俺のとっておきを見せてやる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ロウガは静かに息を整えた。
右腕を覆っていた獣の力を解き放ち、人としての姿へ戻る。
獣人変化は絶大な力を引き出す切り札だ。
だが、その代償として体力の消耗も激しい。
長期戦になれば不利になる。
(今は燃費を抑えるのが最良だ)
琥珀色の瞳は、レヴェナントだけではなく、その背後で見守るノクスも捉えていた。
ノクスは一歩も前へ出ない。
まるで舞台の演出家のように、戦いを眺めているだけだった。
次の瞬間。
漆黒のハルバードが頭上から轟音とともに振り下ろされる。
ロウガは半歩だけ身をずらし、その一撃を紙一重で躱した。
だが、地面へ叩きつけられるはずだった刃が、不自然な軌道を描く。
地面に触れる寸前。
まるで獣が牙を剥くように、下から鋭く跳ね上がった。
(馬鹿力め!)
予測を超えた軌道だった。
回避が一瞬遅れる。
頬を鋭い刃が掠め、深く裂いた。
鮮血が夜風へ散る。
しかし、レヴェナントは止まらない。
追撃。
さらに追撃。
巨大な武器とは思えない速度で連撃を繰り出し続ける。
受ければ骨ごと砕かれる。
避けても余波が肉を裂く。
ロウガの肩、腕、脇腹へと浅い傷が次々と刻まれていく。
それでも視線は、一度もノクスから逸れなかった。
刹那。
ロウガは左手の指を軽く弾く。
乾いた音だけが響く。
何も放たれていない。
そう見えた。
だが次の瞬間。
空気そのものが細く裂け、透明な刃となって一直線にノクスへ走る。
肩を貫く。
さらに二発。
三発。
十発。
数十もの真空の刃が暴風雨のように襲いかかり、黒衣を切り裂き、全身を寸断した。
「そんな小技に、ここまでの威力を持たせるとは大したものだ」
仮面の奥から、楽しげな声だけが響く。
「並みの者なら、これだけで十分倒せるだろう」
「暗殺者にでも転向したらどうかね」
裂けた身体が黒い煙のように揺らぐ。
肉が繋がる。
骨が戻る。
衣まで元通りになり、最後には肩の傷さえ跡形もなく消え去った。
「だがボクに、そんなものは通じないよ」
「残念だったね。君は無力だ」
ノクスは肩を竦める。
その態度には焦りも痛みも存在しない。
「……如何なる攻撃も、ボクたちの不滅の肉体には通じない……」
ロウガは返事をしない。
代わりに、レヴェナントの一撃を肘で受け流し、距離を半歩だけずらす。
その瞳は静かだった。
傷を負うたび、情報は増える。
ノクスは決して近づかない。
レヴェナントは倒しても影へ戻り、完全な姿で現れる。
そして二体は、まるで一つの意思で動いている。
偶然ではない。
すべて繋がっている。
点だった違和感が、一本の線になり始めていた。
(そういうことか……)
胸中で呟く。
まだ確信には至らない。
だが、試す価値は十分にある。
狼の耳がわずかに動いた。
風が鳴る。
ロウガは低く腰を落とし、静かに構え直した。
次の一手で。
この不死の正体を暴く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レヴェナントの猛攻を受け流しながら、ロウガの視線は相手ではなく、その先に立つノクスへ向けられていた。
違和感は、こいつらの不自然な再生能力。
傷を負っても、壊れても、まるで最初から何事もなかったように元へ戻る。
それは回復ではない。
もっと別の理屈だ。
レヴェナントが再びハルバードを振り下ろす。
ロウガは半歩だけ踏み込み、その柄を掴んだ。
重量級の武器が軋む。
そのまま獣のような膂力で捻り上げると、武器は持ち主の手を離れた。
「使わせてもらうぞ!」
右腕が再び獣人変化を起こす。
筋肉が膨れ上がり、銀色の体毛が逆立つ。
巨大な獣腕がハルバードを振り抜いた。
「もう一度死んでこい!」
暴風を伴った一閃。
黒い甲冑の脚部が両断され、レヴェナントの巨体が崩れ落ちる。
「無駄なことを」
ノクスが静かに呟く。
足元の影が液体のように伸び、倒れたレヴェナントを飲み込んだ。
その間にも、ロウガの右腕はさらに膨張する。
周囲の風が渦を巻き、奪い取ったハルバードへ収束していく。
「レヴェナント!」
呼び声と共に影が裂けた。
漆黒の甲冑が再び姿を現す。
傷一つない。
そして。
ロウガに奪われたはずのハルバードまで、当然のようにその手に握られていた。
(……そういうトリックか)
確信が走る。
ロウガは手元のハルバードを大きく振りかぶった。
獣腕の膂力。
風の加速。
常人では投げることさえ叶わぬ巨大武器が、一筋の暴風となって放たれる。
据え置き式の巨大な弩砲すら霞む威力だった。
轟音。
ノクスの上半身が吹き飛ぶ。
黒い肉片が宙を舞う。
「無駄だよ。ボクには通じない」
軽い声だけが響いた。
砕け散った肉体が、時間を逆再生するように元へ戻っていく。
飛び散った破片が引き寄せられ、切断面が閉じ、最後には衣服の乱れすら消えていた。
「そういうことなのか」
ロウガは静かに息を吐く。
あまりにも綺麗すぎる再生。
傷だけではない。
時間そのものが巻き戻されたかのような復元だった。
「まさかとは思ったが、時間を巻き戻せるのか」
「おそれいったよ。ボクの力にそこまで迫ったか」
ノクスは仮面の奥で笑う。
「正確には、一定時間前の自分と入れ替わる。それがボクの力さ」
不用意に前へ出ない理由。
傷つくことを避け続けた理由。
すべてが一本の線で繋がった。
「なるほど。そいつは凄いな」
ロウガは獰猛な笑みを浮かべる。
「そして、相方の隠れ蓑になっているとはな。見事に騙された」
投げ放ったハルバードは大きく弧を描き、ノクスの足元の影へ落下する。
その瞬間。
影そのものが慌てるように横へ逃れた。
ロウガの琥珀色の瞳が細くなる。
「そっちがお前の本体か、レヴェナント」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ロウガは静かに拳を構え直した。
琥珀色の瞳は、黒い仮面の道化ではなく、その足元に落ちる影を見据えている。
「レヴェナント。お前は不死なんて能力じゃない」
一拍置き、断言する。
「あの甲冑を、どこからか召喚して操る能力ってところだろ」
ノクスの仮面がわずかに傾いた。
レヴェナントは相変わらず微動だにしない。
だが、その沈黙すら今は演出の一部に思えた。
最初は、二体とも再生能力を持つのだと考えていた。
しかし、違和感は積み重なっていた。
レヴェナントは影へ回収された直後、間を置かず姿を現す。
しかも傷だけではない。
奪われた武器までも、当然のように元へ戻っていた。
それは再生では説明がつかない。
壊れた甲冑を回収し、新たな甲冑と入れ替える。
そのすべてを、ノクスの影に擬態することで隠していた。
「口がきけないのも、フェイクというところか」
「流石にそこまでは作っていないさ」
ノクスは肩をすくめる。
「レヴェナントが喋れないのは事実だよ」
「どうだかな」
ロウガは鼻で笑う。
「この謎解きとて、完全ではないかもしれんからな」
「なるほど。力だけではなく、頭も回るようだね」
軽い拍手が荒野に響く。
まるで正解者を称える教師のような態度だった。
その余裕が、逆に答えを物語っている。
(七十点、といったところか)
ロウガは内心でそう結論づけた。
レヴェナントの正体は大筋は掴めた。
だが、まだ届いていない部分がある。
とりわけノクスの能力。
時間を巻き戻す。
一定時間前の自分と入れ替わる。
本人はそう語った。
だが、あれが真実とは思えなかった。
時間に干渉するほどの力なら、それに見合う魔力の奔流が生じるはずだ。
しかし、その兆候はない。
まるで呼吸をするように能力を使っている。
あまりにも自然すぎた。
(何かをごまかしている)
そう確信できても、証明には至らない。
そして現実は、何一つ変わっていなかった。
(毒はほぼ抑えた。だが、力は戻らん)
体内を巡る毒は制御できている。
それでも本来の力には届かない。
万全なら押し切れる相手でも、今はそうはいかない。
(それに、奴らの戦術も攻略したわけじゃない)
見抜いたのは奇術の仕掛けにすぎない。
舞台裏を少し覗いただけだ。
再生を繰り返す戦法そのものは、なおロウガを追い詰め続けている。
弱体化したまま、この包囲を突破するのは容易ではない。
だからこそ。
腹を決めるしかなかった。
ロウガは重心を深く落とし、静かに構える。
その全身から空気が張り詰めていく。
「喜べ」
獰猛な笑みが浮かんだ。
「俺のとっておきを見せてやる」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




