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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
161/236

樹王

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……最終、巡礼?」


レオニスが、思わず呟いた。


最終巡礼。


つまり、ここは勇者一行が最後に訪れる場所ということになる。


「どういうことでしょうか、フィデリア様?」


イシュリアンが問いかける。


「ここは巡礼の地です。ですが、最後の場所になります」


フィデリアは湖の向こうにそびえる樹王を見つめたまま、淡々と答えた。


「第二の巡礼を終えることができれば、ここで選定の儀の最終選択を行います」


「つまり、ここは目的地だけど、最後に来るべき場所ってこと?」


アウレリアが確認する。


フィデリアは、一度だけ頷いた。


「はい」


「……無駄足というわけではないが」


グラーディスが顎に手を当てる。


「旅は暗礁に乗り上げた、ということになるな」


最終的な目的地が判明した。


その事実そのものは喜ばしい。


しかし、今すぐそこへ進めるわけではない。


「……しかし、どうしたものか……」


グラーディスが唸る。


(そうだよな)


レオニスも頷いた。


ここまで来た。


それなのに、次へ進むための手掛かりがない。


完全に道が途切れてしまった。


――そう思った、そのときだった。


(……ん?)


レオニスの視線が、湖面へ向く。


水面に、小さな波紋が広がっていた。


(風かな?)


あるいは、鳥が水を飲んだのか。


レオニスは、最初、それほど気に留めなかった。


周囲に変化はない。


鳥の囀りも聞こえる。


木々の間から差し込む光も変わらない。


穏やかな湖面。


グラーディスも。


イシュリアンも。


アウレリアも。


武器を構えてはいない。


三人とも、一流と呼ばれる者たちをさらに越えた力量を持つ。


周囲への警戒を怠るはずがなかった。


だからこそ、レオニスは気に留めなかった。


湖面を見続けていたのは、ただの気紛れだった。


たまたまフィデリアが、その方向を見ていた。


レオニスは、彼女の視線を追っていただけだった。


湖面に、また波紋が生まれる。


一つ。


二つ。


三つ。


それは、こちらへ向かっていた。


水の上を、何かが進んでいる。


ゆっくりと。


まるで――誰かが、水の上を歩いてくるように。


「……」


レオニスの呼吸が止まった。


(何だ、あれは……)


レオニスは声を出せなかった。


波紋だけが、ゆっくりと近づいてくる。


そして、その正体を理解したフィデリアが呟いた。


「……樹王……」


その名が、静かな湖畔に落ちた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



一見すれば、人間だった。


長身の男。


細身の身体。


長い手足。


人間と同じような形をしている。


だが。


皮膚がない。


そこにあるのは、透明な身体だった。


人間の筋肉や皮膚にあたる部分は、透き通った水晶のような素材で構成されている。


まるで、巨大な彫刻だった。


その透明な身体の奥には、黄金色の骨格が浮かんでいる。


肋骨。


背骨。


腕の骨。


脚の骨。


人間ならば身体の内側に隠されているものが、すべて透けて見えていた。


顔も同じだった。


人の顔に似た輪郭。


しかし、鼻や耳といった人間らしい造形は希薄だった。


頭蓋骨を思わせる顔。


その二つの眼窩にあたる暗闇の奥で、冷たい光だけが宿っている。


明らかに、人ではない。


それどころか。


生き物なのかどうかすら、判別できなかった。


「皆!樹王です!」


レオニスは、ようやく声を絞り出した。


その声に、初めて仲間たちが反応する。


アウレリア。


グラーディス。


イシュリアン。


三人とも、レオニスが指し示した方向を見る。


だが。


そこにいるはずの存在を、誰も捉えられていなかった。


殺気がない。


魔力の揺らぎもない。


そもそも、そこに何かがいるという感覚そのものが希薄だった。


見えている。


それなのに。


認識できない。


まるで幽霊だった。


「あそこです!」


レオニスが指を伸ばす。


ようやく三人の視線が、透明な身体を捉えた。


「……全然、木じゃないじゃない」


アウレリアが、ほんの少しだけ残念そうに呟く。


「そんなことを言っている場合ですか!」


イシュリアンが思わず声を荒らげる。


アウレリアは肩をすくめた。


「だって、樹王っていうから、もっとこう……大きな木を想像するでしょ」


「しかし……」


グラーディスは、静かに前へ出る。


湖面を歩き、こちらへ近づいてくる存在を見据えた。


「会話もできそうにないが……」


それでも。


グラーディスは盾を構えなかった。


剣にも手をかけない。


「魔王国の樹王よ!」


静かな湖に、声が響く。


「我々は戦うために、ここへ来たのではない!」


返事はない。


「話ができるのであれば、話をさせていただきたい!」


その言葉が届いたのか。


樹王の足が止まった。


(止まった?)


レオニスが息を呑む。


樹王は、ゆっくりと湖面へしゃがみ込んだ。


そして。


右手を、水の中へ沈める。


しばらくして。


樹王が立ち上がった。


その手には、一振りの剣が握られていた。


その意匠を見た瞬間。


アウレリアの表情が変わる。


見覚えがある。


それは、彼女が持つ聖剣と同じ形だった。


違いがあるとすれば。


樹王の手にある剣は、刀身そのものが黄金の輝きを放っている。


(やはり……聖剣……)


レオニスの背筋を、冷たいものが走った。


樹王。


魔王国に伝わる、原初の勇者。


その存在は今。


聖剣を携え、勇者一行の前に立ち塞がった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



(えっ!?)


次の瞬間。


レオニスの視界から、樹王の姿が消えた。


いや。


消えたように見えただけだった。


認識が追いつかなかったのだ。


「レオニス!」


グラーディスの叫び。


その巨体が、レオニスの前へと割り込む。


ほとんど同時だった。


黄金の光が走る。


ギィィンッ!


樹王の聖剣を、グラーディスの聖盾が受け止めた。


「何!?」


受け止めた。


しかし、それだけだった。


衝撃を完全に殺すことはできない。


グラーディスの足が地面を削る。


そのまま後方へと押し込まれた。


レオニスも巻き込まれる。


ふたりの身体が、まとめて吹き飛ばされた。


(何たる怪力……!)


グラーディスは空中で身体をひねる。


レオニスを抱え込んだまま、どうにか着地した。


だが、聖盾を握る腕が痺れている。


たった一撃。


それだけで、腕の感覚が鈍くなっていた。


「レオニス、無事か」


「……申し訳ありません。何とか……」


レオニスは息を整えながら答える。


グラーディスは彼を下ろすと、すぐに聖盾を構え直した。


樹王は、すでにこちらを見ていない。


その黄金の聖剣は、別の相手へと向けられていた。


「とりあえず、樹王とは会話は不可能らしいな」


「フィデリア様と避難します」


「ああ。頼む」


レオニスは頷く。


すぐにフィデリアのもとへと駆け出した。


「これが……原初の勇者」


グラーディスは低く呟く。


「一体、何が起きたというのだ」


その視線の先。


すでにアウレリアと樹王が斬り結んでいた。


白銀。


黄金。


二本の聖剣が激突する。


キィンッ!


鋭い金属音が、湖畔に響き渡った。


奇しくも。


勇者と勇者。


ふたりの聖剣使いが、互いの剣をぶつけ合う構図となっていた。


「アウレリア!」


イシュリアンが聖杖を掲げる。


魔力が樹王へと向かった。


防御力低下。


速度低下。


攻撃力低下。


弱体化の魔法を、矢継ぎ早に叩き込む。


効いているかどうかは分からない。


だが、手を止めるわけにはいかなかった。


その間にも。


アウレリアは樹王と斬り結ぶ。


一合。


二合。


三合。


金属音が連続する。


だが。


剣を打ち合わせるたび。


アウレリアの表情が、少しずつ険しくなっていった。


そして。


唐突に。


アウレリアが大きく後ろへ跳んだ。


「アウレリア!?」


「……回復。頼める……?」


イシュリアンの驚きに、アウレリアは短く答えた。


その両腕には。


赤黒い痣が、いくつも浮かんでいた。


「どうしたんですか!?」


「……あいつの剣、とんでもなく硬い」


アウレリアは自分の腕を見た。


「まるで、壊れない壁でも叩いてるみたいよ……」


「剣を打ち合っただけで、腕がやられているんですか?」


「そういうこと」


アウレリアは肩を回す。


痛みを確かめるように。


だが、その目は樹王から離さない。


「あいつ、強いわよ」


一度。


言葉を切る。


「聞いてた以上にね」


それは、決して弱音ではなかった。


アウレリアは敵の強さを認めたのだ。


だからこそ。


いつものように、笑ってみせる。


「……面白くなってきたじゃない」


だが。


その軽口とは裏腹に。


白銀の聖剣を握る手には、わずかな震えが残っていた。


魔王と勇者。


原初の勇者と、今代の勇者。


その戦いは――。


勇者一行の劣勢から、始まった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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