↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
153/177

魔王国創世(1)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



覇王ディアボロスの語った話は、誰もが知る歴史とは似て非なるものだった。


遠い昔。


この世界には、"邪悪の化身"と呼ばれる存在が現れた。


その正体を知る者は、もはやいない。


ただ一つ確かなことは、それが世界を滅ぼしかねない災厄だったということだけだ。


それに立ち向かったのが、聖剣を授かった原初の勇者だった。


二つの力は激突した。


大地は裂け、山は砕け、空さえ震えたという。


まさに、大陸そのものを二つに引き裂くほどの決戦。


その戦いの末、勝者となったのは勇者だった。


"邪悪の化身"は討たれた。


だが、それは完全な勝利ではなかった。


滅びゆく最後の瞬間。


"邪悪の化身"は世界へ"呪い"を残した。


黒い瘴気は大地へ染み込み、命あるものを侵し、際限なく広がっていった。


世界は再び滅びへ向かう。


その時だった。


勇者は最後に、力を解放した。


それは敵を斬る力ではない。


世界を守る力。


その壁によって、呪いはそれ以上先へ進めなくなった。


壁の向こう側。


そこは呪いから守られた世界となる。


だが。


壁はこちら側を守るためのものではなかった。


こちら側には、まだ人がいた。


町があり、家族がいた。


逃げ遅れた者たち。


故郷を捨てられなかった者たち。


そのすべてが、呪いと共に閉じ込められた。


重苦しい沈黙が部屋を包む。


誰も言葉を挟めない。


その静寂を破るように、ディアボロスは低く語った。


「そんな世界に、人々は絶望した」


声は静かだった。


しかし、その奥底には押し殺した激情が宿っている。


「生活を奪われた」


「家族を奪われた」


「仲間を奪われた」


「命を、理不尽に奪われた」


一つ一つの言葉が、長い年月を経ても消えない怨嗟のように響く。


その場にいた誰も、その光景を見たわけではない。


それでも。


どれほど凄惨な地獄だったのかだけは、容易に想像できた。


ディアボロスは静かに顔を上げる。


その視線は、部屋に飾られた少女の肖像画へ向けられていた。


「そして」


「我らの前に、あのお方が現れた」


誰もが、その視線を追う。


姫巫女の衣をまとった、一人の少女。


シャルバート・ウル・ヴァース。


ディアボロスは、その名を敬意を込めて口にした。


「我らと同じく」


「壁のこちら側へ取り残された御方」


そう告げると、ゆっくりと目を閉じる。


まるで、その姿を今も鮮明に思い出しているかのようだった。


「あのお方は言われた」


短い沈黙。


そして、力強く紡がれる。


「――絶望してはならん」


「――生きろ」


その一言だけだった。


だが、その言葉こそが、絶望しか残らなかった世界で、人々を再び立ち上がらせた。


ディアボロスは静かに目を開く。


「……そこから、魔王国の歴史は始まったのだ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



シャルバート・ウル・ヴァースは、自らの魔力を注ぎ込み、広大な結界を築き上げた。


その内側へ、生き残った人々と、わずかな食料や道具を集める。


そこは、呪いから身を守る避難所だった。


いや、滅びゆく世界を渡るための、小さな箱舟だった。


やがて全員が集まると、シャルバートは静かに口を開く。


「この結界も、長くは持たないでしょう」


穏やかな声だった。


だが、その言葉に偽りはない。


「私たちは生き残るため、この呪いに打ち勝つ術を見つけなければなりません」


その瞬間から、彼らは時間との戦いを強いられた。


結界はいずれ破られる。


備蓄も、いつか尽きる。


どちらが先でも、待つ結末は"死"だった。


最初は誰も動かなかった。


家族を失い、故郷を失い、明日すら見えない。


絶望した人々には、生きる気力さえ残っていなかった。


だからこそ、最初に動いたのはシャルバートだった。


命を繋ぐため、水を生み出す。


闇を退けるため、光を灯す。


凍える夜を越えるため、炎を熾す。


自らの魔力を惜しみなく使い、人々の生活を支え続けた。


そんな姿を見つめていた、一人の幼い少女が立ち上がる。


「……私にも、教えてください」


魔力に恵まれていた少女は、驚くほどの速さで水の魔法を習得した。


自分の力で、人々の命を支える水を生み出せるようになる。


その姿は、周囲の人々の心を動かした。


一人が立ち上がれば、二人目が続く。


二人が学べば、三人目へと教える。


水の魔法は人から人へ受け継がれ、やがて誰か一人の力ではなく、生きるための知恵となって広がっていった。


少女はさらに新たな魔法を学び、他の者たちも後に続く。


そうして魔法は、絶望を退けるための術として磨かれていった。


そんな日々の中、新しい命も生まれる。


産声が響いた瞬間、人々は初めて未来というものを思い出した。


この子だけは、生き延びさせなければならない。


その想いが、再び人々を立ち上がらせる。


互いに助け合い、知恵を出し合い、少しずつ生き延びる時間を伸ばしていく。


その間も、シャルバートをはじめとする者たちは、呪いから脱する方法を探し続けた。


絶望から脱出する。


ただ、その一つだけを目標に。


魔法はさらに研ぎ澄まされ、昨日できなかったことが今日には可能になっていく。


それでも、決定的な突破口だけは見つからなかった。


焦りは、ゆっくりと人々の心を蝕んでいく。


そして、誰も望まなかった事態が訪れる。


結界を維持し続けていた張本人――シャルバート・ウル・ヴァース自身が、限界を迎えようとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



千切れそうな希望を、なお繋ぎ止めようとする者がいた。


結界が築かれてから、幾年もの歳月が流れていた。


その頃には、シャルバート・ウル・ヴァースの教えを受けた者たちは、自らを「使徒」と名乗るようになっていた。


人々もまた、彼女を宗主と崇めるようになる。


その呼び名は、敬意と感謝の象徴だった。


宗主の意思を未来へ繋ぐ者。それが使徒だった。


「宗主様」


そう呼ぶ声には、救われた者たちの願いが込められていた。


使徒の中には、結界術を修める者も現れた。


しかし、誰一人としてシャルバートの領域には届かない。


彼女だけが、呪いそのものと渡り合える存在だった。


それでも、シャルバートは諦めなかった。


自らの命が尽きようとしていることを知りながら。


残された魔力のすべてを結界維持へ注ぎ込み、自らは深い眠りにつく。


命を燃やし尽くしてなお、人々を守ろうとしていた。


そんなある日。


結界の外を観測していた使徒の一人が、小さく息を呑んだ。


「……呪いが、薄まっている」


一瞬だけ、人々の目に光が宿り、周囲が一斉に振り向く。


「最初の時を十とするなら……今は八ほどまで弱まっています」


その報告に、一瞬だけ空気が揺れた。


しかし次の瞬間には、鋭い怒号が飛ぶ。


「それがどうした!」


「それでは人間は生きられない!」


希望になりかけた言葉は、現実によって叩き落とされた。


誰もが理解していた。


観測を続けた結果、結界が失われる頃になっても、呪いは半分ほど残る。


その濃度では、人は生きられない。


つまり。


結界が尽きる時こそ、人類の終わりだった。


部屋を満たす沈黙は、絶望そのものだった。


誰も口を開けない。


知恵は尽くした。


魔法も研究した。


物資も工夫した。


命を削り続けて、当初の予測を十年以上も上回る期間、結界を維持した。


それでも、届かなかった。


「終わらせません」


静かな声が響く。


だが、その一言は誰よりも強かった。


全員の視線が、一人の女性へ集まる。


それは、最初にシャルバートから水魔法を学んだ少女だった。


今では誰もが、彼女を第一使徒と呼んでいる。


「シャルバート様の救いを、終わらせるわけにはいきません!」


その叫びには、涙も恐怖も混じっていた。


それでも、その瞳だけは折れていなかった。


彼女を見つめる使徒たちの心は、限界まで擦り減っている。


完全に崩れなかったのは、宗主という支柱が存在していたからに過ぎない。


「どうするというのだ」


誰かが力なく問いかけた。


責める声ではない。


答えを求める、最後の願いだった。


自分たちは怠けたわけではない。


考え得る限りの策を試し、知識を持ち寄り、生き延びるためだけに歩み続けた。


その果てが、今なのだ。


もう、新しい道など残っていない。


誰もがそう思っていた。


第一使徒は、その場を静かに見渡した。


そして、自らの下腹部へ、そっと手を添える。


「この呪われた地で生き残れる命を造り……」


その言葉に、誰も息を呑む。


彼女はひとりひとりの顔を見つめ、迷いなく宣言した。


「私たちの歴史を、未来へ繋げます」


その決意だけが、絶望に沈みかけた世界で、なお消えない希望として灯っていた。


言葉は、自らの命ではなく、次の命へ希望を託す誓いだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。