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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
146/169

……手間が省けた

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオニスは、目の前で繰り広げられる戦いから目を離せなかった。


ただ強い。


そんな言葉では到底足りない。


「……強い。いや……これが当然、なのか」


思わず漏れた声は震えていた。


力がすべてを決める魔王国。


その頂点に立ち、統一を掲げる魔王が弱いはずなどない。


覇王ディアボロス。


圧倒的な武力。


揺るがぬ風格。


敵を見下すことなく、正面から勇者一行を迎え撃つ王者の姿。


もし王国に生まれていれば、偉大な王として歴史に名を刻んでいただろう。


そんな風格があった。


(覇王を……殺さずに止めることなんて、本当にできるのか……)


レオニスは、その難しさが奇跡に近い領域であることを理解していた。


それでも絶望はしない。


目の前には、絶望という言葉を知らない勇者がいる。


そして、その勇者を信じて戦う仲間がいる。


「次は、どうだ……」


低く響く声とともに、ディアボロスが天砕柱を構え直した。


白い双眸が射抜く先。


その標的は後衛のイシュリアンだった。


聖杖を胸の前に掲げたイシュリアンは、静かに魔力を集め続けている。


(……イシュリアン様!)


叫びたくても声にならない。


グラーディスなら聖盾で受け止められる。


しかしイシュリアンは違う。


魔導師の防御力など、あの超重量武器の前では紙同然だ。


一撃でも受ければ終わる。


ディアボロスが大きく身体を捻る。


投擲の構え。


同時に、イシュリアンの周囲へ無数の光粒が集まり始めた。


まるで戦場を満たす魔力そのものが、一点へ吸い寄せられていくようだった。


光は圧縮される。


さらに圧縮される。


やがて胸の前には、小さな恒星を思わせる純白の光球が浮かび上がった。


(まさか……正面から受けるつもりか!?無茶だ!)


レオニスは思わず手を伸ばす。


届くはずのない距離へ。


しかし。


完成は一瞬遅かった。


「受けよ!」


爆音。


空気を引き裂き、天砕柱が回転しながら一直線に飛来する。


地面が悲鳴を上げるほどの破壊力。


普通なら恐怖で身体が竦む。


だがイシュリアンの表情は変わらない。


むしろ口元には、小さな笑みすら浮かんでいた。


「来るとわかっていました」


その瞬間だった。


一筋の白銀が視界を横切る。


「そこ!」


アウレリアが割って入る。


聖剣が閃き、飛来する天砕柱を真正面から受け止めた。


甲高い衝撃音。


押し返されながらも、一歩も退かない。


「こいつを投げた瞬間だけ、鞭が一瞬止まる!」


見逃さなかった。


巨大な投擲へ全身全霊を込めた、その一瞬だけ。


攻防一体だった天裂鞭の制圧が、ほんの僅かに鈍る隙を。


その刹那を、勇者は踏み込む機会へ変えていた。


押し留められた天砕柱の向こう側で、イシュリアンが静かに聖句を紡ぐ。


集束した光は、限界まで圧縮される。


「――聖杖解放。天断閃てんだんせん


解き放たれた。


純白の光条が天地を貫く。


戦場は一瞬にして白く染まり、すべての色が光の奔流へ飲み込まれていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



イシュリアンが解き放った《天断閃》は、白銀の奔流となって戦場を貫いた。


圧縮された光球は真正面から《天砕柱》へ激突する。


激しい衝突音。


そのまま天砕柱を押し返し、灼熱の奔流ごと覇王ディアボロスへと叩き返した。


「ぬぅ!」


さすがのディアボロスも片膝を沈ませる。


飛来する天砕柱を右手で掴み、そのまま盾代わりに構えた。


轟音。


光と熱が爆発し、周囲の岩盤を赤く焼き裂いていく。


この戦いで初めて。


覇王は、攻めではなく受けへ回った。


天砕柱の表面へ無数の亀裂が走る。


鋼が悲鳴を上げ、破片が火花と共に飛び散った。


「まさか、あれを受け止めるだけじゃなく、耐えるなんて!」


レオニスは息を呑む。


覇王自身が投げ放った超重量兵器。


そこへイシュリアンの《天断閃》が重なった。


常識なら、受け止めた瞬間に肉体ごと焼き砕かれて終わる。


それでもディアボロスは立っていた。


全身の筋肉を軋ませながら。


歯を食いしばりながら。


それでも口元には笑みを浮かべている。


光の奔流が、少しずつ押し返され始めた。


(化け物だ……)


レオニスの知る武人の尺度では測れない。


これこそ魔王国最強を名乗る資格を持つ者。


その圧倒的な暴力だった。


しかし、その笑みが不意に消える。


白い瞳が、一点を射抜いた。


そこには眩い光を纏った少女がいた。


聖剣を掲げ、一直線に踏み込むアウレリア。


天断閃への対処に全力を割いたことで、《天裂鞭》の軌道がわずかに鈍る。


その一瞬。


勇者は迷わず飛び込んだ。


「もう一発!」


叫びと共に間合いへ入る。


ディアボロスの反撃はなお健在だった。


極限まで研ぎ澄まされた後の先。


一つの軌跡へ収束した十の斬撃が迎え撃つ。


だが。


聖剣の輝きが一点へ凝縮される。


眩い刃は太陽を細く研ぎ澄ませたような光となった。


「聖剣極刑!」


アウレリアが放つ、自身最大最強の一撃。


収束した聖光が、十重の斬撃へ真正面から叩きつけられる。


激突。


世界が白く染まる。


互いの姿だけが、その中心に浮かび上がった。


聖剣と天砕柱が火花を散らし、凄まじい衝撃波が戦場を薙ぎ払う。


そして。


天砕柱が悲鳴を上げた。


すでに刻まれていた幾筋もの亀裂が、一気に全体へ広がる。


耐え切れなくなった魔王の武器は、鈍い破砕音を響かせながら砕け散っていく。


鋼片が雨のように降り注ぐ。


誰もが息を止めた。


ついに。


覇王の武器の一つを、勇者たちは完全に攻略したのだと。


だが、その光景を見つめるディアボロスだけは違った。


砕けた武器を惜しむでもなく。


静かに口元を吊り上げる。


「……手間が省けた」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオニスの目の前で、魔王の武器「天砕柱」に一本の亀裂が走った。


乾いた音とともに、表面の一部が剥がれ落ちる。


それを合図にしたように、厚い外殻は次々と崩れ始めた。


岩壁が風化するように。


積み重ねられた鋼が、その役目を終えるように。


誰もが、それが魔王の武器の最期なのだと思った。


「……」


だが、アウレリアだけは違った。


黒い瞳が、さらに鋭さを増す。


確かに聖剣極刑は「天砕柱」を正面から打ち破った。


手応えもあった。


鋼を断つ確かな感触も伝わってきた。


それでも、刃は途中で何か別のものに触れた。


鋼ではない。


もっと硬く、もっと澄み切った何か。


聖剣の一撃を受けてもなお、揺るがない存在。


その違和感だけが、腕に残っていた。


「流石は聖剣」


ディアボロスが低く笑う。


「おかげで、こじ開ける手間が省けた」


次の瞬間。


覇王は砕けゆく「天砕柱」を大地へ叩きつけた。


轟音。


鋼の殻が砕け散る。


「……まだ早いが、これを使う時が来るとはな」


レオニスは息を呑んだ。


――まだ、何かある。


その一言だけで理解できた。


覇王は、この戦いですら切り札を隠していたのだ。


完全に崩れ落ちた「天砕柱」の中心。


そこには、長い年月を封じられていたかのような、一振りの刃が眠っていた。


「『天砕柱』は、これを封じる器に過ぎぬ」


静かな声が響く。


「魔王国でも屈指の鋼を幾重にも重ね、封印のためだけに鍛え上げたものだ」


ディアボロスは、その柄を右手で握った。


姿を現したのは巨大な魔剣ではない。


一本の巨大刀。


緩やかな反りを描く刀身。


鏡のように澄んだ刃文。


白銀の輝きは禍々しさではなく、神聖さすら漂わせていた。


武器というより、一つの到達点。


鍛冶師が生涯を費やしてなお辿り着けるか分からない、奇跡の一振りだった。


「……見よ、勇者よ」


覇王は静かに告げる。


「これが、我が生涯をかけて造り出した覇王の専用武器」


白銀の刃が月光のような光を放つ。


「銘を――『常世樹斬(とこよのきぎり)(とこよのきぎり)』」


一拍の静寂。


そして。


「不滅の存在を断つための剣だ」


ディアボロスは左手に握っていた「天裂鞭」を迷いなく手放した。


金属の鞭が地面へ落ちる。


その左手もまた、「常世樹斬」の柄を握る。


両手持ち。


純粋な斬撃だけを求める構え。


「……っ!」


レオニスは思わず後ずさる。


攻防一体を捨てた。


いや、違う。


もう守る必要がないと判断したのだ。


ここからは、この一振りだけで全てを斬り伏せ勝てるという意思表示。


覇王は、ついに切り札を抜いた。


ゆっくりと。


あまりにも静かに。


「常世樹斬」が天へ掲げられる。


その瞬間だった。


空を覆う雲が音もなく広がる。


吹き荒れていた風が止む。


木々は葉擦れ一つ立てない。


戦場を包んでいた喧騒さえ、世界から消え失せた。


まるで、この剣が振るわれる瞬間を、大地そのものが息を潜めて待っているかのようだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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