押しても。


透明な巨躯は、微動だにしなかった。


まるで大地そのものを押しているようだった。


それでも、グラーディスは退かない。


(それで上等だ)


勝つために前へ出る者がいる。


敵を倒す者もいる。


ならば自分の役目は違う。


(私の役目は、皆を守る盾だ!)


グラーディスが聖盾を掲げた。


「聖盾解放――挑発の聖域《タウント・サンクチュアリ》!」


大地に魔法陣が広がった。


グラーディスを中心に、巨大な光の円が展開する。


その領域に存在する敵意。


殺意。


攻撃の意思。


すべてが一つへと引き寄せられていく。


――聖盾へ。


仲間へ向けられるはずだった攻撃を。


グラーディスが一人で引き受ける。


その瞬間。


樹王の黒い瞳が、グラーディスを捉えた。


無言のまま。


ただ、次の攻撃対象を決定する。


「拘束!」


イシュリアンが杖を振り下ろした。


樹王の足元に光の輪が浮かぶ。


鎖ではない。


何かを巻き付けるものでもない。


魔力そのものが、空間ごと樹王の動きを縛りつける。


樹王の足が止まった。


(いかに樹王と言えど、単純な力だけで魔力拘束は解けないはずです)


完全な停止ではない。


だが一瞬でいい。


それだけあれば十分だった。


「グラディ!」


「ああ!」


イシュリアンの合図と同時に、グラーディスが攻勢へ転じる。


大剣が唸りを上げた。


狙うのは、無防備な足。


横薙ぎの一撃が、樹王の脚部を捉える。


――だが。


甲高い音が響いただけだった。


透明な肉体には。


傷一つない。


血も流れない。


ひびすら入らなかった。


あまりにも硬い。


いや硬いという言葉だけでは説明できない。


(……人の武器では届かないか)


グラーディスは内心で舌打ちする。


だが、予想の範囲内でもあった。


(ならば、お前の持つ聖剣と、同等のものならどうだ!)


グラーディスの視線が動く。


樹王の背後。


そこにアウレリアがいた。


白銀の鎧を纏った少女は、すでに聖剣を振りかぶっている。


完全な死角。


完全な間合い。


そして。


仲間たちが作り出した、たった一度の好機。


聖剣の刀身へ、光が集まっていく。


周囲の光さえ吸い込むように。


収束する。


圧縮される。


その一撃だけに。


すべての力が集められていく。


アウレリアの黒い瞳が、樹王を真っ直ぐ捉えた。


「――聖剣極刑!」


最大の攻撃が。


樹王へと放たれた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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