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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
160/236

禁奈備

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ここが、“禁奈備”?」


アウレリアが問いかけた。


「その参道と言ってよい場所です」


答えたのはレイラだった。


一行の前には、一本の道が伸びている。


道の両側には、鬱蒼とした木々。


その隙間から、巨大な樹木が見えていた。


あまりにも大きい。


樹冠は空を覆い、幹は山そのものに見える。


「……山にしか見えない……」


レオニスは呟いた。


視線の先にあるのは、広大な壁ではない。


それは樹王の幹だった。


あまりにも巨大すぎて、一本の樹木であるという認識すら薄れてしまう。


(……この先に、“樹王”がいる)


魔王国最強の魔王。


その存在が、道の向こうにいる。


何かが告げていた。


ここから先へ入るな、と。


まるで立ち入りを禁じるような空気が、道の奥から流れてくる。


レオニスは額を伝う汗を、腕で拭った。


「……レオニス。君は残ってもいい」


グラーディスが言った。


「……はい。私も、それがよいと思います」


イシュリアンも続ける。


二人もまた、この場所の異様さを感じ取っていた。


「……いえ」


レオニスは首を横に振った。


「私も行きます」


その声に迷いはなかった。


もちろん、命は惜しい。


怖くないわけでもない。


だが、ここでアウレリアたちと別れるという選択肢は、レオニスにはなかった。


彼らが敗れれば、自分も死ぬ。


魔王国から王国へ、一人で戻ることなどできない。


ならば。


最後まで共に行く。


それが、今のレオニスにできる選択だった。


「フィデリア、大丈夫?」


アウレリアが声をかける。


「私は問題ありません」


フィデリアの表情は変わらない。


だが、しばらく樹王を見つめた後、静かに口を開いた。


「……アウレリア」


「?どうかした?」


アウレリアが首を傾げる。


「もし……」


フィデリアの青い瞳が、アウレリアを捉えた。


「もし、どうすることもできないような出来事が、目の前にあれば……あなたは、どうしますか?」


「どういうこと?」


アウレリアには、その問いの意味が分からなかった。


フィデリアは少しだけ目を伏せる。


「私の言葉を覚えておいてください、アウレリア」


その声は穏やかだった。


けれど、妙に強かった。


「そうなった時は、まず自分を救うことを考えなさい」


「自分を……?」


「自分を救えない人は、結局、何も救えないのです」


フィデリアは、それだけを告げた。


そして再び、樹王へと視線を向ける。


その横顔には、決意があった。


アウレリアは、まだ知らない。


この時のフィデリアが、何を覚悟していたのか。


ただ、その言葉だけが。


静かに、アウレリアの胸に残った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「私が連れて行けるのは、ここまでです」


レイラは、禁奈備へ続く道を見つめた。


「そして、私が手を貸せるのも」


「レイラ、ありがと」


アウレリアが振り返る。


「ロウガから頼まれたことを叶えたまでです」


レイラは一度、静かに息を吐いた。


そして、改めてアウレリアを見る。


「アウレリア。ディアボロスから言われたことを覚えていますか?」


「覚えているわよ」


「無理をせず、退くべき時は退きなさい」


「分かってるって」


即答するアウレリアに、レイラは念を押すように続けた。


「ロウガも、あなたのことを心配しています」


「……そっか」


アウレリアは一度だけ頷いた。


「行ってくるよ」


そう言って、彼女は前を向く。


勇者一行も続いた。


樹王の参道へ足を踏み入れる。


隊列は自然と決まっていた。


先頭は、聖盾の聖騎士グラーディス。


二番手に、聖杖の聖導師イシュリアン。


三番手に、フィデリアとレオニス。


そして最後尾に、聖剣を携えたアウレリア。


正面から敵が来れば、グラーディスが防ぐ。


イシュリアンが支援し、アウレリアが隙を埋める。


後方からなら、アウレリアが迎撃する。


イシュリアンが支援し、グラーディスが補助に回る。


単純だが、隙のない布陣だった。


(……なんか、息苦しいな……)


レオニスは、そう表現するしかなかった。


道は真っ直ぐだった。


なのに、進めば進むほど、地下へ降りているような感覚がある。


空気が重い。


呼吸するだけで、身体に何かがまとわりつく。


正面に見える樹王が、あまりにも巨大だからだ。


歩いている。


確かに近づいている。


それなのに、距離が縮まっているように感じられない。


先頭のグラーディスとイシュリアンも、無言だった。


背中しか見えない。


それでも、二人の緊張は伝わってくる。


レオニスは隣を歩くフィデリアを見た。


彼女の表情は変わらない。


いつも通り、淡々としている。


その落ち着きだけを見れば、何も感じていないようにも見えた。


そして、背後のアウレリア。


姿は確認できない。


だが、声は聞こえない。


普段なら何かしら口にする彼女が、今は一言も喋らない。


呼吸すら乱さないようにしている。


(……アウレリアも、緊張している)


そう気づいた瞬間。


レオニスの背筋に、冷たいものが走った。


グラーディスが足を止める。


「もうすぐ、道が終わる」


小さな声だった。


「全員、警戒を」


(いよいよ……樹王と対面か)


レオニスの緊張が、限界まで高まる。


そして。


勇者一行は、“禁奈備”へ到着した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ここが、“禁奈備”?」


グラーディスは、目の前に広がった光景に息を呑んだ。


木々の隙間から、天の光が差し込んでいる。


時折、鳥の声が聞こえる。


それだけなら、どこにでもある森の一風景だった。


しかし、その先に広がっていたものは違った。


森の奥にあるとは思えないほど、巨大な湖。


静かな水面。


その中心から、一本の巨大な樹木が天へ向かって伸びている。


樹王。


大地に根を張るのではない。


湖そのものを貫くようにして、天へとそそり立っていた。


「こんな森の奥に、湖が広がっているとは……」


グラーディスは慎重に湖へ近づく。


そして、湖面を覗き込んだ。


「しかも、深い……。底が見えない」


水は異様なほど透明だった。


そのため、水底へと伸びていく樹王の幹が見える。


だが、その先にあるはずの根は見えない。


どこまで続いているのか。


想像することすら難しい。


「すごい……」


アウレリアでさえ、そう呟くしかなかった。


かつて目指した場所。


その到達点は、想像していたものとはまるで違っていた。


静かだった。


美しかった。


そして何より、神聖だった。


人が踏み込むことを拒むような、圧倒的な自然がそこには存在している。


「……イシュリアン様?」


レオニスが隣を見る。


イシュリアンは口元を片手で押さえ、明らかに気分を悪くしていた。


「どうかしましたか?」


「……大丈夫です」


そう答えたものの、顔色は優れない。


「最初の巡礼の地とは比較にならない……異常と表現してよい魔力量です」


イシュリアンは湖と樹王を見つめる。


これまで経験したことのないほどの魔力が、この場所には満ちていた。


もし、この膨大な魔力を樹王自身が生み出しているのなら。


その存在が持つ力は、もはや常識では測れない。


「フィデリア様」


グラーディスが振り返る。


「ここが、“巡礼の地”で間違いないのですか?」


問われたフィデリアは、樹王を見上げた。


そして、ゆっくりと視線を左右へ向ける。


「……ここは間違いなく、“巡礼の地”です」


その言葉に、勇者一行は互いに顔を見合わせた。


ようやく辿り着いた。


そんな安堵が、一瞬だけ場を満たす。


だが。


フィデリアは、続けた。


「ですが、ここは“最終”巡礼の地です」


「……え?」


アウレリアが目を見開く。


「今の我々が目指す場所ではありません」


フィデリアは静かに告げる。


「……ここは、まだ来るべき場所ではありません」


その言葉と同時に。


辿り着いたはずの目的地は、再び彼らの前から遠ざかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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