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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
141/155

覇王のもとへ参りましょう

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ロウガ、分かってると思うけど」


アウレリアは腕を組みながら、じっとロウガを見つめた。


「レイラさんに変なことしたら、あたしが止めるよ」


その言葉に間髪入れず、レイラも静かに口を開く。


「そうなれば、私も黙ってはいません」


「ロウガを傷つける相手が誰であろうと、容赦はしません」


「なによ、それ!?」


思わずアウレリアが声を上げる。


レイラは真顔のまま続けた。


「あなたこそ自覚なさい」


「ロウガの妹分なら、私にとってもあなたは妹分です」


「つまり、私は姉です。敬いなさい」


「何、その理屈!」


アウレリアは思わず肩を落とす。


張り詰めていた空気が、ようやくほどけた。


誰もが自然と息をつく。


レオニスも小さく胸を撫で下ろした。


フィデリアはまだ戻っていない。


それでも、レイラの決断が、この場の誰もが動けなくなっていた状況を打ち破ったことだけは間違いなかった。


「……レイラ、すまん」


ロウガが静かに頭を下げる。


レイラは首を横へ振った。


「謝る必要はありません」


その微笑みは穏やかだった。


ロウガも苦く笑うと、改めて勇者一行へ向き直る。


「アウレリア」


「出来れば、覇王ディアボロスとは戦わないでくれ」


突然の願いだった。


「え? 何で?」


アウレリアは素直に首を傾げる。


ロウガは短く息を吐いた。


「俺から見れば、覇王は悪じゃない」


その一言に、アウレリアは少しだけ困った顔になる。


「うーん……それは、ちょっと難しいかも」


飾らない本音だった。


理由があることは分かる。


だが、フィデリアを力ずくで奪った事実まで消えるわけではない。


「あたしね」


「たとえフィデリア本人が許したとしても……我慢できないかもしれない」


ロウガは静かに頷く。


「……だろうな」


否定はしなかった。


その代わり、一つの条件を差し出す。


「交換条件だ」


「禁奈備まで、俺が責任を持って案内する」


「本当!」


アウレリアの表情が一気に明るくなる。


しかし、直後に待て待てと冷静な顔になる。


「……フィデリアを助けた後なら、その条件、乗る!」


目的地まで魔王自ら案内してくれる。


これ以上ない好条件だった。


しかし、その横でレオニスだけは疑問を抱いたままだった。


「その……」


「なぜ、そこまで覇王を擁護するのですか?」


ロウガほどの人物が、ここまで言い切る理由。


それが分からない。


ロウガは少しだけ視線を遠くへ向けた。


そして、低い声で答える。


「……冥王だ」


その名が出た瞬間、空気が再び張り詰める。


「覇王には」


「冥王へ対抗する勢力でいてもらわなければならない」


その言葉は、勇者一行の知らない魔王国の現実を静かに示していた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……“冥王”?」


レオニスは、その名を反芻するように口にした。


「確か、魔王国の三大勢力の一人ですよね」


「ああ」


ロウガは静かに頷き、この場にいる全員を見渡した。


「先だって、俺は冥王の配下を名乗る死王ノクスたちに襲撃された」


「辛うじて撃退はした。だが、その戦いで分かったことがある」


ロウガの表情が険しくなる。


「あいつらは、今まで俺が知ってきた魔王国の連中とは違う」


「異質だ」


その一言には、実際に刃を交えた者だけが持つ確信があった。


「幼い子供を、自ら命を捨てる暗殺者へ変える」


「死を恐れず、それどころか死を超越したように振る舞う死王たち」


「どれも理解できない」


ロウガは拳を握る。


「まだ奴らの全貌は分からない」


「だが、あいつらが魔王国を支配する未来だけは危険だと考えている」


その場の空気が静かに張り詰めた。


「だから頼む」


「少なくとも、冥王が何者なのか。その正体が分かるまでは、覇王の処断は決めないでほしい」


その願いには、一族を率いる王としての責任が滲んでいた。


すると、それまで黙っていたレイラが淡々と口を開く。


「ロウガの命を狙った以上、敵確定です」


あまりにも簡潔な結論だった。


一瞬の沈黙。


そして、その場の全員が思わず苦笑する。


重苦しい空気が少しだけ和らいだ。


レオニスは気持ちを切り替え、改めて問いかける。


「つまり、現時点で冥王へ対抗できるのは覇王だけ」


「だから覇王を弱らせることは、そのまま冥王を利することになる……そういう理解でよろしいですか」


「その通りだ」


ロウガは迷いなく答えた。


「もう一つの勢力である樹王は、自ら戦には介入しない」


「実質、魔王国の覇権を争っているのは覇王と冥王だけだ」


「ずいぶん、大事になりましたね……」


イシュリアンも思わず息を漏らす。


第二の巡礼の地を目指す旅。


そのはずだった。


それがいつの間にか、魔王国全土の均衡に関わる話へと発展している。


グラーディスは腕を組み、静かにレオニスを見る。


「レオニス、君はどう考える」


突然話を向けられたレオニスは、一度考えを整理してから口を開いた。


「覇王には、フィデリア奪還という理由があります」


「ですが、“冥王”については違います」


「私たちはまだ接触すらしていません」


「現状では、積極的に干渉する理由はないと思います」


それが率直な結論だった。


下手に足を踏み入れれば、事態を余計に複雑にするだけかもしれない。


そう考えた、その時だった。


「そんな難しい話は後よ」


アウレリアが両手を軽く叩き、話を断ち切る。


「あたしたちが今やることは一つ」


「フィデリアを取り戻すこと」


「今は、それだけに集中よ」


迷いのない声だった。


レオニスは思わず小さく笑みを浮かべる。


理屈では説明できない。


それでも、アウレリアの言葉は不思議と物事の本質へ辿り着く。


複雑に絡み合った状況だからこそ、まず目の前で救うべき人を救う。


その単純さこそが、勇者である彼女の強さなのだと感じられた。


だからこそ自分も前へ進こうと決意することが出来る。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



薄く霞がかかっていた意識が、ゆっくりと浮かび上がっていく。


深い眠りから自然に目覚めたような、不思議な感覚だった。


フィデリアは静かに瞼を開く。


視界に映ったのは、見覚えのない天井だった。


白を基調とした天蓋には精巧な彫刻が施され、柔らかな光が部屋全体を照らしている。


簡素な客室ではない。


賓客を迎えるために用意された寝室だった。


「……ここは、どこでしょう」


小さく呟きながら身を起こす。


柔らかな寝具が身体を包み込み、どこにも拘束された様子はない。


「……どうして、私はここにいるのでしょう」


記憶を辿ろうとした、その時だった。


「お目覚めになられましたか」


静かな声が部屋に響く。


フィデリアが視線を向けると、扉の脇には一人の女性が立っていた。


黒を基調とした執事服を身にまとい、無駄のない所作でこちらを見つめている。


亜人の女性だった。


「……あなたは?」


「申し訳ございません、お客様」


女性は胸に手を添え、深く一礼する。


「私は、お客様のお世話を仰せつかりました一介の侍女兼執事にございます」


「名をアインと申します」


「ご要望がございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」


落ち着いた声音だった。


必要以上の感情は見せない。


しかし、その礼儀は隅々まで行き届いている。


フィデリアは小さく頷いた。


「では、アインさん」


「ここは、どこなのですか」


「ディアボロス様の離宮にございます」


返答は簡潔だった。


余計な説明も飾りもない。


「……そうでしたか」


その言葉を聞き、フィデリアは少しずつ記憶を取り戻していく。


勇者一行の前へ突如現れた覇王。


圧倒的な力。


抵抗する間もなく意識を奪われたところまでは覚えている。


だが、その先は何もない。


そして今、自分は生きている。


それどころか、客人として迎えられている。


不思議な状況だった。


それでも、フィデリアの表情は揺るがない。


恐怖に震えることもなければ、取り乱すこともない。


心を静かになっていく。


誰もいない時だけは、感情を持たない精巧な人形でいられる。


それが裁定者フィデリアとして、最も正しい在り方だと理解していた。


理由は分からない。


だが、覇王は自分を生かしている。


ならば、そこには何らかの目的があるはずだった。


考えを巡らせていると、アインが再び口を開く。


「お客様」


「お目覚めになられましたら、主がお連れするよう申し付けられております」


「ご都合がよろしければ、ご案内いたします」


「お召し物など、ご準備が必要でしたら遠慮なくお申し付けくださいませ」


丁寧な申し出だった。


フィデリアは静かに首を横へ振る。


「お気遣いは不要です」


「このままで構いません」


そして迷いなく立ち上がる。


「覇王のもとへ参りましょう」


その声に恐れはなかった。


あるのは、自らの役目を果たそうとする静かな覚悟だけだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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