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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
159/236

魔王国創世(7)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



覇王ディアボロスの口から語られたもの。


それは、魔王国の創世神話と呼ぶべき物語だった。


宗主と讃えられた、シャルバート・ウル・ヴァース。


彼女は、人々に生きる道を示した。


そして彼女を宗主と仰いだ第一使徒と第三使徒もまた、それぞれ異なる道を選びながら、未来へ希望を残した。


その先にあったのが、今の魔王国だった。


そこへ至るまでに、幾つもの命が失われた。


幾つもの選択があり、幾つもの願いが受け継がれた。


決して単純な歴史ではない。


それでも、命は途切れなかった。


姿を変えながらも、彼らは生き残った。


そして、言葉という文化もまた、受け継がれていった。


レオニスは、そこで初めて納得したように呟いた。


「だから、普通に言葉が通じるのか……」


魔王国の住人たちは、遠い祖先を辿れば、同じ人間を起源としている。


身体は変わった。


生きるために、人間ではなくなった者たちもいる。


それでも、言葉までは失わなかった。


レオニスは静かに考える。


(……それだけ多くの人を犠牲にしたのなら、勇者が魔王国で憎まれるのも頷ける)


当時の人々からすれば、何の理由も分からないまま、大勢の命を奪われたに等しい。


たとえ、その原因が邪悪の化身と呼ばれる存在にあったとしても。


残された者たちが、すべてを受け入れられるはずがない。


それほどの憎悪が、この国を満たしていても不思議ではなかった。


それなのに。


(それでも、今の魔王国の人々が人間そのものを憎んでいないのは……)


レオニスは、一枚の肖像画を見上げた。


そこに描かれているのは、シャルバート・ウル・ヴァース。


絶望を与えたのも、人間。


そして。


希望を与えたのも、人間だった。


だからこそ、魔王国の人々は彼女を憎めない。


自分たちを救ってくれた人間を、憎むことなどできないのだ。


(……しかし)


それでも、謎は残っている。


原初の勇者は、なぜあのような愚行を犯したのか。


人間だった勇者が、なぜ樹王という人ならざる存在へ変貌したのか。


その答えは、まだ分からない。


「しかし、シャルバートの名も、第一使徒の名も俺は知らない」


ロウガが腕を組む。


「ライガ様とシュレイ様の名なら知っていますが……」


レイラが静かに答える。


その表情には、僅かな感慨が浮かんでいた。


「まさか、ディアボロスが先祖と面識があったとはな……」


ロウガは、どこか納得しきれない顔をする。


一方、レイラは違った。


「シュレイ様は、本当に素晴らしい選択をされたのですね」


その声には、素直な感動が滲んでいた。


「そして、ライガ様も」


二人の反応を見ながら、レオニスは思う。


シャルバート・ウル・ヴァースが、なぜ命を懸けて人々を救ったのか。


それもまた、まだ分からない。


だが。


(……それで、いいのかもしれないな)


過去に残されたすべての謎を、今を生きる者たちが掘り起こす必要はない。


彼らが受け取ったのは、答えではない。


生き残った者たちが、何を選び、何を残したのか。


その事実だけだ。


そして今も。


その選択の先に生きる者たちが、ここにいる。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「しかし、ディアボロス。そんなことよりも――〝冥王〟についてだ」


ロウガの言葉に、ディアボロスの片眉が僅かに動いた。


「……冥王」


「そうだ」


ロウガの表情から、先ほどまでの穏やかさが消える。


「先だって、俺は冥王配下を名乗る〝死王〟と戦った」


その話を聞いた瞬間、部屋の空気が変わった。


ロウガが戦ったのは、ノクスとレヴェナント。


二人の死王。


彼らは自らを不死身と称し、その言葉に違わぬほどの異常な生命力を持っていた。


傷を負っても倒れない。


それだけではない。


身体能力そのものが高く、まともに戦えば魔王にも届きかねないほどの戦闘力を備えていた。


だが。


ロウガが最も恐ろしいと感じたのは、そこではない。


「……俺が戦慄したのは、あいつらだけじゃない」


ロウガは低く言った。


「冥王の民を名乗る者たちがいた。兵士でもない。ただの人々だ」


その人々が。


子供が毒のナイフを携え、後ろからロウガを刺した。


「実際に手を合わせてみて、奴らは普通じゃない」


ロウガは拳を握る。


「俺は、奴らに魔王国を委ねることは出来ないと考えている」


そして、ディアボロスを見る。


「……ついに動いたということか」


ディアボロスの声は低かった。


その一言だけで、意味は十分だった。


覇王。


そして冥王。


魔王国を統べる者を決める戦い。


言い換えれば、魔王国そのものを懸けた頂上決戦だった。


室内を、重苦しい沈黙が満たしていく。


そんな中だった。


「ちょっと待って、ロウガ」


アウレリアが口を挟んだ。


「あたしは、これ以上の話は聞けないわよ」


「……アウレリア?」


「魔王国の戦争に参加するつもりはないから」


一瞬。


勇者一行の誰もが言葉を失った。


(確かに、そうなんだけど……)


レオニスも、フィデリアも。


その言葉を否定することは出来なかった。


アウレリアの判断は正しい。


魔王国を一つの国として考えるなら、これは明確な内政問題だ。


そこへ王国の勇者が介入すれば、内政干渉になる。


そして、それは王国と魔王国の間に、新たな戦争の理由を作りかねない。


おそらく。


アウレリア自身も、それを理解している。


だからこそ、率先して拒んだのだ。


ロウガに力を貸したくないわけではない。


むしろ、その逆だろう。


だからこそ、自分たちを戦争へ巻き込みたくない。


そして、自分たちの存在を理由に、ロウガが不必要な争いを背負うことも避けたい。


「とりあえず、ロウガはあたしたちを〝禁奈備〟に案内してよ」


アウレリアは、いつもの調子で言った。


「約束なんだから」


勇者一行が魔王国へ来た目的。


それは、巡礼の地へ向かうことだった。


〝勇者の儀〟を行う。


それこそが、今の彼らにとって最優先すべき使命だった。


だからこそ。


勇者たちは、魔王国の戦いから一歩退くことを選んだ。


それを無表情に受け止めながらも、フィデリアの胸中だけは穏やかではなかった。


彼女には、言えないことがある。


裁定者として定められた禁則。


そのために、彼らへ告げることが出来ない。


――まだ、会ってはならない。


勇者たちは。


樹王と。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――“禁奈備”……だと?」


ディアボロスは、アウレリアを見た。


「あそこに行くのか、勇者」


「あのさ、勇者ってのやめてくれる? あたしはアウレリア」


アウレリアは不満そうに唇を尖らせる。


それを見ても、ディアボロスは特に気を悪くした様子を見せなかった。


「そうか。では、アウレリアよ」


白い瞳が、鋭く細められる。


「お前は、“樹王”の領域へ行くつもりか?」


「もちろんよ。もともと行こうと思ってたしね」


アウレリアは、あっさりと頷いた。


レオニスは、その言葉に僅かに目を伏せる。


(そういえば、そんなことを言っていたな……)


アウレリアは、勇者になる以前。


たった一人で魔王国へ辿り着いていた。


その目的は、遠くからでも見えるほど巨大な樹木。


後に“樹王”と呼ばれる存在を、自分の目で確かめることだった。


「忠告だ」


ディアボロスの声が低く響く。


「“樹王”を刺激するな」


「いや、だから戦わないって言ってるでしょ!」


「お前が戦わなくても、樹王が外敵を排除しに来ると指摘しただけだ」


「外敵? あたしたちがってこと?」


「そうだ」


ディアボロスは即答した。


「奴は、“禁奈備”に近づく存在を排除する」


「……」


アウレリアの表情が僅かに曇る。


(……忘れてはいないけど)


レオニスも、その危険性には気づいていた。


アウレリアが目的を果たしたい気持ちは分かる。


だが、今回の目的は別にある。


彼らが魔王国へ来た最大の理由。


それは、“巡礼の地”で勇者の儀を行うことだ。


樹王との戦いではない。


「そういえば、ディアボロス様は“樹王”に会ったことがあるんですよね?」


レオニスが口を開いた。


「どんな人物なのですか?」


室内の空気が、僅かに変わった。


ディアボロスは答えない。


ただ、レオニスへ視線を向けた。


(……やばいかな)


レオニスは内心で冷や汗を流す。


相手は魔王国三大勢力の一角。


その覇王に、踏み込んだ質問をしてしまった。


しかし――。


「俺も知りたい」


ロウガが口を挟んだ。


援護射撃だった。


「隠す必要はないだろ、ディアボロス」


「いや、そうではない」


ディアボロスの口元が、僅かに緩む。


「その人間は、先だって魔王国と和平を結びたいと言っていたのでな」


そして、レオニスを見据えた。


「俺に意見を言うとは、なかなかの胆力だと思っただけだ」


(……いえ)


レオニスは心の中で引きつった笑みを浮かべた。


(これはアウレリアで、少々耐性をつけただけです……)


そんな事情など知らぬディアボロスは、静かに告げる。


「よかろう」


重い声が響く。


「俺が見た限りでよければ、樹王について教えてやろう」


覇王ディアボロスは、樹王について語り始めた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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