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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
135/140

何をしに魔王国へ来た

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「私はグラーディスと申します。ロウガ殿でよろしいですか?」


「堅苦しいのは好まない。ロウガと呼んでくれ」


短いやり取りだった。


だが、その意味は決して小さくない。


王国の王子と、魔王国の魔王。


本来なら剣を交えるはずの二人が、まず言葉を交わした。


その光景を見つめながら、レオニスは静かに胸をなで下ろす。


(良かった……)


望んでいた未来の一つだった。


勇者たちと魔王が戦わないこと。


それはそのまま、王国と魔王国が無益な戦争へ進まない可能性を意味する。


だからこそ、この対話には価値があった。


しかし。


どうしても一つだけ、納得できないことがある。


レオニスは隣に立つアウレリアへ、小声で尋ねた。


「……ところで、どうしてあんなに待つ必要があったんだい?」


数時間前。


レイラは突然「ロウガ」とだけ呟き、一行を置き去りにして駆け出した。


ただならぬ気配だった。


戦闘になる可能性を考えれば、最も機動力と戦闘力に優れるアウレリアが追うのは自然な判断だった。


グラーディスとイシュリアンもすぐ後を追った。


だが、フィデリアとレオニスを置いていくわけにはいかない。


二人を守りながらの追跡では、どうしても速度は落ちる。


ようやく追いつけると思った、その途中。


今度はアウレリアの方が戻ってきた。


そして開口一番。


「たぶん、“危険”じゃなかったから、一回休憩するわよ」


あまりにも不可解な提案だった。


事情を尋ねても、アウレリアは笑ってはぐらかすばかり。


グラーディスもイシュリアンも何度か問いただしたが、最後まで口を割らなかった。


そしてレイラのいる方へ案内しようともしなかった。


結局、一行はその場で休息を取ることになった。


しかも三時間。


誰がどう考えても、急ぐべき状況だったにもかかわらずだ。


そして十分に時間を置いてから、ようやくロウガたちの元へ向かったのである。


「あたしだって、怖いお姉さんに理不尽に怒られたくないもの」


アウレリアは悪びれもせず、小声で答えた。


「……それでは説明になっていないよ」


思わず苦笑するレオニス。


だが、不思議とそれ以上は追及する気になれなかった。


これ以上聞いてはいけない。


そんな本能的な予感だけは、妙にはっきりとしていた。


改めてロウガへ視線を向ける。


その姿は満身創痍だった。


全身に裂傷が走り、応急処置を施した跡がいくつも見える。


おそらく歴戦の戦士であるロウガが、ここまで消耗する戦いなど想像もつかない。


相当な激戦があったことは、疑いようがない。


一方、その隣ではレイラが寄り添うように肩を支えていた。


献身的な看病。


それ自体は微笑ましい光景だった。


ただ一つだけ、気になることがある。


レイラの表情が、どこか満ち足りていた。


それは大切な者の無事に安堵した笑みとも違う。


何かを成し遂げた者だけが浮かべる、妙な満足感だった。


その理由を知る者は、この場ではアウレリアただ一人だけだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



グラーディスは静かに口を開いた。


自分たちが魔王国へ来た理由。


王国からは魔王討伐の命を受けていること。


それでも、自分たち自身には魔王国と争う意思がないこと。


包み隠さず、順を追って説明していく。


最後まで黙って聞いていたロウガは、小さく息を吐いた。


「まぁ、無駄な争いなどするつもりはないが」


そう前置きしたうえで、琥珀色の瞳がグラーディスを真っ直ぐ射抜く。


「今のお前の言葉は、魅力はある。だが、価値も信用も、正直何一つないな」


その一言は冷徹だった。


しかし、感情的ではない。


商人として。


そして魔王として。


現実だけを見据えた評価だった。


「……おっしゃる通りです」


グラーディスは素直に頷く。


言葉だけで国同士の関係が変わるなど、最初から思ってはいない。


文化も違う。


種族も違う。


積み重ねてきた歴史も違う。


互いに埋めなければならない溝は、あまりにも深い。


だからこそ、今は約束ではなく意思を示すしかない。


「ですが、ロウガ」


グラーディスは一歩前へ出た。


「あなたが認めるだけの価値を、私たちが示せる日が来たなら」


「その時は、我々の後ろ盾になってほしいとは申しません」


「どうか、橋渡しとなるご助力を願いたい」


そう言って深々と頭を下げる。


王国の王子が。


敵国となる可能性すらある魔王へ。


誇りを捨てたのではない。


未来のために、頭を下げたのだ。


ロウガはその姿をしばらく見つめる。


やがて口元をわずかに緩めた。


「……まぁ、まずは見せてもらってからだな」


「はい。努力します」


「俺を動かそうというなら、相当な価値が必要だと思っておけ」


「肝に銘じます」


短い応酬だった。


だが、完全な拒絶ではない。


レオニスはそのやり取りを見て、小さく安堵する。


今日すべてが変わることはない。


それでも、この会話には続きがある。


そう思えた。


外交の話題が一区切りすると、グラーディスは本来の目的へ話を移した。


「実は、もう一つ伺いたいことがあります」


「巡礼の地――魔力霊脈点について、ご存じありませんか」


「巡礼の地? 魔力霊脈点?」


ロウガは腕を組み、記憶をたどる。


魔王国中を旅してきた経験を一つずつ思い返していく。


やがて首を横に振った。


「正直、その名称にはまるで心当たりがない」


その答えに、一同の空気が重くなる。


目的地そのものがわからなければ、旅は進めようがない。


しかし。


ロウガは言葉を続けた。


「……だが」


「それっぽい場所なら、心当たりがないわけじゃない」


そう口にしたものの、その表情は晴れない。


歓迎するような顔ではなかった。


むしろ、思い出したくない場所を思い浮かべたように、わずかに眉をひそめていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ロウガは、不意に何かを思い出したようにアウレリアへ視線を向けた。


先ほどまで交渉を続けていた男とは思えないほど、その表情は険しい。


「しかし、アウレリアよ」


「何?」


「お前は、何故そこへ行きたいんだ?」


「え? そこって、行っちゃ駄目な場所なの?」


きょとんと首を傾げるアウレリア。


その反応に、ロウガは小さく息を吐く。


「こっちには、こっちの暗黙のルールがある。目的は何だ?いいから教えろ」


穏やかだった琥珀色の瞳に、鋭い光が宿る。


冗談も、ごまかしも許さない。


そんな空気が場を支配した。


「えーと……何でだっけ?」


当の本人は本気で思い出せないらしく、隣に立つフィデリアへ視線を送る。


「『勇者の儀』を行うためです。私たちは巡礼の地へ赴く必要があります」


「あー、そうそう。それ、それ」


ぽん、と手を打つアウレリア。


そのあまりにも気楽な様子に、レオニスは思わず額へ手を当てた。


(……本気で忘れていたのか)


旅の目的そのものではないか。


そう言いたくなるのを必死に飲み込む。


しかし。


「……勇者、だと」


ロウガの声色が変わった。


周囲の空気が、一段重く沈む。


隣にいたレイラも微動だにしないまま、静かに殺気を膨らませていく。


「……今、勇者と言ったな」


低く押し殺した声。


「勇者は、どいつだ?」


「えっと……あたし、になるのかな?」


アウレリアが自分を指差した。


その瞬間だった。


黒と紅の影が弾ける。


レイラの姿が視界から消えた。


次の瞬間には、三又の刃がアウレリアの首筋へと迫っている。


甲高い金属音が森へ響いた。


間一髪。


アウレリアは反射的に聖剣を抜かず、鞘ごと持ち上げてその一撃を受け止める。


「な、何なのよ!」


「……それが、噂の『破壊の剣』か」


レイラの声には感情がなかった。


だが、その全身から放たれる敵意は、先ほどまでとは比較にならない。


まるで長年探し続けた仇敵を見つけたかのようだった。


その異変に、グラーディスとイシュリアンも即座に前へ出る。


武器に手を掛け、一行は一瞬で戦闘態勢へ移行した。


空気が張り詰める。


「よせ、レイラ! まだ話は終わっていない!」


ロウガの一喝が飛ぶ。


レイラの肩がわずかに震えた。


視線はなおアウレリアを射抜いたまま。


それでもロウガの言葉には逆らわず、一歩、また一歩と間合いを広げていく。


「……頼む。少し待ってくれ」


その一言で、ようやく殺気がわずかに薄れた。


ロウガは改めてアウレリアを見据える。


先ほどまでの親しげな空気は、もうどこにもない。


「もう一度問う」


静かな声だった。


だが、その重みは誰にも逆らえないほど大きい。


「アウレリア。お前たちは、何をしに魔王国へ来た」


答え一つで、この場のすべてが変わる。


そんな予感だけが、その場にいた全員へ等しく伝わっていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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