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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
レックス立志編
14/51

勇者の物語を聞く

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


襲撃犯は、結局一人も捕まらなかったらしい。


ミレーネさんとルシアンさんたちが制圧した時には、全員が毒を飲んでいたという。


捕縛される前に、自害。


つまり。


最初から捕まるつもりがない連中だったということだ。


「かなり組織だった相手でしょうね」


使者様はそう言って、深くため息をついた。


そんな大事件の翌日。


なぜか僕とガロードの兄貴は普通に歩いていた。


治癒の刻印魔法。


あれのおかげで、傷はほとんど塞がっている。


昨日の矢の痛みが嘘みたいだ。


……まあ。


体は治っても、別の意味で痛いことはあった。


「レックス君」


使者様の声は丁寧だった。


丁寧だったけど。


ものすごく怖かった。


「どうして、あんなことをしたんですか」


「す、すみません……」


僕はひたすら頭を下げていた。


守らないといけないと思った。


それだけだった。


でも、それを言い訳にする気にはなれなかった。


さらに。


別の意味で困った質問もあった。


「エルディナ嬢とは、本当に何もないんですね?」


「な、何もないです!」


念入りに確認された。


三回くらい。


そして最後に。


「しばらく目立つ行動は控えてください」


と、釘を刺された。


僕も、心からそう思った。


もう静かにしていたい。


そう決意した。


……のに。


それは、半日も持たなかった。


「アルベリオ様がお呼びです」


侍女さんにそう言われたからだ。


僕は使者様と一緒に、ヴァルディア男爵邸の執務室へ向かった。


扉を開ける。


中にいたのは三人。


アルベリオ・ヴァルディア様。


グレイヴァス様。


そして。


エルディナ様。


「昨日は迷惑をかけた」


アルベリオ様が静かに言った。


「ガロード君とレックス君がいなければ、最悪の事態になっていた」


思わず顔を上げる。


侯爵は無傷だった。


アルベリオ様も肩の怪我だけで済んでいる。


むしろ。


夜会の防衛は成功だった、と評価されたらしい。


……良かった。


心からそう思った。


だが。


アルベリオ様は頭を抱えるように額を押さえた。


「ただね」


嫌な予感がした。


「レックス君が、少し悪目立ちしてしまってね」


グレイヴァス様が咳払いをした。


「妙なことになった」


使者様が警戒する顔になる。


「ギルベルト・ヴァルハイトが」


グレイヴァス様は言った。


「君との公開試合を申し込んできた」


……え? 頭が止まった。


横で使者様が額を押さえている。


ガロードの兄貴は腕を組んでこっちを見ていた。


その顔は。


「お前またやったな」


と言っている気がする。


僕は首を振った。


「いや、本当に身に覚えが……」


エルディナ様だけが、涼しい顔をしていた。


アルベリオ様が説明を続ける。


「あの夜会での君の行動は、多くの人間が見ていた」


侯爵を守った。


エルディナ様を守った。


その姿が、噂になった。


「若いのに見事な騎士だった、とね」


恥ずかしくて顔を伏せたくなる。


でも。


それを面白く思わない人もいた。


ギルベルト・ヴァルハイト。


侯爵の孫。


王国内では、武の才能で知られる貴族。


「彼は、あの夜会で何も出来なかった」


アルベリオ様は静かに言った。


「それが、彼の周囲では失笑になったらしい」


……なるほど。


つまり。


「帳消しにしたい、と?」


特使様が言うと、グレイヴァス様が頷いた。


「その通りだ」


公開試合。


オルグラードの弟子と戦う。


そして勝つ。


それで評価を取り戻す。


「何ですか、それは……」


思わず口に出た。


アルベリオ様は苦笑する。


「もちろん、拒否する権利はある」


少し間を置いて。


「だが」


その目が真剣になる。


「臆病者だと言われるだろうな」


……それは。


かなり嫌だ。


「彼の評判があまり良くないことは」


アルベリオ様が言う。


「エルディナから聞いていると思うが」


エルディナ様が小さく肩をすくめた。


グレイヴァス様が続ける。


「問題はそれだけではない」


少し声が低くなる。


「アルドリック・ヴァルハイト侯爵も、この試合を後押ししている」


部屋が静かになった。


「王国中央では、勇者信仰が根強い」


グレイヴァス様は皮肉そうに言った。


「武は、何より尊ばれる」


つまり。


強さを見せる機会は。


歓迎される。


「……つまり」


使者様がゆっくり言う。


「断れない、と?」


アルベリオ様は何も言わなかった。


それが答えだった。


セルディアの体面。


エルディナ様の発言。


色々な事情が絡んでいる。


僕は。


言葉を失った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レックスは考える。


そういえば。


さっきから気になっていた言葉がある。


勇者。


王国では当たり前のように使われる言葉だ。


だけど。


僕には、いまいち実感がない。


思い出すのは、じいちゃんの顔だった。


レオニス。


僕の祖父。


あの人も、この護衛で家を離れる前に、勇者という言葉を気にしていた。


何かを考えるように。


何かを思い出すように。


だから。


僕は思い切って聞いてみることにした。


「あの」


部屋の空気が少しだけ静かになる。


「王国の勇者とは、どういうものなのですか」


言ったあとで、少しだけ不安になった。


常識的な話だったらどうしよう。


だけど。


アルベリオ様は笑わなかった。


むしろ、静かに頷いた。


アルベリオは立ち上がり、壁の方へ歩いた。


執務室の壁には、一枚の絵画が飾られている。


古い絵だった。


だが、大切に保存されているのが分かる。


絵の中央には、一人の女性。


赤い衣をまとった少女。


その周囲には、四人の人物が描かれていた。


剣を持つ若者。


盾を構えた騎士。


杖を掲げる術者。


槍を携えた戦士。


エルディナが静かに言う。


「王国の貴族には、必ず配られる絵よ」


レックスが少し驚いた顔をする。


「勇者様を象徴する絵なの」


そう言ってから。


エルディナは、少しだけ視線を遠くに向けた。


まるで、遠い昔を思い出すように。


そして。


ゆっくりと語り始めた。


天より、ひとりの姫巫女が降りたという。


雲は裂けず、雷も鳴らず。


ただ光が差した、とだけ伝えられている。


彼女は地に立ち。


名もなき祈りを捧げた。


すると。


空の彼方より。


神のつくりしとされる金属が招かれた。


それは火にも似て。


星にも似て。


触れれば音を立てぬ光を宿していたという。


姫巫女は、一人の若者を指し示した。


そして。


勇者とした。


さらに三人を選び、聖なる務めを授けた。


救世を望む勇者が願いを述べ。


姫巫女が目を閉じる。


そのとき。


金属は形を変えた。


刃は細く。


まっすぐに。


冷えた光が、静かに柄へと落ち着いた。


勇者の剣。


三人にも与えられた。


守るための盾。


導くための杖。


貫くための槍。


四人は姫巫女に伴われ。


荒れた地へ赴いた。


邪なるものは退き。


争いは鎮まり。


乱れた境は整えられたという。


やがて。


姫巫女は天へ帰った。


振り向かず。


言葉も残さず。


勇者も。


三人の仲間も。


この地を去った。


いつ。


どこへ向かったのかは分からない。


彼らの武具も残らなかった。


砕けたとも。


封じられたとも言われていない。


ただ。


何も残らなかった。


それだけが、伝わっている。


エルディナの声が静かに止まった。


部屋の中に、わずかな沈黙が落ちる。


――レックス視点僕は少しだけ首を傾げた。


話としては分かる。


勇者がいて。


邪なものを倒した。


王国の人たちが信じている、典型的な勇者の話だ。


でも。


曖昧だった。


誰と戦ったのか。


どこで戦ったのか。


どうして武具が残っていないのか。


よく分からない部分が多い。


それに。


気になるところもある。


姫巫女。


そして。


三人の仲間。


その話は、僕は初めて聞いた。


そんなことを考えていると。


アルベリオ様が口を開いた。


「だが」


声は静かだった。


「私の父――現ヴァルディア男爵が重んじている勇者像は、少し違う」


エルディナがわずかに視線を向ける。


グレイヴァスも黙って聞いている。


アルベリオ様は続けた。


「その話は」


少しだけ間を置く。


「ある人物と深く関わっている」


そして。


その名前が出た。


「オルグラード卿だ」


――先生? 思わず顔を上げた。


先生と。


勇者? 頭の中に疑問が浮かぶ。


いったい。


どんな関係があるんだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



アルベリオは、しばらく壁の絵を見つめていた。


だが、やがて視線を横へ移す。


同じ壁に、もう一枚の絵がかかっていた。


こちらは、さらに大きい。


だが。


その表面は、厚い布で覆われていた。


まるで、隠されているかのように。


アルベリオは静かに言った。


「これは伝説ではない」


その声は、先ほどまでとは少し違っていた。


「五十年ほど前に、実際に起きた戦争の絵だ」


レックスとガロードが顔を上げる。


アルベリオは立ち上がった。


布の前へ歩く。


そして。


ためらいなく、その布を引きはがした。


ばさり、と布が落ちる。


現れた絵を見て、レックスは思わず声を漏らした。


「……何だ、これ」


空が割れていた。


黒い雲が渦を巻き。


雷のような光が空を裂いている。


大地は裂け、炎が吹き上がる。


遠くの山々は崩れ。


黒煙が空を覆っていた。


そして。


その中心にいる存在。


巨大な影。


「『邪神』」


アルベリオが言った。


「あるいは『災い』」


少し間を置く。


「『蛇』だ」


絵の中央に描かれているのは、巨大な蛇だった。


だが。


蛇という言葉では足りない。


二つの頭。


巨大な胴体。


その体は海の中から突き出し、まるで島のように広がっている。


もし人間と比べれば。


それは、まさしく海から生えた巨大な塔のようだった。


だが。


絵の筆致は異様なほど細かい。


炎の形。


砕けた岩。


兵士の表情。


すべてが、生々しく描かれている。


そして。


その巨大な蛇に向かっていく者たちがいた。


剣を振るう兵。


槍を構える騎士。


牙をむく獣人。


魔法を放つ術者。


レックスは絵を見つめながら言った。


「……人間側に、二種類の姿があります」


鎧の形。


盾の紋章。


明らかに違う。


アルベリオが頷く。


「王国兵と帝国兵だ」


その言葉に、レックスの目が少し見開かれた。


「同じ戦場に?」


アルベリオは静かに言う。


「参加している」


ガロードが腕を組んだ。


「それだけじゃないな」


彼の視線は、別の部分を見ていた。


「これは人間じゃない」


絵の中には。


獣の耳を持つ戦士。


角を持つ者。


鱗の皮膚を持つ者。


様々な姿の者が描かれている。


「獣人たちや亜人たちも参加しているのか」


アルベリオはゆっくりと頷いた。


「魔王国の人々も、この戦いに協力した」


レックスは息をのんだ。


王国。


帝国。


魔王国。


三つの国。


普通なら、互いに争うはずの国々。


だが。


この絵では。


同じ敵に向かっている。


それは戦争というより。


むしろ。


災害だった。


人類すべてが立ち向かわなければならない災い。


そのような光景だった。


そして。


その軍勢の先頭に立つ人物がいる。


赤い衣。


青く長い髪。


祈るように手を掲げる女性。


アルベリオが静かに言った。


「姫巫女フィデリア様だ」


レックスはその名を繰り返した。


「三つの国を導き、この戦いに立ち向かった伝説の人物だ」


絵の中の蛇は、あまりにも巨大だった。


その口から吐き出される炎。


大地を砕く尾。


その力は。


想像をはるかに超えていた。


アルベリオの声は低かった。


「この蛇の力は、常識を否定したと言われている」


兵たちの武器。


術者たちの魔法。


人類が積み上げてきた叡智。


それらすべてが、通用しなかった。


彼らが信じていた力は。


次々と否定された。


戦いは長引いた。


三国の軍勢は、次第に疲弊していく。


そして。


ついに追い詰められた。


その時。


姫巫女フィデリアが立ち上がった。


彼女は三国を結束させた。


王国。


帝国。


魔王国。


すべての軍をまとめ。


『蛇』に挑んだ。


アルベリオはゆっくりと絵の中央を指した。


「この戦いの最終決戦の地」


少し間を置く。


「それが――」


彼の視線がレックスへ向く。


「現在の自由交易都市セルディアだ」


部屋の空気が、静かに揺れた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「待った」


沈黙を破ったのはガロードだった。


腕を組み、壁の絵を睨んでいる。


「おかしいじゃねーか」


アルベリオがゆっくりと振り向く。


「何がだい?」


ガロードは指を伸ばした。


先ほど説明された、伝承の絵の方を指す。


「さっきの話だよ」


「勇者と、盾と、杖と、槍のやつ」


「そいつらがいないじゃないか」


部屋の空気が、わずかに止まる。


レックスも改めて絵を見た。


巨大な蛇。


その前に立つ無数の戦士。


そして軍勢の先頭にいる姫巫女フィデリア。


だが。


そこにいるはずの存在がいない。


伝承にあった四人。


勇者。


盾。


杖。


槍。


その姿は、どこにも描かれていない。


「……たしかに」


レックスは小さく呟いた。


「この絵に描かれるとしたら」


「姫巫女の隣にいるはずですよね」


アルベリオは少しだけ目を細めた。


そして。


静かに言った。


「いないのだ」


「勇者という存在は」


その言葉は、あまりにもあっさりしていた。


レックスは思わず聞き返す。


「……え?」


アルベリオは絵を見上げた。


「姫巫女フィデリア自身が言ったらしい」


「“勇者など存在しない”と」


部屋の空気が重くなる。


ガロードが眉をひそめた。


「どういう意味だ?」


「その真意は、私にも分からない」


アルベリオは首を振った。


「だが、それが彼女の言葉として残っている」


彼は再び絵へ視線を戻す。


巨大な蛇。


崩れる大地。


戦う兵たち。


「姫巫女フィデリアは」


アルベリオは続けた。


「オルグラード卿を含む数人の者たちに後のことを託した」


「そして」


一瞬、言葉を切る。


「『蛇』と相討ちになった」


レックスの喉が鳴った。


五十年前の戦争。


その結末。


世界を救った存在。


その人物が、そこで命を落とした。


「そして今の世界がある」


アルベリオの声は静かだった。


「託された者たち」


「オルグラード卿を始め、蛇と直接対峙した人々は」


「最終決戦の地から、その痕跡を消した」


レックスとガロードが顔を上げる。


「痕跡を……消した?」


アルベリオは頷いた。


「その場所を聖地のように扱い」


「そこに街を築いた」


レックスの胸に、ひとつの名が浮かぶ。


自由交易都市。


国家に属さない街。


様々な種族が行き交う都市。


セルディア。


「その街では」


アルベリオは言った。


「当時と同じように」


「国家の垣根を越えて協力する文化が育てられた」


王国。


帝国。


魔王国。


それぞれの民が集まり、共に暮らす場所。


それがセルディアだった。


「そして彼らは」


「姫巫女フィデリアの意思を尊重し」


「世界の復興に尽力したと言われている」


アルベリオはそこで言葉を区切った。


そして静かに続けた。


「オルグラード卿は、父に語っている」


レックスの視線が動く。


「世界が姫巫女フィデリアに受けた恩は、あまりにも大きい」


「その託されたものを少しでも返すこと」


「それが自分たちの贖罪であると」


部屋は静まり返った。


その沈黙を破ったのは、アルベリオだった。


「だが」


その声は、少し苦かった。


「愚かしいことが起きている」


レックスとガロードが顔を上げる。


アルベリオはゆっくりと言った。


「王国は主張している」


「蛇は、“王国から生まれた勇者”が主導して討ったと」


レックスの眉がわずかに動く。


「さらに」


アルベリオは続けた。


「新たな姫巫女を用意する計画を進めている」


ガロードが小さく舌打ちした。


「……くだらねぇ」


「それを阻止するため」


アルベリオの声は低くなった。


「帝国も動き出している」


王国。


帝国。


再び揺れ始める均衡。


アルベリオは最後に、絵を見上げた。


そこには、祈るように手を掲げる姫巫女フィデリアが描かれている。


「姫巫女フィデリアは」


アルベリオは、静かに絵を見上げた。


「さぞ、我々の行為を嘆いておられるだろう」


祈るように掲げられたその手は、まるで今も世界を見守っているかのようだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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