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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
155/181

魔王国創世(3)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


第三使徒の視線の先には、小さな子供たちがいた。


第三使徒は、子供たちを見つめたまま、長い沈黙を置いた。


「理由は、一つだけだ」


静かな声だった。


しかし、その一言には、何年もの葛藤が積み重なっていた。


第一使徒たちの計画が始まる以前、この箱庭で生まれた幼い命である。


まだ何も知らない。


この世界が滅びへ向かっていることも。


大人たちが命を賭して未来を選ぼうとしていることも。


彼らは無邪気に笑い、眠り、泣き、生きている。


だが、その命はまだ幼すぎた。


第一使徒の計画に加わることもできない。


未来へ種を繋ぐ役目を担うには、あまりにも幼い。


「そんな彼らを、私まで見捨てたらどうなる」


その言葉に、第一使徒は返す言葉を失った。


その問題に気付いていなかったわけではない。


気付いていたからこそ、苦しかった。


生き残るという選択は、すべてを救うことではない。


救えない命がある。


切り捨てなければならない命がある。


その現実を受け入れなければ、一歩も前へ進めなかった。


彼らがいつか真実を知り、自分たちを憎むなら、それは受け入れる。


それもまた、自分たちが背負うべき罪なのだから。


だが、その時は戦わなければならない。


未来を守るために。


第一使徒がなおも口を開こうとした、その瞬間だった。


「……シャルバート様なら、きっとそうなさる」


その名を聞いた瞬間、第一使徒の言葉は喉で止まった。


反論できない。


いや、したくなかった。


「私は、シャルバート様の従者の一人だ」


「君たちを救う、そのずっと前から、あの方と共に歩いてきた」


「だからこそ、あの方への忠誠だけは、誰にも負けるつもりはない」


第三使徒は静かに笑う。


懐かしい日々を思い返すような、穏やかな微笑みだった。


「君たちを責めているわけではない」


「むしろ君は、私にとって最大のライバルだった」


第一使徒は誰よりも早く立ち上がった。


誰よりも早くシャルバートへ歩み寄り。


誰よりも早く魔法を学び。


そして、水魔法を。


魔法を学び続けてきた第三使徒の予想を遥かに超える速度で、自らのものにした。


その才能に驚き。


その努力に敬意を抱いた。


その想いは、今も少しも色褪せてはいない。


「私は、シャルバート様への献身だけは誰にも譲れない」


「だからこそ、君の背中を追い続けた」


第一使徒は唇を噛んだ。


言葉が見つからなかった。


「君は、何度も私を奮い立たせてくれた」


その言葉は、第一使徒の胸に深く届いた。


堪えていた涙が、一筋、静かに頬を伝う。


互いに競い合い。


互いに支え合ってきた。


だからこそ、この別れは苦しかった。


「そして私は、君たちとは違う道で、彼らを救いたい」


第三使徒は幼い子供たちへ視線を向ける。


その瞳には、迷いはなかった。


覚悟だけがあった。


第三使徒は静かに息を吸い、己が最後の役目を語り始めた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



第三使徒が示した計画は、まったく新しい発想ではなかった。


その原型は、かつてシャルバート・ウル・ヴァース自身が最後の希望として模索していた術式である。


骨子となるのは、凍結魔法。


人々を仮死状態に置き、呪いが薄れる未来まで眠らせる。


いわば、人類そのものを未来へ送り届ける箱舟だった。


しかし、この術は理論だけでは成立しない。


実現には、少なくとも四つの壁を越えなければならなかった。


一つ。


凍結そのものに、外界の呪いを遮断する力を持たせること。


二つ。


生命を奪うことなく、人を長期間凍結保存すること。


三つ。


安全な環境になった時だけ、自動で凍結を解除する術式を組み込むこと。


そして最後に。


そのすべてを支える、途方もない量の魔力を用意することだった。


「一つ目と二つ目については、シャルバート様が既に大部分を完成させていた」


第三使徒は静かに語る。


その言葉に、第一使徒は思わず声を荒らげた。


「そんな計画があったのなら……どうして私たちに協力してほしいと言ってくださらなかったの!」


責めるような問いだった。


だが、その声には怒りよりも悔しさが滲んでいた。


第三使徒はゆっくりと首を横に振る。


「無理だったのだ」


「三つ目と最後の課題が解決できなければ、それは救済ではない」


「眠ったまま二度と目覚めぬ、自殺と変わらぬ結末しか残らない」


重い沈黙が流れる。


三つ目の課題。


それは、外界の呪いが十分に薄れ、人が再び生きられる環境になったことを自ら検知し、自動的に凍結を解除する術式だった。


誰も解除する者がいない世界で、人を目覚めさせなければならない。


そのためには、未来を予測し続けるような魔法が必要になる。


第一使徒も、その困難さを理解していた。


いや、理解していたからこそ言葉が出ない。


短い年月で完成させられる術式ではない。


使徒全員が知識と魔力を注ぎ込んだとしても、成功する保証はどこにもなかった。


「……だが」


第三使徒は静かに続ける。


「偶然にも、三つ目の課題だけは解決できる見込みが生まれた」


「どうやって?」


第一使徒は息を呑む。


「術式そのものを完成させる必要はない」


「解除だけを行う術式へ限定すれば、間に合う」


その瞬間、第一使徒の表情が強張った。


第三使徒が何を考えているのか。


その全貌が見えてしまったからだ。


「……まさか」


その呟きに、第三使徒は静かに頷く。


「この術を解く役目を、君たちの子供へ託す」


「未来に生きる者が、未来で眠る者を目覚めさせる」


「それならば、三つ目の課題は成立する」


それは第一使徒たちとは異なる、人類の未来への賭けだった。


第三使徒は、人という種を未来へ託すため、自らもまた禁忌へ手を伸ばそうとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



第三使徒は、小さく息を吐いた。


「そして、最後の課題だが」


「こちらも、当初に比べれば、それほど困難ではない」


かつて、この箱庭に身を寄せた人々は五千人を超えていた。


結界を維持するだけでも莫大な魔力を必要とし、凍結魔法など夢物語だった。


だが今は違う。


この地に残された人の姿を保っている者は、わずか数家族。


人数にして四十人ほど。


あまりにも多くの命を失った代償として、必要となる魔力量は現実的な規模へと縮小していた。


「さらに言えば、三つ目の課題も解除術式だけに限定したことで、消費魔力は大きく減らせる」


理論上は、実行できる。


そこまで聞いてもなお、第三使徒の表情は晴れなかった。


第一使徒は、その違和感を見逃さない。


「問題はなくなった、という顔をしていない理由は?」


静かな問いだった。


第三使徒は、自嘲するように笑う。


「当然だ」


「君たちにとって、この計画は背信行為だからだ」


その一言に、第一使徒は目を伏せた。


人を捨て、新たな種として未来を目指す者たち。


一方で、人の姿を保ったまま未来へ命を繋ごうとする者たち。


二つの道は、同じ希望を目指しながらも決して重ならない。


「そうなれば……私たちは、さらに割れるでしょうね」


第一使徒の声は責めるものではなかった。


ただ、避けられない現実を口にしただけだった。


「それに」


第三使徒は続ける。


「あくまで理論上、可能というだけだ」


「成功する保証など、どこにもない」


その声は、まるで懺悔だった。


「君たちの計画を知った時、私は並行してこの計画を書き始めた」


「皆には責めるなと言いながら、私は別の未来を用意していた」


「私は、君たちに評価されるような人間ではない」


結界へ自らの命を捧げ、眠りについた仲間たち。


シャルバートの最後の願いを受け継ぐと決めた者たち。


その彼らへ、この計画を最後まで語ることはできなかった。


胸に抱え続けた罪悪感が、その言葉には滲んでいた。


「あなたは、どうするの?」


第一使徒は静かに尋ねる。


第三使徒は迷わず答えた。


「術には、発動させる術者が必要だ」


それだけで十分だった。


第一使徒には、その意味が痛いほど伝わる。


術式は誰かが最後まで維持しなければならない。


そして、その役目を終えた術者が目覚めることはない。


第三使徒は、自らを礎とする覚悟を決めていた。


だからこそ、この決意が揺らぐ前に。


ただ一人、第一使徒へ打ち明けたのだ。


第三使徒は、腕の中で眠る赤子へ視線を向ける。


「この子になるか」


「その子孫になるか……」


「いや、その期待すら抱いてはならんのだろうな」


赤子の小さな頭へ、そっと手を添える。


その指先に宿った感情は、一瞬だけ揺れた。


「大丈夫」


第一使徒は優しく微笑む。


「あなたの希望は、私が預かります」


第三使徒は静かに目を閉じた。


「……すまない」


「迷惑をかける」


二人は、それぞれ違う未来を選んだ。


もう同じ道を歩くことはない。


それでも。


遥か未来のどこかで、その二つの道が再び交わることを、互いに願わずにはいられなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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