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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
145/168

勇者と覇王

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



アウレリアとディアボロス。


互いの間合いは、ついに限界まで縮まった。


踏み込めば届く。


避ければ隙になる。


そんな紙一重の距離。


「――聖剣乱舞!」


アウレリアの声と同時に、白銀の剣閃が爆発した。


一撃ではない。


二撃でもない。


幾重にも重なる斬撃が嵐となって吹き荒れる。


聖剣の軌跡をなぞるように、大地は無数の立方体へ切り裂かれ、砕けた岩塊が宙へ舞い上がった。


その光景を見たレオニスは、思わず拳を握る。


(決まった!)


ディアボロスの《天砕柱》は絶大な威力を誇る。


だが、その巨大さゆえに振りは聖剣より遅い。


この距離では迎撃は間に合わない。


誰もが、そう思った。


その瞬間だった。


アウレリアが、不自然なほど素早く後方へ跳んだ。


次の瞬間。


耳を裂く斬撃音が遅れて響く。


一閃。


二閃。


三閃――。


つい先ほどまでアウレリアが立っていた空間そのものが、目に見えぬ刃で刻まれていく。


「……凄いね」


アウレリアは静かに息を吐いた。


束ねた黒髪が一房、宙を舞う。


白銀の籠手から覗く腕には浅い裂傷が走り、赤い血が一筋だけ流れ落ちた。


「アウレリア!」


レオニスの叫びが平原に響く。


致命傷ではない。


だが、確かに斬られていた。


「十回、斬られた」


致命傷になる九撃は紙一重で外し、最初の一撃だけが腕を掠めた。


アウレリアは目を細めた。


見えた。


ディアボロスは一度だけ剣を振るったわけではない。


極限まで時間すら圧縮された十の斬撃。


そのすべてを寸分違わぬ軌道へ重ね、一つの斬撃として放っていた。


だから音が遅れた。


だから一撃にしか見えなかった。


さらに恐ろしいのは、その速度だった。


後から放たれたはずの反撃が、アウレリアの《聖剣乱舞》を追い越して届いたのである。


「あれを初見で防ぐか」


ディアボロスは静かに目を細める。


「初撃のみが、僅かに届いた程度か……」


その声音には驚きと賞賛が混じっていた。


後の先。


相手の攻撃へ割り込み、すべてを制する反撃の極致。


これまで対峙した敵なら、自らが斬られた事実さえ理解できず倒れていた。


「師匠から受けた稽古の成果みたいなものよ」


アウレリアは剣先をゆっくり持ち上げる。


口元には悔しさと楽しさが入り混じった笑みが浮かんでいた。


「まだまだ、稽古不足みたいだけどね」


そう言って聖剣を構え直す。


傷を負ったにもかかわらず、その瞳から闘志は少しも失われていなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「まさか、あのアウレリアが近接戦の攻撃の速さで競り負けるなんて……」


思わず漏れたイシュリアンの声には、隠しきれない驚愕が滲んでいた。


近接戦だけを切り取れば、アウレリアに並ぶ者は王国には存在しない。


その剣は誰よりも速く、誰よりも鋭い。


それでもアウレリアは、自ら距離を取って回避した。


その事実だけで、目の前の覇王が常識の外にいることを物語っていた。


「いや……実際は、想像以上に覇王は手強い」


グラーディスは低く呟く。


戦士だからこそ、その異質さが理解できた。


「あれは、人の戦い方ではない」


視線の先では、ディアボロスが左右の武器を自在に操り続けている。


左手には、鋼の大蛇のように暴れ回る《天裂鞭》。


右手には、山を削り出したような巨兵《天砕柱》。


「まったく異なる武器を、両手で同時に操り、攻撃を繰り出すなど不可能だ」


グラーディスもまた、剣と盾を扱う戦士である。


盾で受け止める。


敵の勢いを殺す。


その後に剣を振るう。


防御に一動作。


攻撃に一動作。


それが戦場の理であり、誰もが従う身体の法則だった。


しかし、覇王ディアボロスはその理そのものを踏み越えている。


左右の腕が、それぞれ独立した戦士のように動く。


鞭が敵陣を制圧すると同時に、巨兵が勇者を押し潰しにいく。


防御も攻撃も、一つの動作の中で同時に成立していた。


単純な話ではない。


戦場で常に一手多く行動できるということだ。


その差は、一瞬で勝敗を分ける。


「しかも、斧剣と鞭だぞ……」


グラーディスは思わず息を呑む。


重さと破壊力で制圧する武器。


速度と間合いで支配する武器。


本来なら相反する二つを、実戦の最中に最適な形で使い分けている。


決められた型を演じる演武ではない。


一瞬ごとに変化する実戦で、その場の最善を選び続けているのだ。


「これが……魔王を名乗り、魔王国の統一を目指す魔王の力か」


「帝国の勇者殺しと恐れられた戦闘種族たちも、決して劣らぬ強者だったが、それと同等か、あるいは…」


感嘆を漏らしながらも、グラーディスの腕は止まらない。


唸りを上げて迫る《天裂鞭》を、盾で受け流し続ける。


ディアボロスは決してアウレリアだけを見てはいなかった。


グラーディスも。


イシュリアンも。


一瞬たりとも軽視していない。


暴れ回る《天裂鞭》は三人を分断し、それぞれの立ち位置を強制的に崩していく。


しかも、それは牽制では終わらない。


触れれば命を奪う、一撃必殺の武器だった。


そのため、前へ出るアウレリアも無視できない。


グラーディスの目には分かっていた。


アウレリアの踏み込みが浅いのではない。


踏み込みたい場所を《天裂鞭》が先に砕き、地面を抉っているのだ。


進路を塞がれた、その一瞬。


頭上から《天砕柱》が容赦なく振り下ろされる。


二つの武器が互いの死角を埋め合い、勇者へ逃げ場を与えない。


覇王ディアボロスは、その圧倒的な戦術をもって、勇者一行へ新たな一枚の札を静かに突きつけた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ディアボロスが、静かに「天砕柱」を振りかぶる。


その構えを見た瞬間、戦場の空気が変わった。


武に疎いレオニスでさえ、その意図だけは理解してしまう。


(嘘だろ……!?)


あれほどの質量を持つ武器を。


まさか、投げるつもりなのか。


「受けよ!」


覇王の一喝とともに、右腕が振り抜かれた。


爆音。


空気そのものが破裂したような衝撃が辺りへ広がる。


「天砕柱」は超重量武器でありながら、矢よりも速く宙を翔けた。


激しく回転しながら迫るその姿は、巨大な岩山を削り出した特大の円刃。


まるで大地を薙ぎ払う破壊そのものだった。


避ければ助かる。


誰もがそう思う。


だが、グラーディスは退かなかった。


長身をわずかに沈め、聖盾を正面へ掲げる。


さらに一歩。


自ら破壊へ踏み込む。


「聖盾解放――星砦の盾!」


黄金の光が盾から迸る。


太陽を思わせる神聖な輝きと、隕石のような天砕柱が正面から激突した。


轟音。


衝撃波が大地を走り、足元の岩盤が蜘蛛の巣状に砕け散る。


地面が割れ、土砂が舞い上がった。


「グラーディス様!」


思わずレオニスが叫ぶ。


雄叫びを上げたグラーディスは、両脚で地を踏み砕きながら押し返した。


ついに天砕柱の軌道が変わる。


回転を保ったまま、今度はディアボロスへ向かって飛び返った。


(やった……!)


レオニスは拳を握る。


だが、その期待は一瞬で砕かれた。


ディアボロスは微動だにしない。


迫る天砕柱へ当然のように右手を差し出した。


「まさか……あれは……!?」


轟音とともに戻ってきた超重量武器を、片手で受け止める。


衝撃で地面が陥没する。


それでも覇王の巨体は一歩たりとも揺るがない。


握った瞬間。


戻ってきた回転。


速度。


質量。


そのすべてを、自らの膂力へ取り込むように右腕へ集約していく。


筋肉が異様なまでに膨れ上がる。


柄は悲鳴を上げ、砕けそうな音を立てた。


「いくぞ!」


再び放たれる天砕柱。


一投目とは比較にならない。


回転は倍。


速度は倍。


威力さえも倍加した、純粋な破壊の塊だった。


再び聖盾へ激突する。


グラーディスは盾を構えたまま踏みとどまろうとする。


しかし今度は耐えきれない。


身体ごと大地を削りながら、遥か後方へ吹き飛ばされた。


なおも天砕柱は弧を描き、主人の元へ戻っていく。


三度、その武器はディアボロスの右手へ収まった。


その時だった。


――ぴしぃぃぃっ。


乾いた亀裂音が戦場へ響く。


ディアボロスは静かに掌の武器へ目を向けた。


灰黒色の刀身。


その表面へ、一筋の亀裂が走っている。


「ほう……」


覇王は目を細める。


怒りではない。


落胆でもない。


強敵に出会った武人だけが浮かべる、満足げな称賛だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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